知恵を求める人のためのブログです。

「わたしは道であり、真理であり、命です」
イエスがヨハネ14:6で言われたこの言葉は有名です。

このイエスの言葉には、いわゆる「不老不死」が含まれているのです。


この意味を少し考えてみましょう
1 「わたしは道であり」について
ヨハネ10:9
9 わたしは戸口です。だれでもわたしを通って入る者は救われ,その人は出入りして,牧草地を見つけるのです。

ローマ5:2
2 この[キリスト]を通して,わたしたちは,自分たちがいま立っているこの過分のご親切に,信仰によって近づくことができました。それで,神の栄光の希望をよりどころとして,歓喜しようではありませんか。
3 それだけでなく,患難にあっても歓喜しましょう。患難が忍耐を生じさせることをわたしたちは知っているからです。
4 かわって,忍耐は是認を受けた状態を,是認を受けた状態は希望を[生じさせ],
5 その希望が失望に至ることはありません。神の愛が,わたしたちに与えられた聖霊を通して,わたしたちの心の中に注ぎ出されているからです。

エフェソス2:18
11 それゆえあなた方は,肉について言えば,自分たちが以前は諸国民の者であったことを覚えておきなさい。あなた方は,手で肉になされた「割礼」と呼ばれるものによって,「無割礼」と呼ばれていました― 
12 そのころあなた方はキリストを持たず,イスラエルの国家から疎外され,約束にかかわる[数々の]契約に対してはよそ者であり,希望もなく,世にあって神を持たない者だったのです。
13 しかし,かつては遠く離れていたあなた方が,今やキリスト・イエスと結ばれ,キリストの血によって近い者となりました。
14 [キリスト]はわたしたちの平和であり,二者を一つにし,その間にあって隔てていた壁を取り壊した方なのです。

15 この方は自分の肉によって敵意を,すなわち[数々の]定めから成るおきての律法を廃棄されました。それは,二つの民をご自身との結びつきのもとに一人の新しい人に創造し,平和を作り出すためでした。
16 またそれは,両方の民を一つの体とし,苦しみの杭を通して神と十分に和解させるためでした。彼は自分自身によってその敵意を抹殺したからです。
17 そして彼は来て,遠く離れた者であったあなた方に平和の良いたよりを,また近い者たちにも平和を宣明したのです。
18 この方を通してわたしたち両方の民は,一つの霊のもとに父に近づくことができるからです。

ヘブライ10:20
19 それゆえ,兄弟たち,わたしたちは,イエスの血によって聖なる場所へ入る道を大胆に[進むことが]できるのですから 
20 (それは,垂れ幕すなわち彼の肉体を経る新しい生きた道として,彼がわたしたちのために開かれたものなのです),
21 そして,わたしたちには,神の家の上に立つ偉大な祭司がいるのですから,

2 「(イエスは)真理であり」について
ヨハネ1:17
17 なぜなら,律法はモーセを通して与えられ,過分の親切と真理とはイエス・キリストを通して存するようになったからである。

ローマ15:8
8 わたしは言いますが,キリストはまさに,神の真実さのために,割礼を受けた者たちの奉仕者となり,こうして,[神]が彼らの父祖になさった約束の確かさを証拠だて,
9 諸国民がその憐れみのゆえに神の栄光をたたえるようにされたからです。

エフェソス4:21
21 本当にあなた方が,イエスのうちにある真理のとおりにその[ことば]を聞き,彼によって教えられたのであればです。
22 [その教えとは,]あなた方の以前の生き方にかない,またその欺きの欲望にしたがって腐敗してゆく古い人格を捨て去るべきこと,
23 そして,あなた方の思いを活動させる力において新たにされ,
24 神のご意志にそいつつ真の義と忠節のうちに創造された新しい人格を着けるべきことでした。

コロサイ2:17
13 さらに,あなた方は自分の罪過と肉に割礼のないこととによって死んでいましたが,[神]はそのあなた方を彼と共に生かしてくださいました。そのご親切によってわたしたちのすべての罪過を許し,
14 わたしたちを責める手書きの文書を塗り消してくださったのです。それは[数々の]定めから成り,わたしたちに敵対するものでした。そして[神]は,それを苦しみの杭にくぎづけにして取りのけてくださいました
15 また,もろもろの政府と権威をあらわにし,それらを[苦しみの杭]による凱旋行列に引き立て,征服されたものとして公にさらしたのです。
16 ですからあなた方は,食べることや飲むことで,また祭りや新月の習わしや安息日に関して,だれからも裁かれるべきではありません。
17 それらの事は来たるべきものの影であって,その実体はキリストに属しているのです。
18 あなた方は,[見せかけの]謙遜やみ使いたち[をあがめる]崇拝の方式を喜びとし,ただ自分の見たものの「上に立ち」,もっともな理由もなくその肉の思いのままに思い上がる者に賞を奪い取られてはなりません。
19 そのような者は,頭にしっかり付いていないのです。つまり,それをもとにして体の各部すべてが,その関節とじん帯によって供給を受けまた調和よく組み合わされつつ,神が成長させてくださるままに成長してゆくその方にです。
20 世の基礎的な事柄に対してキリストと共に死んだのであれば,なぜあなた方は,世に生きているかのように,
21 「手にするな,味わうな,触れるな」といった定めになおも服するのですか。
22 これは,用いつくされてすべて滅びるはずのものに関することであり,人間の命令や教えにしたがうものです。
23 いかにもそうした事柄は,自ら課した崇拝の方式と[見せかけの]謙遜,すなわち体を厳しく扱うことにおいて,知恵の外見を有してはいますが,肉の満足と闘う点では何の価値もありません。

3 「(イエスは)命です」について
ヨハネ1:4
3彼によって存在するようになったもの 
4 は命であり,命は人の光であった。

ヨハネ6:63
62 それでは,人の子が自分の元いた所に上って行くのを見たとすれば,どうでしょうか。
63 命を与えるものは霊です。肉は少しも役に立ちません。わたしがあなた方に話したことばは霊であり,命です

64 しかし,あなた方の中には信じない者たちがいます」。イエスは初めから,だれが信じない者たちか,まただれがご自分を裏切る者かを知っておられたのである。
65 それでさらにこう言われた。「このゆえにわたしは,父にそれを許していただいたのでない限り,だれもわたしのもとに来ることはできない,とあなた方に言ったのです」。

ヨハネ17:3
2 それは,あなたがすべての肉なるものに対する権威を[子]に与え,そのお与えになった者すべてについて,[子]がそれらの者に永遠の命を与えるようにされたことに応じてです。
3 彼らが,唯一まことの神であるあなたと,あなたがお遣わしになったイエス・キリストについての知識を取り入れること,これが永遠の命を意味しています

ローマ6:23
23 罪の報いは死ですが,神の賜物は,わたしたちの主キリスト・イエスによる永遠の命だからです。

啓示2:10
9 『わたしはあなたの患難と貧しさを知っている―しかしあなたは富んでいるのである―また,自分はユダヤ人であると言いながら,[実は]そうではなく,むしろサタンの会堂[に属する]者たちによる冒とくを[知っている]。
10 あなたが受けようとしている苦しみを恐れてはならない。見よ,悪魔はあなた方のうちのある者たちを次々に獄に入れるであろう。それは,あなた方が十分に試されるため,また十日のあいだ患難に遭うためである。忠実であることを死に至るまでも示しなさいそうすれば,命の冠をあなたに与えよう
11 耳のある者は霊が諸会衆に述べることを聞きなさい: 征服する者は決して第二の死に損なわれることがない』。

上の聖句の説明でも分かる通り、
1 [永遠の]命はイエスに依存している
2 イエスの話したことはすべて真理である
3 道とは永遠の命に至る道=イエスの教えに従った生き方のこと
です。

大雑把に言えば、イエスの話したことはすべて正しく、イエスの教えに従う生き方をするなら「永遠の命」を得ることが出来るというものです。

不老不死昔から人々が望んで来たことです。
それを手に入れるためにはすべての財産と引き換えにしても良いと考えた人もいます
おそらく、今でもいると思います。

イエスはそれを[条件付きですが]得られると述べているのです。
これを可能にするのは、父である神に「すべての権威」を与えられているからであるのと、イエスの父なる神に対する絶対の信頼です。
イエスは神が自分の期待を決して裏切らないと「確信」しているのです。
さらに、イエスも神の期待に応えすべてを神のご意志通りに行います。
神による直接の働きは聖霊によるものでこれには不可能はありません
しかし、
地を裁くことに関してはイエスの委ねられてます
更に、
神が今の世を滅ぼし悪魔を底知れぬ深みに閉じ込めた後、イエスと神の王国地(地球)の支配をさせることで、エデンでの悪魔の主張の誤りを、そして、神の正しさを「永久に証明」することになっています。
そして、それが終わると、神は新しい天新しい地新しい都市、平和の都市エルサレムを創造することになっています。
以前とは、つまり、アダムを創造した時に抱いていた地球の未来像とは異なる状態に作り上げるということです。

その、いわば究極の「エデンの園」については啓示21ー22章に記されています。

では、[誰しもが望む不老不死つまり永遠の命を与えられるために何をすればいいのでしょうか

 

例えば、自由や我儘が許されないとしても永遠の命を望みますか
今の世でも○○でないと死んだ方がましだなどと言う人がいます
もしかすると、何かの制限や条件があれば不老不死を望まない人もいるかも知れません

 

実際、イエスは自由や欲を求める人間に対しては「永遠の命」約束をしてまいません

 

今生きている人が出来ること。

1 神の目的に沿ったイエスの権威に従うこと

2 聖書からイエスの話したことを学び理解を深め信仰を持つこと

  

現実はこうです。

聖書の知識、イエスについての知識があるなしに関わらず、裁きは必ず実行されます

無知の人は無知のまま、不義の人は不義のまま、頑なな人は頑ななまま、嘘をつく人、殺人をする人、淫行や姦淫を行う者、浮かれ騒ぎをする者、不実な者こうした人々も裁かれ滅びに至るのです。

 

結論から言えば道、真理、命に関して今生きている人のような自由はない」のです。

しかし、生きて活動する点において、おきてを守る以外の自由はあります

その自由には無限の可能性があり、人は神とイエスからの恵みを受けすべてにおいて守られ平和で楽しく永遠に生きられるのです。

その時、生きている者には死も悲しみの涙も苦しみ(病気など)も争いもないと約束されています。

 

