知恵を求める人のためのブログです。
「わたしは道であり、真理であり、命です」
イエスがヨハネ14:6で言われたこの言葉は有名です。
このイエスの言葉には、いわゆる「不老不死」が含まれているのです。
この意味を少し考えてみましょう。
1 「わたしは道であり」について
ヨハネ10:9
9 わたしは戸口です。だれでもわたしを通って入る者は救われ,その人は出入りして,牧草地を見つけるのです。
ローマ5:2
2 この[キリスト]を通して,わたしたちは,自分たちがいま立っているこの過分のご親切に,信仰によって近づくことができました。それで,神の栄光の希望をよりどころとして,歓喜しようではありませんか。
3 それだけでなく,患難にあっても歓喜しましょう。患難が忍耐を生じさせることをわたしたちは知っているからです。
4 かわって,忍耐は是認を受けた状態を,是認を受けた状態は希望を[生じさせ],
5 その希望が失望に至ることはありません。神の愛が,わたしたちに与えられた聖霊を通して,わたしたちの心の中に注ぎ出されているからです。
エフェソス2:18
11 それゆえあなた方は,肉について言えば,自分たちが以前は諸国民の者であったことを覚えておきなさい。あなた方は,手で肉になされた「割礼」と呼ばれるものによって,「無割礼」と呼ばれていました―
12 そのころあなた方はキリストを持たず,イスラエルの国家から疎外され,約束にかかわる[数々の]契約に対してはよそ者であり,希望もなく,世にあって神を持たない者だったのです。
13 しかし,かつては遠く離れていたあなた方が,今やキリスト・イエスと結ばれ,キリストの血によって近い者となりました。
14 [キリスト]はわたしたちの平和であり,二者を一つにし,その間にあって隔てていた壁を取り壊した方なのです。
15 この方は自分の肉によって敵意を,すなわち[数々の]定めから成るおきての律法を廃棄されました。それは,二つの民をご自身との結びつきのもとに一人の新しい人に創造し,平和を作り出すためでした。
16 またそれは,両方の民を一つの体とし,苦しみの杭を通して神と十分に和解させるためでした。彼は自分自身によってその敵意を抹殺したからです。
17 そして彼は来て,遠く離れた者であったあなた方に平和の良いたよりを,また近い者たちにも平和を宣明したのです。
18 この方を通してわたしたち両方の民は,一つの霊のもとに父に近づくことができるからです。
ヘブライ10:20
19 それゆえ,兄弟たち,わたしたちは,イエスの血によって聖なる場所へ入る道を大胆に[進むことが]できるのですから
20 (それは,垂れ幕すなわち彼の肉体を経る新しい生きた道として,彼がわたしたちのために開かれたものなのです),
21 そして,わたしたちには,神の家の上に立つ偉大な祭司がいるのですから,
2 「(イエスは)真理であり」について
ヨハネ1:17
17 なぜなら,律法はモーセを通して与えられ,過分の親切と真理とはイエス・キリストを通して存するようになったからである。
ローマ15:8
8 わたしは言いますが,キリストはまさに,神の真実さのために,割礼を受けた者たちの奉仕者となり,こうして,[神]が彼らの父祖になさった約束の確かさを証拠だて,
9 諸国民がその憐れみのゆえに神の栄光をたたえるようにされたからです。
エフェソス4:21
21 本当にあなた方が,イエスのうちにある真理のとおりにその[ことば]を聞き,彼によって教えられたのであればです。
22 [その教えとは,]あなた方の以前の生き方にかない,またその欺きの欲望にしたがって腐敗してゆく古い人格を捨て去るべきこと,
23 そして,あなた方の思いを活動させる力において新たにされ,
24 神のご意志にそいつつ真の義と忠節のうちに創造された新しい人格を着けるべきことでした。
コロサイ2:17
13 さらに,あなた方は自分の罪過と肉に割礼のないこととによって死んでいましたが,[神]はそのあなた方を彼と共に生かしてくださいました。そのご親切によってわたしたちのすべての罪過を許し,
14 わたしたちを責める手書きの文書を塗り消してくださったのです。それは[数々の]定めから成り,わたしたちに敵対するものでした。そして[神]は,それを苦しみの杭にくぎづけにして取りのけてくださいました。
15 また,もろもろの政府と権威をあらわにし,それらを[苦しみの杭]による凱旋行列に引き立て,征服されたものとして公にさらしたのです。
16 ですからあなた方は,食べることや飲むことで,また祭りや新月の習わしや安息日に関して,だれからも裁かれるべきではありません。
17 それらの事は来たるべきものの影であって,その実体はキリストに属しているのです。