おそらく、天のみ使いたちには人間のような個人的な楽しみは「存在しません」

初めから神に仕えるように創造されそれが生きるすべてだからです。

ある意味、み使いたちは自分の意思を持つ「完璧なロボット」のような存在なのです。

しかし、
神は人間だけに「(責任の伴う)自由」を与えたのです。

その中には個人的な楽しみも含まれています。

(参考:ノアの大洪水前、あるべき居所を捨てたみ使いたちはこの自由を求めて人間の姿をして(身

 に付けて)地上に降りて来て人間の女を娶りました。

 そして、彼らは今裁きのために獄に留め置かれています

 天のみ使いたちには「自由も楽しみ」もないのです。)
 

また、今の世が滅びる前の今真の崇拝者のある者には「苦難や試練が臨む」ことも記されています。

しかし、すべての者にこれが臨む訳ではありません

 

それはその人の態度や置かれた状況により試練が臨む場合があるかも知れないということです。

中には、永遠の命の代償が命である場合もあるのです。

それでも、信仰による殉教無駄死ににはなりません

神のよる復活があるからです。

 

イエスは十二人の弟子を宣教に遣わすとき次のように言われました。

5 イエスはこれら十二人を遣わして,この命令をお与えになった。「諸国民の道に行ってはならず,またサマリア人の都市に入ってはなりません。

6 そうではなく,いつもイスラエルの家の失われた羊のところに行きなさい。

7 行って,『天の王国は近づいた』と宣べ伝えなさい。

8 病気の人を治し,死んだ者をよみがえらせ,らい病人を清め,悪霊を追い出しなさい。あなた方はただで受けたのです,ただで与えなさい。

9 あなた方の腰帯の財布のために金や銀や銅を手に入れてはならず,

10 また,旅のための食物袋も,二枚の下着も,またサンダルや杖も[手に入れては]なりません。働き人は自分の食物を受けるに価するのです。
11 「どんな都市または村に入っても,そこにいるふさわしい人を捜し出し,去るまではそこにとどまりなさい。

12 その家の中に入るときには,家の者たちにあいさつをしなさい。

13 そして,その家がふさわしいなら,あなた方の願う平安をそこに臨ませなさい。しかし,もしふさわしくないなら,あなた方からの平安をあなた方のもとに帰らせなさい。

14 どこでも,人があなた方を迎え入れず,またあなた方の言葉を聴かない所では,その家またはその都市から出る際に,あなた方の足の塵を振り払いなさい。

15 あなた方に真実に言いますが,裁きの日には,その都市よりもソドムとゴモラの地のほうが耐えやすいでしょう。
16 「ご覧なさい,わたしはあなた方を,おおかみのただ中にいる羊のように遣わすのです。それゆえ,蛇のように用心深く,しかもはとのように純真なことを示しなさい。

17 人々に用心していなさい。人々はあなた方を地方法廷に引き渡し,また自分たちの会堂でむち打つからです。

18 いえ,あなた方はわたしのために総督や王たちの前に引き出されるでしょう。彼らと諸国民に対する証しのためです。

19 しかし,人々があなた方を引き渡すとき,どのように,または何を話そうかと思い煩ってはなりません。話すべきことはその時あなた方に与えられるからです。

20 話すのは単にあなた方ではなく,あなた方の父の霊が,あなた方によって話すのです。

21 さらに,兄弟が兄弟を,父が子供を死に渡し,また子供が親に逆らって立ち上がり,彼らを死に至らせるでしょう。

22 そしてあなた方は,わたしの名のゆえにすべての人の憎しみの的となるでしょう。しかし,終わりまで耐え忍んだ人が救われる者です。

23 人々がある都市であなた方を迫害するときには,別の[都市]に逃げなさい。あなた方に真実に言いますが,人の子が到来するまでにあなた方がイスラエルの諸都市を回り尽くすことは決してないからです。
24 「弟子は師より上でなく,奴隷も主より上ではありません。

25 弟子が自分の師のように,また奴隷が自分の主のようになれば,それで十分です。人々が家あるじをベエルゼブブと呼んだのであれば,ましてその家の者たちをそのように[呼ばないでしょうか]。

26 それゆえ,彼らを恐れてはなりません。覆われているもので,覆いを外されないものはなく,知られないで終わる秘密はないからです。

27 わたしが闇の中で告げることを,光の中で言いなさい。また,ささやかれて聞くことを,屋上から宣べ伝えなさい。

28 そして,体を殺しても魂を殺すことのできない者たちを恐れてはなりません。むしろ,魂も体も共にゲヘナで滅ぼすことのできる方を恐れなさい

29 すずめ二羽はわずかな価の硬貨ひとつで売っているではありませんか。それでも,あなた方の父の[知ること]なくしては,その一羽も地面に落ちません。

30 ところが,あなた方の頭の毛までがすべて数えられているのです。

31 それゆえ,恐れることはありません。あなた方はたくさんのすずめより価値があるのです。
32 「それゆえ,人の前でわたしとの結びつきを告白する者はみな,わたしも天におられるわたしの父の前でその者との結びつきを告白します。

33 しかし,だれでも人の前でわたしのことを否認する者は,わたしも天におられるわたしの父の前でその者のことを否認します。

34 わたしが地上に平和を投ずるために来たと考えてはなりません。平和ではなく,剣を投ずるために来たのです。

35 わたしは分裂を生じさせるため,男をその父に,娘をその母に,若妻をそのしゅうとめに敵対[させるために]来たからです。

36 実際,人の敵は自分の家の者たちでしょう。

37 わたしに対するより父や母に対して愛情を抱く者はわたしにふさわしくありません。また,わたしに対するより息子や娘に対して愛情を抱く者はわたしにふさわしくありません。

38 そして,だれでも自分の苦しみの杭を受け入れてわたしのあとに従わない者は,わたしにふさわしくありません

39 自分の魂を見いだす者はそれを失い,わたしのために自分の魂を失う者はそれを見いだすのです。

-マタイ10:5-39

(参考:イエスは宣教に遣わした弟子たちに何も持たずに行くように命令しています。

 これは一つにはその宣教がいわばイエスの代理として遣わされたのでありイエスが全面的にその責任

 を負うことを示しています。

 もう一つにはユダヤ人地域という極限られた人々の下に遣わしたという点です。

 律法下にあったユダヤ人は同胞をもてなすように、困っている隣人を助けるようにも命じられてい

 たことです。

 この2点のゆえに弟子たちに何も持たずに宣教に行くように、また、宣教で何かを得ることのない

 ように命じたのです。

 実際、師であるイエスはそのようにして宣教活動を行っていました。

 そして、このイエスの命令に従うか否かでイエスに対する信仰も求められていたのです。

 やみくもに手ぶらで、世界中に宣教に行けとは命じてはいないということです。

 

 ものみの塔はこれを曲解して信者に話しているのです。

 あなたもこのような意味での宣教をするようにと「ものみの塔の教え」を聞いたことがあると思い

 ます。

 実際、ものみの塔の言いなりになり、パートやアルバイトで生計を立て伝道に多くの時間を費やし「信仰における満足感」を追求した信者は少なくありません。

 その人たちはいずれやって来る(来た)生活上の困窮をどのように考えているのでしょうか。

 生活保護は「ものみの塔が忌避している世の支援」です。

 これ以上の恥辱があるでしょうか?

 

これは、最初に救われる者であるユダヤ人を救うための宣教に対するイエスの弟子たちの対する命令です。

すべての人の救いのための宣教パウロの登場まで待たなければなりませんでした

イエスはパウロにその使命を与えたからです。

それはAD36年のことであり、そのカギを開けたのは十二使徒の一人ペテロであり、イエスはその鍵をペテロに与えたのです。

イエスは復活した後昇天直前に「行ってすべての国の人々を弟子とし」と述べていますが、それには三つの鍵があったのです。

  

あなたはこのイエスの言葉を読んでどのように思いますか?   

知恵を求める人のためのブログです。

人はいつも何気に話をしていますが、大抵何を話し、何を話さないかを意識して話しているものです。

それでも、話の上手な人はいるもので、いわゆる話し方の「コツ」というものはあります。

実際、話の上手い人、人を引き付ける話をする人がいる一方で、何を話しても人を怒らせる人、嫌な話し方をする人などもいます。

 

あなたも「あの人の言い方は嫌いだ」と思った経験はあると思います。

 

例えば、国民が米を欲している時に、備蓄米を「家畜の餌」呼ばわりし批判され謝罪をした国会議員それも党の代表たる人間がいました。

立憲民主党のある議員も同じようなことを発言しました。

これから国民が口にするものを「家畜の餌」などと無思慮な発言をしたのです。

このような人は国会議員の資格がありません

ただ、自分の言葉に「酔っている」のです。

つまり、相手を「貶める」ためだけの発言をしたのです。

  

こうしたことは特別なことのように思えますが、人は日常このようなことを平気で発言しているのです。

 

誰にでも、発言する自由はあります。

しかし、何を言っても良いという訳ではないことも誰でも知っています。

つまり、人は何を話し、何を話すべきではないかに関して「分別を働かせ」「相手を思いやる必要がある」ということです。

これをしない人は相手を挑発したり怒らせたり貶めたり悲しませたりするという「悪い動機」を持った人です。

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参考:人が「善悪を知る」ということの意味にはこうした分別も含まれています。

   目に見える「悪行(あくぎょう)」だけが「悪」ではありません。

   心の持ち方にも善悪があることは誰でも知っています。

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若い時には、「気の利いたことを言う」人を「賢い人」だと思ったものです。

どうしたらそういうことが言えるのだろうかと不思議でした。

大人になって、そういう人の気持ちや動機が「必ずしも良いものではない」ことに気が付きました。

今では気の利いたことを言う人をむしろ冷めた見方で見ています。

そういう人の動機を疑っているのです。

善いこと、悪いことに拘らず「自分を高めたり」「相手を貶めたり」「対抗心によるもの」であったりする場合が殆どです。

例えば、テレビで芸能人などが何かの議論などをしている時に「分かったような」「気の利いたような」コメントをして「自分のプライド」を保とうとすることが「多々あります」

こういう人を見る度に「愚か」だと思います。

 

聖書には次の格言があります。

伝道の書3:7

7 引き裂くのに時があり,縫い合わせるのに時がある。黙っているのに時があり,話すのに時がある

8 愛するのに時があり,憎むのに時がある。戦いのための時があり,平和のための時がある。

 

詩編39:1

39章 ダビデの調べ。
わたしは言った,「わたしは自分の道を守って,舌で罪をおかすことがないようにしよう
邪悪な者がわたしの前にいる限り,わたしは自分の口にくつこを守りとしてはめよう」

  

箴言9:8

8 あざける者を戒めてはならない。その者があなたを憎むようにならないためである。賢い人に戒めを与えよ。そうすれば,彼はあなたを愛するであろう。

 

箴言12:18

18 剣で突き刺すかのように無思慮に話す者がいる。しかし,賢い者たちの舌は[人を]いやす。

 

箴言17:28

28 愚かな者でも,沈黙しているときには賢い者とみなされ,自分の唇を閉じる者は理解ある者と[みなされる]。

 

ヨブ13:5

5 あなた方が全く沈黙してさえいたなら,それがあなた方の知恵であったろうに!
 

伝道の書7:16

16 義に過ぎる者となってはならない。また,自分を過度に賢い者としてはならない。どうして自分の身に荒廃をもたらしてよいであろうか。

 

人はただ「争ったり、張り合うためだけに話す」こともあります。

実に愚かなことです。

 

一般的に、皆が思うようなこと、相手が同意するようなことを言えば「話しは進みます
その逆を言えば「話しは進まず、議論や口論」になる場合が多いものです。

相手を説得する時には、
相手の知らないことを持ち出し、あたかもそれが「正しいことのように言う」ことで効果がある場合もあります。
相手も知らないので想像や憶測でしか反論できないのです。
その想像や憶測の「矛盾」を付けば、その論議はあなたの勝ちです。
しかし、相手が納得するかどうかは別問題です。

こういうことを自在の出来る人は「言葉巧みな人」と言われる人です。
偶(たま)に周囲にいるものです。
しかし、それは周囲にどんな人がいるかでも変わります
その人を上回る人がいるか、あるいは、その人が「気を遣う人」がいるかでも変わることがあるのです。

今世間で男女間の様々な問題や事件が起きていますが、その殆どが「話し方」が発端となっていることは明らかです。
言葉には非常に力があり、相手を喜ばすことも出来れば怒らせることも出来る「特別な道具」なのです。
神を賛美する「その同じ口」で神や人を呪うことさえあるのです。

人の口に戸は立てられぬと言いますが、隠し事だけではなく分別のない話し方にも言えます。

誰にでも発言する自由はあるのですが多くの場合それで問題が起きることもあるのです。

それゆえ、聖書でも話す時には分別を働かせるようにと記されています。

適切にもヤコブは次のように述べています。
ヤコブ3:5-4:3

3章
わたしの兄弟たち,あなた方の多くが教える者となるべきではありません。わたしたちがより重い裁きを受けることをあなた方は知っているからです。

2 わたしたちはみな何度もつまずくのです。言葉の点でつまずかない人がいれば,それは完全な人であり,全身を御することができます

3 馬の口にくつわを含ませてこれを従わせれば,わたしたちはその全身をも操ることができます。

4 ご覧なさい,船でさえ,あのように大きく,また激しい風に押されるものなのに,非常に小さな舵によって,舵取りの思いどおりの場所へ操縦されるのです。
5 同じように,舌も[体の]小さな部分ですが,大いに自慢します。ご覧なさい,ごく小さな火が何と広大な森林地帯を燃え上がらせるのでしょう。
6 それで,舌は火なのです。舌はわたしたちの肢体の中で不義の世界をなしています。それは全身に汚点をつけ,生まれついた人生の車輪を燃やし,自らもゲヘナによって燃やされるのです。
7 人間は,あらゆる種類の野獣,および鳥,はうもの,また海の生き物をならして従わせますし,[実際]従わせてきました。

8 しかし舌は,人類のだれもこれを従わせることができません。御しがたい,有害なものであって,死をもたらす毒で満ちています
9 わたしたちは[舌]でエホバを,すなわち父をほめたたえ,しかもその[同じ舌]で,「神に似た様で」存在している人間をのろいます。
10 祝福とのろいが,同じ口から出て来るのです。
わたしの兄弟たち,こうした事がこのようにして続いてゆくのは正しくありません。
11 泉が同じすき間から甘いものと苦いものをわき出させることはないではありませんか。
12 わたしの兄弟たち,いちじくの木がオリーブを,ぶどうの木がいちじくを生じさせることはできないではありませんか。塩水が甘い水を生じさせることもできません。
13 あなた方の中で知恵と理解力のある人はだれですか。その人は,知恵に伴う温和さをもって,自分のりっぱな行状の中からその業を示しなさい
14 しかし,あなた方が心の中に苦々しいねたみや闘争心を抱いているなら,真理に逆らって自慢したり偽ったりしてはなりません
15 それは上から下る知恵ではなく,地的,動物的,悪霊的なものです。
16 ねたみや闘争心のあるところには,無秩序やあらゆるいとうべきものがあるからです。
17 しかし,
上からの知恵はまず第一に貞潔であり,次いで,平和を求め,道理にかない,進んで従い,憐れみと良い実とに満ち,不公平な差別をせず,偽善的でありません
18
そのうえ,義の実は,平和を作り出している人たちのために,平和な状態のもとに種をまかれます
4章
あなた方の間の争いはどこから,また戦いはどこから起こるのですか。それは次のものから起こるのではありませんか。つまり,あなた方の肢体の中で闘う,肉欲の快楽に対するあなた方の渇望からです。
2 あなた方は欲しますが,それでも持っていません。殺人と貪りを続けますが,それでも得ることができません。あなた方は戦いつづけ,争いつづけます。あなた方が持っていないのは求めないからです。
3 なるほど求めはします。それでも受けていません。肉欲の快楽に対する自分の渇望のために用いようとして,まちがった目的のために求めているからです。

さて、あなたはこのヤコブの言葉をどのように受け止めますか?

 

一般に、口は禍の元と言います。
ヤコブは「舌、つまり、言葉」を制する者は「完全な人」だと言っています。

実際、そのような「人」はイエスただ一人です、他にはいません。

 

言葉自分自身を制御する道具でもあり、他の人を動かす道具でもあるのです。

また、義の実」を生み出す人か「悪の実」を生み出す人かのいずれかしかないと述べています。

  

その見分け方は、「地的,動物的,悪霊的な業」か「上からの知恵による義の実」かということです。

義の実」は貞潔であり,次いで,平和を求め,道理にかない,進んで従い,憐れみと良い実とに満ち,不公平な差別をせず,偽善的でありません

そこには平和があります。

地的,動物的,悪霊的な業」は心の中に苦々しいねたみや闘争心を持っておりねたみや闘争心のあるところには,無秩序やあらゆるいとうべきものがあります。

肉欲の快楽に対するあなた方の渇望があり殺人と貪りを続け戦いつづけ,争いつづけます

  

パウロはこうした人々からは離れなさいと述べています。
テモテ3章
しかし,このことを知っておきなさい。すなわち,終わりの日には,対処しにくい危機の時代が来ます。

2 というのは,人々は自分を愛する者,金を愛する者,うぬぼれる者,ごう慢な者,冒とくする者,親に不従順な者,感謝しない者,忠節でない者,

3 自然の情愛を持たない者,容易に合意しない者,中傷する者,自制心のない者,粗暴な者,善良さを愛さない者,4 裏切る者,片意地な者,[誇りのために]思い上がる者,神を愛するより快楽を愛する者,

5 敬虔な専心という形を取りながらその力において実質のない者となるからです。こうした人々からは離れなさい

  

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最後に:

誰と話をしても「イニシアティブ」を持つことは「人として重要なこと」です。

そこには「自分の考え、意思」というものが存在「自分が何を話しているか」を理解しているからです。

このための方法は、

1 まず相手の言うことをよく聞いて理解すること。

2 その上で適切な判断、結論、方向付け、すべきことしてはならないこと、疑問点などを相手に話すこと。

自分の考えを話すだけで、相手を説得する必要はありません

相手を説得しようとしたすると争うことになるからです。

議論や話し合いの仲裁」に入る時は、双方の「妥協点」を見い出しそれを伝えることです。

以上の2点を守れば「あなたは話し上手」になれます。 

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人の活動の頂点にあるのは、「その人の意識」です。
他のすべてのものはこの意識の下にあり、意識活動は脳内にある[雲のような意識がすべてを支配しているのです。
意識の直ぐ下にあるのが思考、つまり、考えることです。
通常、意識=思考ですが、意識が上にあるのです。

 

思考は知識など記憶、目や耳や感覚から入って来る情報、心や感情、身体からの感覚による刺激(病気やケガを含めて)を基に行います。
以前はこうした構図に「意識」ということを考えていませんでした。
ある意味心や感情や思考を繋ぐ「空気、あるいは、神経」のようなものとしか考えていなかったのです。
少し前、つぶやき-27(頭と心と体の不一致は誰でもあるものです)の中で、頭がすべてを決定すると書きましたが、頭とはこの「意識」のことなのです。
この意識は頭の中では、何処に存在するか分からない「雲のような存在」であり、人はこれをと言ったりします。
これに対して、魂とは肉体そのものを指しています。
つまり、
人々が霊魂と言う時には、いわば精神と肉体を分けて考えているということです。

また、聖書では精神や考え、時には、汚れた霊=悪霊に対して用いられていたり、命と関連付けて用いられる場合があります。-マタイ12:43-45、ヨハネ:6:63

物質的には脳内のことはある程度分かって来ました
脳の部位の違いによる働きの違いなども。
記憶の働きをする部位についても感情の働きをする部位などについても分かっています。
意識や思考に関する部位は殆どは大脳にありますが、生命維持などに関する「間脳」「中脳」「橋」「小脳」「脳下垂体」「延髄」などの他の部分の働きも分かっています。
脳のある部分電極や電磁波などで刺激すると「反応」があることも分かっています。

これは、脳神経や脳細胞がいわゆる電気で反応し、また、神経内を微弱な電気が流れていることを示しています。

これを医療に応用したのがいわゆる低周波治療器でありCTでありMRです。

うつ病などの治療に電磁波による刺激が用いられていることは良く知られいる事柄です。

  