18 あなた方は,[見せかけの]謙遜やみ使いたち[をあがめる]崇拝の方式を喜びとし,ただ自分の見たものの「上に立ち」,もっともな理由もなくその肉の思いのままに思い上がる者に賞を奪い取られてはなりません。
19 そのような者は,頭にしっかり付いていないのです。つまり,それをもとにして体の各部すべてが,その関節とじん帯によって供給を受けまた調和よく組み合わされつつ,神が成長させてくださるままに成長してゆくその方にです。
20 世の基礎的な事柄に対してキリストと共に死んだのであれば,なぜあなた方は,世に生きているかのように,
21 「手にするな,味わうな,触れるな」といった定めになおも服するのですか。
22 これは,用いつくされてすべて滅びるはずのものに関することであり,人間の命令や教えにしたがうものです。
23 いかにもそうした事柄は,自ら課した崇拝の方式と[見せかけの]謙遜,すなわち体を厳しく扱うことにおいて,知恵の外見を有してはいますが,肉の満足と闘う点では何の価値もありません。
3 「(イエスは)命です」について
ヨハネ1:4
3彼によって存在するようになったもの
4 は命であり,命は人の光であった。
ヨハネ6:63
62 それでは,人の子が自分の元いた所に上って行くのを見たとすれば,どうでしょうか。
63 命を与えるものは霊です。肉は少しも役に立ちません。わたしがあなた方に話したことばは霊であり,命です。
64 しかし,あなた方の中には信じない者たちがいます」。イエスは初めから,だれが信じない者たちか,まただれがご自分を裏切る者かを知っておられたのである。
65 それでさらにこう言われた。「このゆえにわたしは,父にそれを許していただいたのでない限り,だれもわたしのもとに来ることはできない,とあなた方に言ったのです」。
ヨハネ17:3
2 それは,あなたがすべての肉なるものに対する権威を[子]に与え,そのお与えになった者すべてについて,[子]がそれらの者に永遠の命を与えるようにされたことに応じてです。
3 彼らが,唯一まことの神であるあなたと,あなたがお遣わしになったイエス・キリストについての知識を取り入れること,これが永遠の命を意味しています。
ローマ6:23
23 罪の報いは死ですが,神の賜物は,わたしたちの主キリスト・イエスによる永遠の命だからです。
啓示2:10
9 『わたしはあなたの患難と貧しさを知っている―しかしあなたは富んでいるのである―また,自分はユダヤ人であると言いながら,[実は]そうではなく,むしろサタンの会堂[に属する]者たちによる冒とくを[知っている]。
10 あなたが受けようとしている苦しみを恐れてはならない。見よ,悪魔はあなた方のうちのある者たちを次々に獄に入れるであろう。それは,あなた方が十分に試されるため,また十日のあいだ患難に遭うためである。忠実であることを死に至るまでも示しなさい。そうすれば,命の冠をあなたに与えよう。
11 耳のある者は霊が諸会衆に述べることを聞きなさい: 征服する者は決して第二の死に損なわれることがない』。
上の聖句の説明でも分かる通り、
1 [永遠の]命はイエスに依存している
2 イエスの話したことはすべて真理である
3 道とは永遠の命に至る道=イエスの教えに従った生き方のこと
です。
大雑把に言えば、イエスの話したことはすべて正しく、イエスの教えに従う生き方をするなら「永遠の命」を得ることが出来るというものです。
不老不死は昔から人々が望んで来たことです。
それを手に入れるためにはすべての財産と引き換えにしても良いと考えた人もいます。
おそらく、今でもいると思います。
イエスはそれを[条件付きですが]得られると述べているのです。
これを可能にするのは、父である神に「すべての権威」を与えられているからであるのと、イエスの父なる神に対する絶対の信頼です。
イエスは神が自分の期待を決して裏切らないと「確信」しているのです。
さらに、イエスも神の期待に応えすべてを神のご意志通りに行います。
神による直接の働きは聖霊によるものでこれには不可能はありません。
しかし、
地を裁くことに関してはイエスの委ねられてます。
更に、
神が今の世を滅ぼし悪魔を底知れぬ深みに閉じ込めた後、イエスと神の王国に地(地球)の支配をさせることで、エデンでの悪魔の主張の誤りを、そして、神の正しさを「永久に証明」することになっています。
そして、それが終わると、神は新しい天と新しい地と新しい都市、平和の都市エルサレムを創造することになっています。
以前とは、つまり、アダムを創造した時に抱いていた地球の未来像とは異なる状態に作り上げるということです。
その、いわば究極の「エデンの園」については啓示21ー22章に記されています。
では、[誰しもが望む]不老不死つまり永遠の命を与えられるために何をすればいいのでしょうか?