しかし、その「反応」の「実態」がどういうものなのかは全く分かっていなません

人間の知恵では、電気や電磁波は「半導体」や「金属」(電気を通さない金属もあります)でしか利用できませんが、

自然界では脳神経のような非金属による「電気反応」は沢山みられるのです。

 

神の知恵の偉大さの一つです。
 

人は、なぜ考えることが出来るのでしょうか
なぜ、感情が働き喜怒哀楽を表すのでしょうか
人の心と動機は一体どこから生じるのでしょうか
その実体が分からなくても心(精神)と肉体が直結していることも明白です。

電気的には電磁波に反応する金属のようです。
例えば、心配事があると胃が痛くなったり動悸がしたり、極度に緊張すると顔が青ざめたり手や足が震えたりすることがあるからです。

 

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参考:「以心伝心」ということを言われることがあります。

実際、人間の脳からは「脳波」という電磁波が放出されていることは分かっています。

測定も出来ます。

この脳波が他の人に「伝わり、影響を与える」ということは「理屈」に合うことです。

更に、脳波が電磁波なら、ラジオやテレビのように「より遠くまで」伝達することも可能だと思います。

いわゆるテレパシーです。

しかし、人間はこうしたことを普段は全く意識していないのです。

更に、人間がケガや事故を起こす「直前」「直感的に」ケガをするかも知れないと「感じる」時があるものです。

皆さんも経験したことがあるのではないでしょうか。

私は何度も経験しています。

つまり、

意識しているのです。

この直感でケガを避けられたり失敗をせずに済んだことあります。

普通、人はこれを直感とか閃きなどと言ったりしているのです。

理屈では説明できないことですが、日々誰にでも現実に生じていることなのです。

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こうしたことを考えると、人間は「生きた魂(そのための生命維持はすべて神により肉体の中に備えられており、人はこれを殆ど意識しません)」とこれを活動させる=動かす「意識=霊」で活動しているということが分かります。
つまり、
人=ロボットのような存在と見なすと、「意識」はそのロボットを動かす指令です。
しかし、その指令の実体がどのようなものかその働き以外は全く分かっていないのです。
したがって、
少し、哲学的ですが、人の行いの責任はこの「意識」つまり「」にあり魂である肉体にはないということになります。
それでも、神は罪を犯したのが霊(アダムの霊、意識)でありながら罰は魂(アダムの魂、肉体)に加えたのです。
つまり、霊と魂は二つで一つ、一体である、もしくは一対ということです。
霊と魂は同等ではありません
霊が魂の活動を牛耳っているからです。

ヤコブは「」の働きに関して次のように述べています。
ヤコブ3章
わたしの兄弟たち,あなた方の多くが教える者となるべきではありません。わたしたちがより重い裁きを受けることをあなた方は知っているからです。
2 わたしたちはみな何度もつまずくのです。言葉の点でつまずかない人がいれば,それは完全な人であり,全身を御することができます

(ここで言うつまずかないとは、失敗をしない間違いを犯さないという意味です)


3 馬の口にくつわを含ませてこれを従わせれば,わたしたちはその全身をも操ることができます。
4 ご覧なさい,船でさえ,あのように大きく,また激しい風に押されるものなのに,非常に小さな舵によって,舵取りの思いどおりの場所へ操縦されるのです。
5 同じように,舌も[体の]小さな部分ですが,大いに自慢します。ご覧なさい,ごく小さな火が何と広大な森林地帯を燃え上がらせるのでしょう。
6 それで,舌は火なのです。はわたしたちの肢体の中で不義の世界をなしています。それは全身に汚点をつけ,生まれついた人生の車輪を燃やし,自らもゲヘナによって燃やされるのです。
7 人間は,あらゆる種類の野獣,および鳥,はうもの,また海の生き物をならして従わせますし,[実際]従わせてきました。

8 しかし舌は,人類のだれもこれを従わせることができません。御しがたい,有害なものであって,死をもたらす毒で満ちています。
9 わたしたちは[舌]でエホバを,すなわち父をほめたたえ,しかもその[同じ舌]で,「神に似た様で」存在している人間をのろいます。
10 祝福とのろいが,同じ口から出て来るのです。
わたしの兄弟たち,こうした事がこのようにして続いてゆくのは正しくありません
11 泉が同じすき間から甘いものと苦いものをわき出させることはないではありませんか。
12 わたしの兄弟たち,いちじくの木がオリーブを,ぶどうの木がいちじくを生じさせることはできないではありませんか。塩水が甘い水を生じさせることもできません。
13 あなた方の中で知恵と理解力のある人はだれですか。その人は,知恵に伴う温和さをもって,自分のりっぱな行状の中からその業を示しなさい。
14 しかし,あなた方が心の中に苦々しいねたみや闘争心を抱いているなら,真理に逆らって自慢したり偽ったりしてはなりません。
15 それは上から下る知恵ではなく,地的,動物的,悪霊的なものです。
16 ねたみや闘争心のあるところには,無秩序やあらゆるいとうべきものがあるからです。
17 しかし,上からの知恵はまず第一に貞潔であり,次いで,平和を求め,道理にかない,進んで従い,憐れみと良い実とに満ち,不公平な差別をせず,偽善的でありません
18 そのうえ,義の実は,平和を作り出している人たちのために,平和な状態のもとに種をまかれます

」つまり言葉を発する源はその人の「意識」です。
その「意識」が思慮分別を働かせ言葉を発していることは言うまでもありません。
ヤコブは言葉を発する時には「上からの知恵」に基づいてするべきだと述べています。
そして、平和を作り出している人々の平和な状態の「所」に「義の実」正しい行いをするための「」がまかれると言っているのです。
争いのあるところには決して「義の実」の「種」は撒かれないのです。

(参考:争いとは文字通りではなく、反発心、反抗心、敵対心、競争心、ねたみ、嫉み、怒り、

 口論などを含みます。)

それゆえ、平和を望むなら地的,動物的,悪霊的な知恵のあるそのような人々には近づいてもならず「離れて」いなければならないのです。

平和な状態、平和があるところは誰の目にも明らかに見えます
その逆も同様です。
あなたが平和を求めるなら「平和」のあるところへ移住(文字通りではありません)」しなければならないのです。
争いのあるところに、いつまでも留まっていたら、あなたの霊魂つまり精神と肉体を「悪い状況」に置いていることになります。

この[移住]を可能にするのは「あなたの意識」です。
「あなたの意識、あなたの思い、あなたの感情」の「結果=表現」です。
何を話し、何を話さないかも「あなたの意識」が決めたことなのです。

繰り返しますが、
肉体を動かしているのは精神、つまり、「あなたの意識」であり肉体はあなたの「思い通りに動くロボットなのです。
別の言葉で表現するなら、
魂を動かしているのは「あなたの霊」です。
魂=肉体は目に見えはっきりしていますが、は「目には見えない存在=形而上的実体」なのです。

以前このような状態を電化製品に例えました。
製品は肉体であり、製品を動かしている電気は命であり、その動きは信号=精神であると。
その時には命=霊と説明しました。
それは活動するための源だからです。
この度は、更に進んでその製品の働きを決めている信号も霊であると述べています。

 

聖書では霊について様々な用いられ方をしています。
ある時には命として、ある時には精神として、ある時には汚れた霊=悪霊として。
これらに共通する概念は「その人の意識」なのです。
意識が人のすべてを決めているのです。
「(永遠の)命」を得るにも、自分の精神をコントロールするにも、汚れた霊(文字通りの悪霊ではなく、自分の汚れた悪い考え)についてもすべて「あなたの意識」がしていることなのです。

神が人に与えた罪と罰魂=肉体に宿ります(つまり、遺伝します)が、霊に関しては文字通りの罰を与えてはいないのです。
霊=精神に関しては、すべての人アダムや人間イエスと
何ら変わりはないのです。
ですから、各々人はは神に対しての信仰や忠誠や忠実な行い、つまり、義で評価され、「義と宣せられる」ことが可能なのです。

ヨブがサタンの攻撃を受けても忠誠を保ったのも、「ヨブの霊」なのです。

 

人は言葉に反応する生き物です。(勿論、訓練によってそのような動物もいます)

言葉はいわば「霊」であり、人の霊はその「霊」に反応するのです。

その言葉によって、ある人は喜び、ある人は励まされ、ある人は怒り、ある人は身を切られる思いになったりします。

 

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参考:聖書の中では、霊を脚注で「活動する力」「凬」と説明している場合もあります。

   更に、雲と関連して述べられている場合もあります。

 

参考:日本では「言霊」という表現があります。

これは、言葉には力があることを言っています。

「ことば」に宿ると信じられた霊の力のことです。

発せられた「ことば」の内容どおりの状態を実現する力があると信じられていたのです。

つまり、発した言葉は「その通りになる」という意味も含まれているのです。

それゆえ、神道では「祝詞」がすべてなのです。

仏教のお経を声を出して唱えたり「南無阿弥陀仏」と唱えることで「救われる」と言っているのです。

更には、呪文を唱えるということまでする人もいます。

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実際、「言葉」に「力」があることは周知の事実です。

真理なのです。

人が救われるか否かは「義と宣せられる」か否かにかかっていることは明白です。
それゆえ、信仰においても行いにおいても「おのおの自分に責任」あり、神はすべての人間にこの責任を問われるのです。

人の死は「アダムからの遺伝」ですが、人の行いの責任は「遺伝しない」のです。

自分の霊に対する責任は自分にあるのです。

この点、誰も言い訳が出来ません。

悪を行う人は滅びへと義を行う人は命へと向かっています

ただし、人の善必ずしも神の義と一致するわけではありません

この点は注意を要することです。

独り善がりの考えは間違いの元となります。
そして、その間違いは「死」に直結するのです。
自分では正しいと思い込んでいても「滅びる」こともあるのです。

知恵を求める人のためのブログです。

天才とはどういう人のことを言うのでしょうか?


数学的素質とは物事を数値化することで可視化し、かつ、それを計算し予測する能力のことです。

数学は物事を予測したり解決する手段でもあります。

その手段(計算式)は無限にあるため、数学の分野では未だに未開の分野が存在します。

新たな理論(計算式)が出ることもしばしばで、それにより、自然界のことが更に詳しく分かることもあるのです。
 

物理的素質とは物質の持つ本質(構造)や特質(性質や特徴)を理解したり予測する能力のことです。

量子学の分野を除き物理学は殆ど知り尽くされています

しかし、アインシュタインの誤りの一つを証明したとされる「量子もつれ」を活用し量子コンピュータや暗号化技術に用いていますがなぜこれが起こるかは分かっていません

アインシュタインは「量子もつれ」は有り得ないと主張し批判もしていたのです。

アインシュタインの誤りのもう一つは宇宙常数です。

これは宇宙が一定な状態を保っていることを示す常数のことです。

実際には宇宙は膨張していることが確認されています。

この過ちを証明したのが、かの有名なハッブルです。

アインシュタインはこれを認め撤回しています。

  

化学の理論も殆ど完成しています。

しかし、自然界の探究や新しいものを作るという点では可能性は無限です。

これは、遺伝子の4つの塩基配列が無限に存在するのと同じです。

それにより、何が作られるかが決まります。

人間の遺伝子はほぼ解明されていると言われていますが、それでも、その遺伝子の一部分をいわば付け替えて新しい細胞や臓器などを作ったりすることさえ出来るようになりました。

電子顕微鏡で直接見て切断したり、化学的な反応や刺激によって可能となるのです。

  

一般これらを駆使し様々なアイデアを実現出来る人間を「天才」と呼びます。
このような人物は歴史上沢山出現しています。
こうした人間が普通の人間では不可能と思えることを実現し、人類の発展に寄与してきたことは疑いようはありません

 

人間は学校を作り数学や物理や化学などの自然科学の基礎と国語や歴史や公民などの社会学の基礎を教えることで、知的活動を行う人間の土台を据えて来ました
しかし、長い人類の歴史では一般の人が学校でこうしたことを学べるようになったのは僅か100年足らずです。
それでも人間の進歩は急速に遂げて来ました
パソコンが登場しOSが社会に浸透してからAIの登場までには僅か30年足らずの出来事です。

人間から見れば、AIは天才的です。

人にとって不可能と思えることを「簡単にやってのける」からです。

人間は知り得る知識が
膨大になるにつれて最も優れたものを探すようになりますが、それがために目的のもの簡単には入手出来ないほどになってしまったのです。
そこでAIが登場し「
いとも簡単に目的とする知識や技術が手に入るようになりました
これは実に
危険なことで、良し悪しやその影響を深く考えずに「いろんなことが出来てしまう、やってしまう」ことが可能になったからのです
もし、悪意のある人がこれを活用し悪事を働いたら、もしかすると誰に求められないことが起きるかも知れないのです。

  

唐突ですが、

何かを発明する「天才はいますが、正しいことをする「天才」はいません
これは義なる人のために死ぬ人がいないのと同じことです。 

義なる[人]のために死ぬ者はまずいません。もっとも,善良な[人]のためなら,あるいはだれかがあえて死ぬこともあるかもしれません。」-ローマ5:7

(参考:義人と善良な人は異なることに注目して下さい。

 つまり、義と善は同一ではないということです。

 例えば、正義と善良は異なるものであり、善良が正義だとは言えないということです。

 この点を十分理解しないで話す人は多いものです。

 更に、犯罪者のために善良さを示し人権を守ることは行われますが、正義のためにその犯罪者のため 

 に罰として死刑に処すことも行われるのです。)

 

しかし、いわゆる宗教や思想の「始祖」と言われる人は「天才」の一人かもしれません。

孔子、老子、孫子などやソクラテスやプラトンやアルキメデスやピタゴラスやアリストテレスや、

キリストやブッダや空海、親鸞、法然や

ケプラーやガリレオや

他にも、シュレーディンガーやファラデーやガウスやパスカルやエンゲルやアイン・シュタインやチューリングなどは天才と言われています。
他にも、
これらの人々が提示したアイデアを「応用」した秀才たちは無数に存在しています。

現代のように初等教育から高等教育まで一般に普及していなかった時代様々な発明やアイデアを生み出したのです。

実のところ現代の学校教育は、「過去の歴史や過去の偉大な学問的理論や功績」を学んでいるのです。

 

人間が知恵を働かせることが出来るのは、主に知識という土台があるからです。

その知恵は真理の探究や物事の工夫などのために用いられるのです。
そこで、優れたアイデアを出す人が現れることになるのです。 

  

必要は発明の母と言います。
人類は、この必要多くの天才を生み出して来ました
エジソン様々なアイデアを実現し、それを世に提供して来ました。
エジソンは発明の天才とも呼ばれています。 

それは人々が思いもつかない物を沢山発明したからです。

モーツアルトはピアノを弾くことでもそうでしたが特に作曲に関して天才でした。

ピアノを弾くことに優れた人も沢山います。

世の中には個々の作品に於いて「優れた作品」を出した作曲家も沢山います。

しかし、モーツアルトはその数に於いて比類のなさを示したのです。

モーツアルトは「天賦の才能」つまりギフテッドだったのかも知れません。

エジソンの発明は天才的ですが、一般的には「努力家」として知られています。

参考:送電の考えに関してはエジソンよりテスラの方が勝っていました

  

しかし、現実に目を向けて見ますと、個々の人間には限界があります。

一人で多くのことは出来ないのです。

例えば、モーツアルトは音楽では天才でも他のことはからっきしダメだったと言われています

最も、当時は学校というものがありませんでしたから常識なども経験から学んでいくことになります。

モーツアルトは父親の影響で幼い時から音楽だけに携わっていたので世間一般のことは殆ど知らなかったのです。

 

こうしたことは現代でも同じで、英才教育を受けた人は他のことには疎いものです。

なぜなら、その1点だけにすべてを集中させているからです。

 

サバン症候群突然なった人もある点では天才ですが他の面ではむしろ普通の人より劣っていることが多いものです。

 

つまり、すべてのことにバランスの取れた天才はいないのです。

逆にすべてのことにバランスの取れた普通の人は沢山いるのです。

 

こうして考えて見ても天才は変人というより「いわゆる、かたわ(不具者)」と言わざるを得ません。

しかしながら、人類に貴重な発明や発見をして来たのです。

  

学習能力が高く成績の良い人天才になる訳ではありません
むしろ、そのような人は
常識的な秀才です。  

 

逸話として、ヨーロッパのある人が数学のいわゆる公式を発見するほど数学の才能があったにも関わらず大学入試に失敗したという話があります。

その公式がどのようなものであったかは忘れました。

デカルトかあるいはガウスの時代の人であったように思います。

名前も時代も忘れてしまいました。

 

人の優れた才能必ずしも学識によるものではないのです。

 

絵画の世界でも、いわゆる既存の技術で常識的な表現をしても、あるいは、写真のような絵を描いても殆ど評価されません。

奇抜で新しい表現を創作した作品が評価されるのです。

例えば、ピカソの「ゲルニカ」を理解するのは難しいことです。
ピカソが思い描いている時代(スペインの内乱)とその表現方法としてのキューブリズムというアイデアを理解していないと無理なのです。
そこに描かれている一つひとつに意味があるのです。
加えて全体的に訴えていることもあるのです。
単なる奇抜な絵ではないのです。
ちなみに、ピカソの描いた
写実画も素晴らしいです。

更には、年長順にイタリアのレオナルドミケランジェロラファエロ画風も技術も全く異なります
が、それぞれに特徴があり、三人とも同じ時代に活躍し皆高い評価を受け多くの作品を残しています。
ルネサンスの三大巨匠と言われている天才たちです。
地獄の門」や「考える人」で有名なフランスのロダンは400年ぐらい後の人です。

単に絵を描く技術だけでは有名な作品を残すことは出来ません。
そこには作者の宗教観、思想なども含まれているのです。
これらの作品の外見だけを見て分かったようなことを言うのは「」をかくだけなのです。

天才というのは、豪速球を打つバッターやファインプレーをする人のようではないのです。

正に、思想や学識や宗教に関係なく、神から与えられた才能ギフテッドなのです。

 

天才は優れた能力を発揮する人ですが、必ずしも常識を備えた聖人君子ではありません

しかし、人類はこうした人々の恩恵に与っていることは明らかです。

 

17世紀半ばに、往復動型機関を発明しレシプロエンジン(自動車の内燃機関)の原理の元を作ったホイヘンス天才の一人と言えます。

彼は、ベルサイユ宮殿の水役人だったとも言われています。

 

あなたは人類の「天才たち」をどのくらい知っていますか?

その多くは科学の天才たち現代の科学の基礎を作った人たちです。

  

しかし、その結果はどうでしょうか

原爆や地球環境破壊を生み出し人類を滅亡の危機に追い込んでいるのです。

 

人類に多大な貢献をして来た天才たち現在の結末を「あなたはどのように考えますか?

知恵を求める人のためのブログです。

アメリカと言えば「自由の国」と思い込んでアメリカ社会に飛び込んで行った人々は数知れません。

また、スポーツにしても歌手にしても世界的なスーパースターが数多く存在しているのもアメリカです。

科学技術、軍事力、政治経済、外交などに於いて世界の中心的存在です。

しかし、最近そのアメリカに陰りが見え他の国の後塵を拝することが随所に見え隠れするようになって来ました。

それは、アメリカ以外の国が政治、経済、軍事、スポーツ、芸能、文化などで頭角を現すようになって来たからです。

例えば、中国の躍進は目覚ましく今や中国製品なしの生活が成り立たない位です。

製造や製品に不可欠な重要な半導体、鉄やアルミの供給、必需品のスマホ、経済的な自動車、有能なIT技術者などにおいてアメリカは他の国に劣っているのです。

 

今のアメリカを支えているのは軍事力のみです。

その軍事力でさえロシアに負けているかも知れません。

核兵器の数では既に負けています。

未だに健在なのは世界的な情報ネットワークです。

あらゆる国の内部情報を秘密裏に傍受し、それを隠して外交交渉をしているのです。

そして、それを相手国に知られる前に先手先手の手を打って来たのです。

 

建国以来僅か240年に満たない新参国家がなぜこのように世界の覇権を争う国になったのでしょうか。

 

それは何千年もの長い歴史や文化と民族遺伝子に縛られない国民性だからです。

18世紀にいきなりヨーロッパからやって来て原住民を退け黒人を奴隷に自分たちの身勝手な国を作り上げたのです。

その精神は憲法に現れておりアメリカの自由とアメリカの正義と公正と権力で世界中に示されています。

このアメリカを白人に置き換えても全く同じです。

 

ある意味アメリカこそ「悪魔の象徴」と言えるかも知れません。

アメリカの最も近い国がソ連であり現在のロシアです。

 