例えば、自由や我儘が許されないとしても永遠の命を望みますか?
今の世でも、○○でないと死んだ方がましだなどと言う人がいます。
もしかすると、何かの制限や条件があれば不老不死を望まない人もいるかも知れません。
実際、イエスは自由や欲を求める人間に対しては「永遠の命」の約束をしてまいません。
今生きている人が出来ること。
1 神の目的に沿ったイエスの権威に従うこと
2 聖書からイエスの話したことを学び理解を深め信仰を持つこと
現実はこうです。
聖書の知識、イエスについての知識があるなしに関わらず、裁きは必ず実行されます。
無知の人は無知のまま、不義の人は不義のまま、頑なな人は頑ななまま、嘘をつく人、殺人をする人、淫行や姦淫を行う者、浮かれ騒ぎをする者、不実な者こうした人々も裁かれ滅びに至るのです。
結論から言えば、道、真理、命に関して「今生きている人のような自由はない」のです。
しかし、生きて活動する点において、おきてを守る以外の自由はあります。
その自由には無限の可能性があり、人は神とイエスからの恵みを受けすべてにおいて守られ平和で楽しく永遠に生きられるのです。
その時、生きている者には死も悲しみの涙も苦しみ(病気など)も争いもないと約束されています。
おそらく、天のみ使いたちには人間のような個人的な楽しみは「存在しません」。
初めから神に仕えるように創造されそれが生きるすべてだからです。
ある意味、み使いたちは自分の意思を持つ「完璧なロボット」のような存在なのです。
しかし、
神は人間だけに「(責任の伴う)自由」を与えたのです。
その中には個人的な楽しみも含まれています。
(参考:ノアの大洪水前、あるべき居所を捨てたみ使いたちはこの自由を求めて人間の姿をして(身
に付けて)地上に降りて来て人間の女を娶りました。
そして、彼らは今裁きのために獄に留め置かれています。
天のみ使いたちには「自由も楽しみ」もないのです。)
また、今の世が滅びる前の今、真の崇拝者のある者には「苦難や試練が臨む」ことも記されています。
しかし、すべての者にこれが臨む訳ではありません。
それはその人の態度や置かれた状況により試練が臨む場合があるかも知れないということです。
中には、永遠の命の代償が命である場合もあるのです。
それでも、信仰による殉教は無駄死ににはなりません。
神のよる復活があるからです。
イエスは十二人の弟子を宣教に遣わすとき次のように言われました。
5 イエスはこれら十二人を遣わして,この命令をお与えになった。「諸国民の道に行ってはならず,またサマリア人の都市に入ってはなりません。
6 そうではなく,いつもイスラエルの家の失われた羊のところに行きなさい。
7 行って,『天の王国は近づいた』と宣べ伝えなさい。
8 病気の人を治し,死んだ者をよみがえらせ,らい病人を清め,悪霊を追い出しなさい。あなた方はただで受けたのです,ただで与えなさい。
9 あなた方の腰帯の財布のために金や銀や銅を手に入れてはならず,
10 また,旅のための食物袋も,二枚の下着も,またサンダルや杖も[手に入れては]なりません。働き人は自分の食物を受けるに価するのです。
11 「どんな都市または村に入っても,そこにいるふさわしい人を捜し出し,去るまではそこにとどまりなさい。
12 その家の中に入るときには,家の者たちにあいさつをしなさい。
13 そして,その家がふさわしいなら,あなた方の願う平安をそこに臨ませなさい。しかし,もしふさわしくないなら,あなた方からの平安をあなた方のもとに帰らせなさい。
14 どこでも,人があなた方を迎え入れず,またあなた方の言葉を聴かない所では,その家またはその都市から出る際に,あなた方の足の塵を振り払いなさい。