第一次、二次世界大戦で戦争を始めたのはアメリカとロシア以外でしたが勝敗を決定付けたのは両大戦ともアメリカだったのです。

 

特にアメリカは地理的に外国から攻撃されにくい場所にありロシアは広大な国土を持っている上にシベリアという極寒という厳しい条件のため倒しにくい場所にあります。

しかも、両国とも地下資源を豊富に持っておりエネルギーの確保に不足はありません。

食料も自国ですべてを賄うことが出来ます。

 

このような国は他にはありません。

地理的には中国やオーストラリアが考えられますが両国には敵いません。

ただ、

中国とインドは人口が多いという点が他にはない様々な利点があることは確かです

人口の多い所には必然頭の良い人も大勢いるのです。

この人たちが一たび欧米の知識を吸収すると教えた人より優れた能力を発揮することが出来、現実にそのようになっています。

 

アメリカは優れた科学力と経済力と軍事力を持っていますが経済力以外はすべて外国人によるものです。

有能な人材をアメリカに招いてその知識、技術をいわばお金の力で作らせ、そのようにして成り上がった国なのです。

 

例えば、原爆開発では有名な話しです。

そもそも原爆の理論も科学者も技術もアメリカは持っていなかったのです。

  

アメリカは他国を顧みずなぜ思い通りにしようとするのでしょうか

一つにはヨーロッパ諸国、特にイギリス、フランスが第一次、第二次世界大戦の時二度もアメリカに助けを求め、そして助けられたことです。
二つにはアメリカはアイルランド、フランス、イギリス、イタリアなどの移民による国であること。
つまり、いわば、移民である欧州の一部の思想の人間が作り上げた極めて希な国だという点です。
他の国のように古代から歴史を作り上げて出来上がった国ではないからなのです。
そのため、国としての誇り人々の考え他国とは全く異なっているのです。
自国の民族意識が全くないのがアメリカであり、一部の白人だけが物事を決める権限を持つ特殊な環境にあるのです。
そのため、未だにアフリカ系黒人が差別され警官による暴行や殺人が後を絶ちません
黒人だけではなくアジアの人々、中南米の人々に対しても同様です。
つまり、トランプを見ても分かる通りアメリカは「お金と力=権力」がすべての野蛮人なのです。
他国に対して示す「偽善的な正義感」はただアメリカの立場を優位にするためなのです。

私はこういうアメリカが大嫌いですが、なぜ多くの人アメリカを目指したり真似をしたりするのか理解出来ません

 

トランプの移民政策に反対しロサンゼルスでデモが暴徒化し、トランプは海兵隊や州兵を動員させ余計酷い状態になっています。

つまり、

アメリカ人の皆がトランプを支持している訳ではないということです。

少なくともアメリカ人の半数はトランプに反対です。

イーロン・マスクも公にトランプを非難しトランプのすることにアメリカ人がノーを突き付けている形ですが、トランプは大統領の権限を利用しこれを乗り切ろうとしています。

プライドの高いアメリカ人同士が反発しあって混乱しているのです。

 

参考:ロシアもプーチンが国民を抑え込んでいますが反発している人は非常に多いのです。

ロシアは、今は混乱していませんがプーチンがいなくなれば混乱は必至です。

プーチンも72歳ですから政治生命も後長くて10年ぐらいです。

トランプは後3年です。

 

嵐の過ぎ去るのをじっと待つ方があれこれ動いて無駄にするよりは懸命というものです。

トランプもプーチンも「相手の存在」があるから出来ることです。

その相手が二人を無視すればどうなるでしょうか?

力を出せなくなるのが「力学」です。

 

歴史的に見れば、このような政権は長く続きませんし続いても混乱状態となり政治も経済も外交もメチャクチャな状態となるでしょう。

このようなアメリカを見限る国は増えると思われ、また、こうした混乱に乗じてアメリカが足元をすくわれるという事態に陥る可能性もあるのです。

 

あなたはどう思いますか?  

知恵を求める人のためのブログです。

私は今もって不思議に思うことがあります。
それは、日米安保に関してです。
日本は米軍やアメリカ政府の方針で軍隊を持たないことを憲法に記しました(そうさせられた)。

 

昭和26年日本がアメリカの占領下から解放され独立国となりましたが、その直後の昭和30年、朝鮮戦争が勃発、更にベトナム戦争へとアメリカは戦争を続けていきました。
金日成は日本から米軍の占領軍が縮小されたことを狙って韓国を攻撃したのです。
もし、釜山迄北朝鮮が占領していたら今頃朝鮮半島は北朝鮮となっていたのです。

ベトナムでアメリカは敗北し逃げてしまいましたからベトナムは統一されています。

朝鮮半島でもアメリカが負けていれば統一されていたのです。

今のような南北の対立を生んだのは「アメリカの不必要な介入」だったと言わざるを得ません。

今の北朝鮮を作ったのはアメリカ自身なのです。

東西ドイツを作ったのもアメリカです。  

つまり、

今の世界の対立構図を作ったのは「アメリカ自身」なのです。

そしてそのアメリカが自分の都合が悪くなると相手国に因縁をつけるのです。

トランプ関税がその例の一つです。

勿論、こうしたことはロシア(ソ連)という存在があったからですが。

 

1950年代の朝鮮半島情勢に於いて、極端に共産主義を忌み嫌っていたアメリカ政府金日成の行動を予測していなかったのでしょうか?
それともアメリカ政府はマッカーサーにも秘密にしていたのでしょうか

 

朝鮮戦争当時アメリカは日本に軍備させないことで大きな失態をしました。
そのことで公にはマッカーサーは非難されてはいませんが表向きには核兵器を朝鮮や中国やソ連に対して使用すると言ったことがきっかけでトルーマンはマッカーサーを解任しました。

 

日本には原爆を投下し朝鮮では使用さえさせなかったトルーマンは「悪魔です。
つまり、原爆の実態を思い知ったトルーマンの思慮の掛けた振る舞いだったのです。
その後、米軍が朝鮮半島の中央部のソウルを攻撃し戦況を盛り返し北緯38度線を軍事境界とすることで「停戦状態」となり今に続いています。

 

その後、ベトナム戦争が継続中の1972年沖縄の日本復帰に調印を押しました。
このような状況下にあって、当時政治的に言われたことは「アメリカの核の傘」の下で日本が戦争をせずに平和を維持するというものでした。


これは茶番です。
なぜなら、アメリカの核の傘というなら、なぜ、北朝鮮に原爆を投下しなかったのか
アメリカは原爆を使用するつもりがないにも関わらず核の傘」という言葉を用いて日本の安全を守ってやっていると言って恩着せがましいことを要求していたのです。

 

昭和26年に独立した時米軍を日本からすべて撤退させるべきだったのです。
吉田茂秘密裏に日米安全保障条約を締結した時から日本の防衛のすべてが狂ったのです。
当時のアメリカの戦略上吉田の取った行動は止むを得なかったと思いますが、
岸信介の時状況が異なります
日本は主権を回復していたからです。
この点岸信介の罪
国家反逆罪に相当します。
その弟の佐藤栄作沖縄に核を持ち込ませないということをひたすら隠し
国民を沖縄県民を騙したのです。
岸信介の孫の安倍晋三間違った国家像により日本と政治を酷いものにし、ついには、政治とは無関係のことで殺害されました。

現実的には、旧統一教会と岸、安倍親子三代に渉る関係を考えれば政治とは無関係とは言えませんが。
運命とは皮肉なものです。

罰は三代目に及んだのです。

  

いずれトランプも今していることのツケを払うことになるでしょう。
しかし、トランプは高齢ですからそうなる前に死んでしまうかも知れません

 

話を日米安保に戻しますと、日本はなぜ米軍に多額の予算(思いやり予算などと滑稽なことを言っていますが)を提供してまで米軍基地を維持しようとするのでしょうか
 

そもそもに於いてアメリカ政府と米軍の失態が北朝鮮の脅威をもたらしたのです。
そのツケをなぜ日本が払う必要があるのでしょうか

 

戦後80年です。
もうすぐ1世紀にもなります。
こうした状態は異常です。
なぜ日本はこうした状態から脱却しないのでしょうか
一つには国民の意識の問題です。
国民は日本は日本が守るという意識が殆ど欠落しているのです。
いわばアメリカの庇護の下で戦後の経済発展があり、それを負い目に思っているのかも知れません
日本は負い目に感じる必要は全くありません
そのように画策したのはアメリカ政府だからです。
日本は堂々と
アメリカにノーを突き付けるべきなのです。
国防という観点から日本の政府や政治家「恐れをなして」何も出来ないでいるのは「全くの無能」です。
日本人としてプライドがあるなら工業製品などだけではなく政治においてもプライドを持つべきです。
国民がそういう意識を持ちそれに政治家も呼応日米安保廃止と憲法改正に持って行くべきです。

  

こうした点で「感情的」だったのが石原慎太郎でした。

もっと賢く振る舞うべきだったのです。

  

このように言うと戦争反対論者たちは「憤る」ことでしょう。
しかし、言わせてもらえば
反戦論者たちの振る舞いが太平洋戦争で亡くなった軍人と民間人併せておよそ310万人の犠牲を無駄にしているのです。
彼らの犠牲を無駄にしないためには、

日本は政治的にも軍事的にも完全にアメリカと手を切りプライドを持って独立することなのです。
そうしないと犠牲となった人々の思いは「むなしい」ものとなります。

  

今の若い人戦争(戦い方、悲惨さも含めて)も戦後の貧しさ苦労も全く知りません
目先の出来事でアメリカの主張(目眩まし)に遭っている実態を全く理解出来ないのです。

こうした日本の愚かさが現実の社会を作っていることが随所に現れています。
あなたはこうしたことを、一連のことを理解出来ますか?

今のトランプのやり方を見てどう思いますか
政治とは「狐(きつね)と狸(たぬき)の化(ば)かし合(あ)い」と良く言われる通りです。
余りにも嘘と秘密が多すぎます
秘密にしなければ政治を行うことが出来ないのでしょうか
私ならすべてをオープンにした政治をすることが出来ます
国民を騙して、あるいは、国民に内緒にして
政治家は何をしたいのでしょうか。
国民のためではなく政治家の独善的で誤った国家像の実現のためなのでしょうか。

こうした「
嘘の政治」に国民は長い間搾取されて来たのです。
いい加減国民は目を覚ますべきです。
このまま無知を通す国は政治家のために滅びることになりますよ。

そもそもに於いて、なぜこのようなことが起きるのでしょうか
それは、人間は「
人を騙す」からです。
それが利己的であれ誰かを守るためであれ国のためであれ、そのために人は「必死」になるのです。
人間とはそういう生き物なのです。

すべての人が裏表のない正直者であったとしても社会も政治も良くなるとは限りません
むしろ、そのために人々は争い、ケンカが絶えないことになるでしょう。

正直者ではなく、すべての人が「
義を行う者」とならなければならないのです。
そうすれば世の中から犯罪も争いも無くなります

争いが亡くなれば日米安保条約のような「人間の力に頼る必要もなくなる」のです。

知恵を求める人のためのブログです。

日本では、警察は事件にならないと動けないと繰り返し言います。
ということは
警察は犯罪抑止にはならないと公言しているようなものです。
勿論何処の国でも犯罪者を取り締まる点においては同じですがその行使の仕方は国によって異なります。
ある国では犯罪の疑いがあるというだけで事情聴取をし、特定の期間拘留します。
その間に証拠があれば家宅捜査も当然行います。

近年、男女のもつれからストーカーなどの付きまといによる痛ましい事件が多発しています。
現状、女性の男性との付き合い方に問題があり、男性も強い思い込みがあることに問題があります。
事件の大半
男性が起こしています
 

女性はいわゆる気分屋だったり自分勝手だと男性の恨みを買うことは多いものです。

すべてではありませんが、痛ましい事件が多いのはそういう女性が多いと推測されます。
なぜ、女性はもっと分別働かせないのでしょうか

勿論、頭では警戒していると思いますが、女性は自分の思惑に対して、余りにも無防備で男性に近づいていると言わざるを得ません。

この点、イスラム教では女性の振る舞いに対する規則は厳しいものがあります。
 

女性に被害が多いのは、利己的で思わせぶりが多いか、嫌われたり恨みを買いたくないためはっきりと言わないためである場合が多いと思われます。

あるいは、「もしかすると」という「淡い期待を抱いてのことかも知れません。
 

この原因その時代に置ける「社会の風潮」女性の「人との接し方に関する思い込みや思違いや独善的な態度」などがあるためです

女性にまつわる犯罪の原因が女性にあると書きましたが、事件の殆どは「女性の態度」が根本原因であることを否定出来る人がいるでしょうか

 

勿論、こうした考えに「反論、反発」する人もいると思います。

そのような人はここに書いてあることを「無視」して下さい。

言うまでもなく女性も自由に生きる権利があります。

しかしその自由が自らを危険に晒していることを忘れないでください


日本でも外国と基本的には同じですが、日本の警察は犯罪に関する情報収集が少な過ぎますし、警察は今公安がしている[隠れた]捜査活動、秘密捜査が出来ない仕組み(法)になっています

(参考:映画などではヤクザなどから情報を収集している場面が出て来ますが、それはヤクザの抗争を

 警戒してのことが殆どだと言えます。

 現実に警察は映画と同じことをしているかも知れません。

 しかし、社会の犯罪はヤクザだけが起こす訳ではなく普通の人が起こすことが多いものです。

 詐欺、ストーカー、フィッシング、強姦、暴力、強盗、万引き、家族間や友人などの殺人、放火、

 煽り運転、逆走、高齢者による事故、自転車のながら運転、言いがかりや因縁こうした事件は普通

 の人が毎日起こしているのです。

 これらを未然に防止するため警察は日夜パトロールをし注意や警告をして歩く必要があるのです。

 事件が起きてからでは遅いのです。)

これを公安に許されていることを
警察にも拡大すれば問題が多く発生しますが、可能な限りの犯罪情報を得て犯罪を未然防止することで「国民の生命財産を守るという使命」をある程度果たすことが出来ると考えています。
これには
法改正が必要ですが、おそらく閣議決定(政令の指定)でも可能です。
 

しかし、全てにおいて犯罪を未然に防止するということは現実には不可能です。
人は思っても実行するわけではないし、人の振る舞いや行動をすべて予測出来る訳ではないからです。
映画の「マイノリティーレポート」のように犯罪を予知し予防するというようなことは、明らかに行き過ぎであり市民にとっては犯罪より「恐怖」を抱くものとなってしまいます。


イスラエルの律法でも動機に関しては注意と警告のみですが結果に関しては明確です。
心と腎を調べられる、あるいは、これらについて知っている神ですら
結果でしかその人を裁かないのです。
ただし、明らかな結果以外は
証人を必要とする点では現代と同じです。

  

現代において[完全]に犯罪を未然に防止するということは不可能です。
が、
AIによる監視カメラ映像分析「怪しい人を察知」し尾行し未然に防ぐとかは可能で、既にある国では行っています。
市民を監視しているのです。
ロシアや中国はネット上の検閲もしています。

アメリカは1950年代から通信の傍受から初めてネット上の監視を世界中で行っています
(参考:スノーデンがCIAのしたことを暴露した事件は良く知っていると思います。
 今もって、スノーデンはロシアに匿われているようです。
 ウィキリークスによる暴露事件ではジュリアン・アサンジは逃亡しましたが捕まってしまいました。)  

 

*************

参考: 

古代イスラエルでは、イスラエル人と他の国の人々とは区別していました。
同胞であるイスラエル人には許されないこと外国人にはしても良い場合があるのです。

例えば、利息を取ることや嘘をつくことなどです。

  

ものみの塔はこれを拡大解釈をして、信者同士では許されないことも[世の人々]に対しては罪に問わない悪行もあるのです。
更には、信仰に入る以前の罪は「全く問いません
以前の生き方を「悔い改めた」で済ませているのです。
つまり、知らなかったことは「大抵のことは許される」と考えているのです。
こうした考えは「
世の中の考えと同じです。
裁判でもこの点が争点となる場合もあります

それはいわゆる量刑に影響するからです。

 

************* 

AIによる監視と取り締まりなどを現代の日本でもやって良いと思います。
同胞に対しては嘘も不親切も許してはなりません外国人に対しては嘘をついても良いとすることで
日本の安全を守るためです。

閉鎖的で利己的ですが、現代では国の安全を守るためには「止むを得ない」のです。
一部の日本人はそれでも嘘を付いたらダメですと言うかも知れません。

しかし、日本以外の外国、特に、アメリカでは当然のごとく行われているのです。

トランプはことさらに「安全保障」という言葉を用いアメリカのあらゆる面での安全を強調していますがそのために外国に対して厳しい態度をとることは上記のことと同じことです。

この点トランプを擁護するわけではありません

トランプのやることは行き過ぎでありすべての外国を敵視しているからです。

聖書を学びキリスト教の信者になる「公」では人種で人を差別しないように教えますが、現実は違います
アメリカの警察官黒人を殺すことを平気で行っています(した)。
白人の黒人に対するアパルトヘイト南アフリカ以上のものがあります。
現在もです。

 

そもそもアメリカは○○系アメリカ人というように移民で成り立っている国です。
純粋のアメリカ人というのは存在しないのです。
地理的にはアメリカインデアンが生粋のアメリカ人ですが、
国という面では移民の内アメリカで生まれ育った白人がアメリカ人なのです。
人口としては、おそらく、ヨーロッパ系の白人より他の地域の人々の方が多いと思います。
イギリスもイングランド、ウェールズ、スコットランド、ノーザンアイルランド系白人は少なくなっています
オーストラリア人イギリス系白人と見れば多少は増えますが。

犯罪の根人種差別が絡んでいることは多いのです。

一般的に、日本人黒人や韓国人や中国人が「嫌い」なもの偏見を抱いている人も少なくありません。
 

しかし、犯罪取り締まる一方で、
懸念した通り警察官による犯罪も多発しています。
それは、事件現場で警官がお金など財産を「掠め取る(盗む)」ことです。
つまり、警官以外誰も入れない「密室」で「金品を盗む」ことです。

警官が信用できないと以前のブログでも書きましたし、私自身拾ったお金を警官に搾取された経験があるからです。
日本人も警官を信用してはならないのです。
警察も捜査の仕方を改める必要があるのです。

そうしないとこのような事件が多発します。
既に、
過去には数えきれない程の「現場での盗み」が起きているのです。

身寄りのない人の死亡など事件性が殆どないような現場ではこうしたことをしている警官は少なくないと見ています。

日本の警察の在り方そのものが間違っているのです。
ですから、事件でもない限り警察官を無視すべきです。

交通事故捜査、犯罪捜査など捜査活動は世界一だと言われていますが現実は「」です。

それは「取り締まり」の検挙率のことだけを言っているのです。

日本でも外国でも「冤罪」はすくなくないものです。

日本でも無罪の人が死刑になった例もあります。

 

同じ捜査でも外国の方が日本より人権を守っています

日本の警察は犯罪者や疑いのある人に対して人権を無視することが殆どです。

ですから、日産の会長だったゴーンに逃亡されたのです。

レバノンでのうのうと暮らしているのです、正し、今は戦火にありますが。
もしかすると秘密裏にブラジルに帰っているかも知れません。 

  

捜査活動における警察官は信用できないのです。
事件であっても警察に協力する必要もないのです。
犯罪取り締まりや捜査に支障を来すと思うかもしれませんが
警官が楽をして何をするかということです。
 

事件の捜査よりも真面目で有能な警察官を育成する方が優先です。
今の警察官大半の自衛官と同じレベルです。
法律にしたがって活動していながら
法律のことは殆ど知りませんし教育されていないのです。

一般的な常識や概念で行動しているのです。
 

加えて、組織人間は社会に疎いものです。

なぜなら、殆どが上司の指示や命令で活動しているからです。
ただ、してはならないことを「注意する位」が関の山なのです。

人を取り締まる警察官がこれで良いのでしょうか
良いはずがないではありませんか
国民はもっと怒るべきです。

ある意味、国民を守れない警官は「税金泥棒です。
黙っていては国も政府も警察も自衛隊も
良くはなりません

 

綱紀粛正とは、政治家や官僚や公務員に対する「注意、警告」です。
私が公務員だった時には頻繁に言われていました
今の警察では言わないのでしょうか
警察庁のトップや県警の本部長などは
訓示で繰り返し言っているはずです。
しかし、それを「真剣に聞いて実行している警官が殆どいない」ということなのです。 

 

皆さん、警察官は「要注意人物」です。

警戒をし「信頼」したり「頼ってはなりません」

自分の身は自分で守って下さい

それが「一番安全で、納得いく」のです。

身に危険が及ぶ時には、用心棒や探偵を雇うことも出来ます。 

あるいは「攻撃は最大の防御」とあるように、相手が判明している場合には「こちらから攻撃、反撃」をした方が良い場合もあるかも知れません

勿論、犯罪を犯す覚悟です。

いわば、正当防衛(命の危険)を「先制攻撃」(過剰防衛))で行うことです。

罪に問われても「軽く済みます」

犯罪被害者になって泣き寝入りするよりは余程良いと思います。

  

最近多発しているストーカーによる犯罪では「効果的」です。

自分の身は自分で守ることです。

 

あなたはどう思いますか?  

知恵を求める人のためのブログです。

私は日本人の男女観と欧米人の男女観は全く異なると思っています。
欧米の男女観はただ肉体や外見が異なるだけ人間としては「同じ、もしくは、対等」だと思っているように見えます。
勿論、男も女もそれぞれの肉体的な役割も理解していますが
余りそのことを意識していないように思えます。
日本でも今は昔の固定観念は薄れどちらも自由に振る舞っていますが男女観は昔のままです。
 

日本人男も女も互いを特別な存在として見ており、特に女は自分の領域もしくは聖域を持っておりそれを守ろうとしているように見えます。
そのため、女はその聖域力づくで犯されると「狂乱」したり「落ち込んだり」してしまうことが多いものです。
加えて、
嫌なことは嫌とはっきりと言って退けるということをしない傾向にあります。
これが
女としては最も悪いと思います。
例え、自分の立場や状況が悪くなっても
嫌なものは嫌とはっきりと言わなければならないのです。
はっきりとは言わずに、騒ぐ相手に迷惑が掛かると考えたりすること自体本末転倒なのです。
時代劇でもこうしたことが見られるように昔から日本人はこのようだったので女性の立場が向上しないのです。

昔からつい最近まで、いや、今でも女性はおしとやかに静かに黙って男の言う通りにしていればいいんだ」と考える年寄りは少なくないと思います。
むしろ、
はっきりと言う女性世間は変わっているとか品がないとかじゃじゃ馬とか言って、正しい振る舞いをした女性の方を非難して来ました
あるいは、言うに事欠いて
無礼だとか女の方から色目を使ったなどと言いだす始末です。
こうした考えをする
世間が狂っているのです。
 

なぜこうした西洋との違いや世間の考えが生じるのでしょうか。  

勿論西洋の男女観がすべて良いという訳ではありませんが、少なくとも日本よりは女性は人間として対等に見られていると思います。  

それは西洋には聖書思想が、日本では仏教思想がそのような固定観念を生み出して来たからです。
ですから、一概に世間が悪いとは言い切れない点があります

 

これを変えるには、時代を2000年遡り始めから正しい理念でやり直す必要がありますが、肝心の正しい理念は何か、また、それをどこから持ってくるのかということが出来ません
ですから、2000年前に戻ってやり直すにも不可能です。

 

したがって、これらを根底から変えるには新しい支配者による新しい教育と秩序と時間が必要となります。
これを実現させることが出来るのは
キリストによる千年統治だけです。
そのために神はまもなく今の世の中のすべて「破壊」ゼロからこれを行うことを示しています
ただし、この「破壊」を生き延びるには条件が必要です。
例えばプーチンやトランプのような人は生き残ることは出来ません

おそらく、政治関係者も生き残ることはないと思います。
殺人者や詐欺や泥棒も嘘を習わしにしている人飲んだくれ暴力的な人姦淫や淫行をしている人自分の親に敬意を持たない人利己的な人快楽を求めている人浮かれ騒ぎをする人気が短く怒り易い人不親切な人争いを好む人神社や寺など偶像礼拝をする人真理を実践していない信仰者なども生き残ることはありません

(参考:子が親に敬意を抱くと言ってもすべて親の言いなりになるということではありません

 道理と分別と洞察力を働かせ賢く接する必要があります。)
 

ですから、殆どの人は地球上からいなくなるのです。
地球は
残された人々に解放されるのです。
しかし、そこでは
常に義を、つまり正しいことを行わなければならないのです。
そうでない人は例え百歳でも命を絶たれると聖書には記されています。

 

一見すると非常に厳しい世の中に生まれ変わるのです。
しかし、
そこでは平和と安全がこれにより確保されるのです。
つまり、悪いこと(神のおきてに逆らうこと)をしなければ平和で安全な場所で自由に生きることが約束されているのです。
しかも、病気や死さえもなくなりとこしえに生きられる約束されているのです。

今は自由と民主主義を基調とした世の中になっていますが、法律があっても警察がいても平和で安全な場所とは程遠いところとなっているのは周知の事実です。

あなたは自由と民主主義は「正しい手段」だと思いますか

 

これは良くない例ですが、

20世紀と21世紀のいわゆる独裁政権を見て見ますと、国民の自由は制限されていても比較的安定していたことを理解していますか?

そして、その独裁者が民衆に引きずり降ろされた後の無秩序な状態、国民が自由を求めた結果争いと対立が生まれたことを。

もし、この独裁者が国民に寄り添った良い政治をしていれば国は平和で安定していたのです。

  

自由と民主主義では平和で安全な世の中にすることは不可能なのです。
つまり、今の世の中の常識
非現実的なことを常識としているのです。

あなたにはこうしたことが理解出来ますか。
もし出来なければあなたは非現実的な常識を正しいと
思い込んでいるのです。

こうした考えを変えることが生き残るための第一歩です。
 

知恵を求める人のためのブログです。

人は急がなければ時計を必要としないものです。


時計が無くても太陽の位置でおおよその時間が分かります。
季節も太陽や寒暖などで分かります。

動物は時計を持っていませんが普通に生きています。
春夏秋冬も分かっています。
それだけでなく出産の時期さえ分かっているのです。
昆虫も同じです。
細菌やウィルスなどは主に湿度と温度により活動するか休眠するかが決まります。

時間の基になる尺度人間が自然から学んだものです。

つまり、太陽と月の動きから時計という計測器を作ったのです。

時計がなかった時代は、日、月、年そして季節が時間的観念の中心でした。

やがて、二十四節季を作り一年を正確に24等分し地球の公転が15度置きに季節を考えるようになりました。

 

月の存在も同じです。

月の満ち欠けから太陰暦の1か月が決まります。

いわゆる新月から新月までです。

夜には、月を見て一年を十二等分した時(4年間でおよそ1か月分のずれが生じます)の一等分の間の時(ひと月の長さ)が分かります。

いわゆる旧暦の月の何日目かが分かるということです。

満月は丁度中日(なかび)ということになります。

  

更に、干支を作り十二年を循環の一尺度として考えるようになりました。

この干支方角一日の「時を示す表現」にも用いていることは良くい知られています。

子の刻の正刻が夜中の0時(23時ー1時)です。

いわゆる丑三つ時とは、丑の時の午前1時から3時を四等分(四刻)した時の第三刻目つまり、2時ー2時半の間の時のことを指します。

しかし、日本では季節に合わせて時刻の長さを変えていました。西洋時計が日本に普及するまでは一日の時間間隔が今のように等間隔ではありませんでした。

このように人間は自然を観測することで自ずと自然体で生きることが出来るのです。

今の時代を生きている人にとっては時計は無くてはならないアイテムです。

しかし、時間を全く気にしないで生きている人もいます


畑に行っていますが、日の出と日没が大まかに分かればそれで充分です。
季節も主に気温で十分です。

また、樹々、特に実のなる樹が季節を教えてくれます。

桜、梅、杏子、桃、ビワ、サクランボ、ミカン、リンゴ、ブドウ、ナシなどは季節感のある樹です。
  

時間を余り気にしないで気楽に生きています

日の出前に目が覚め夕方になると眠くなる生活です。

食べるものも野菜中心でその量も僅かで十分です。

テレビもニュース以外関心はありません。

楽しみは畑仕事と収穫です。

自然と共に気儘に生きています

あなたはどうですか?

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次世代の送電システムに対する提案です。

電波を利用しての送電はおそらくここ数年の間には実用化するでしょう。
更に、光を利用した送電も可能です。
簡単な例は、既存の電気で蛍光灯を点灯させその光を受けて太陽光発電をすれば、光が送電の役目をしたことになります
例えば、これを光ファイバーで行えば世界中どこにでも簡単に送電出来ます
ヒマラヤやマッターホルンの頂上でも、深い海底でも電気を送ることが出来るのです。
私は畑でセンサーライトを用いた獣対策をしていますが、設備費だけで電気代は0円です。
ただし、大容量とするためには可能な限り強い光源とすることと発電効率を更に良くする必要があります。
しかし、もしこれを家庭の電気に利用すれば光ファイバーがネットを結びつけるとともに電気の供給源となります
そうすれば、今より電気代を安く出来るのです。
例えば、
従来の発電その光ファイバーの光源を作るだけで済むからです。
これに電波を利用した送電を活用すれば更に効率が上がります
この研究は既存の技術だけで出来ますので若い人のベンチャー企業で可能です。
これを政府が主導で行えば日本の電力事情を改善出来るのです。
もはや、大量の石油を輸入しなくて済むのです。
日本海や太平洋などの日本近海に無限に存在するメタンガス(?)による発電を行えばもしかすると石油を輸入しなくて済むかも知れません
他に、地熱発電、風力発電、波動発電、水力発電など自然を活用した発電総合すれば電気の供給に関しては心配しなくて済むのです。
火力、原子力発電所は必要なくなるのです。
あなたはどう思いますか?

更には、車のバッテリーの代わりに光や電波を利用出来ます
個々の車に太陽光と合わせて電波で送電するには今のスマホの技術を活用し個々を識別すれば問題ありません
現実にスマホが一地域に大量にあっても全く混乱していません
これは車だけではなくバイクや自転車にも応用できます。
更には、野外でのキャンプでも活用できます

 

あなたはどう思いますか?

実用化をやってみませんか?

 

参考:中学の理科の実験でレモンに電極を付けるだけでランプを付けたりモーターを回すことをやった記憶があると思います。

実験で実際に自動車を動かした例もあります。

  

後は効率を上げる技術があれば様々な形と応用が可能となります。

あなたはどう思いますか?