15 あなた方に真実に言いますが,裁きの日には,その都市よりもソドムとゴモラの地のほうが耐えやすいでしょう。
16 「ご覧なさい,わたしはあなた方を,おおかみのただ中にいる羊のように遣わすのです。それゆえ,蛇のように用心深く,しかもはとのように純真なことを示しなさい。
17 人々に用心していなさい。人々はあなた方を地方法廷に引き渡し,また自分たちの会堂でむち打つからです。
18 いえ,あなた方はわたしのために総督や王たちの前に引き出されるでしょう。彼らと諸国民に対する証しのためです。
19 しかし,人々があなた方を引き渡すとき,どのように,または何を話そうかと思い煩ってはなりません。話すべきことはその時あなた方に与えられるからです。
20 話すのは単にあなた方ではなく,あなた方の父の霊が,あなた方によって話すのです。
21 さらに,兄弟が兄弟を,父が子供を死に渡し,また子供が親に逆らって立ち上がり,彼らを死に至らせるでしょう。
22 そしてあなた方は,わたしの名のゆえにすべての人の憎しみの的となるでしょう。しかし,終わりまで耐え忍んだ人が救われる者です。
23 人々がある都市であなた方を迫害するときには,別の[都市]に逃げなさい。あなた方に真実に言いますが,人の子が到来するまでにあなた方がイスラエルの諸都市を回り尽くすことは決してないからです。
24 「弟子は師より上でなく,奴隷も主より上ではありません。
25 弟子が自分の師のように,また奴隷が自分の主のようになれば,それで十分です。人々が家あるじをベエルゼブブと呼んだのであれば,ましてその家の者たちをそのように[呼ばないでしょうか]。
26 それゆえ,彼らを恐れてはなりません。覆われているもので,覆いを外されないものはなく,知られないで終わる秘密はないからです。
27 わたしが闇の中で告げることを,光の中で言いなさい。また,ささやかれて聞くことを,屋上から宣べ伝えなさい。
28 そして,体を殺しても魂を殺すことのできない者たちを恐れてはなりません。むしろ,魂も体も共にゲヘナで滅ぼすことのできる方を恐れなさい。
29 すずめ二羽はわずかな価の硬貨ひとつで売っているではありませんか。それでも,あなた方の父の[知ること]なくしては,その一羽も地面に落ちません。
30 ところが,あなた方の頭の毛までがすべて数えられているのです。
31 それゆえ,恐れることはありません。あなた方はたくさんのすずめより価値があるのです。
32 「それゆえ,人の前でわたしとの結びつきを告白する者はみな,わたしも天におられるわたしの父の前でその者との結びつきを告白します。
33 しかし,だれでも人の前でわたしのことを否認する者は,わたしも天におられるわたしの父の前でその者のことを否認します。
34 わたしが地上に平和を投ずるために来たと考えてはなりません。平和ではなく,剣を投ずるために来たのです。
35 わたしは分裂を生じさせるため,男をその父に,娘をその母に,若妻をそのしゅうとめに敵対[させるために]来たからです。
36 実際,人の敵は自分の家の者たちでしょう。
37 わたしに対するより父や母に対して愛情を抱く者はわたしにふさわしくありません。また,わたしに対するより息子や娘に対して愛情を抱く者はわたしにふさわしくありません。
38 そして,だれでも自分の苦しみの杭を受け入れてわたしのあとに従わない者は,わたしにふさわしくありません。
39 自分の魂を見いだす者はそれを失い,わたしのために自分の魂を失う者はそれを見いだすのです。
-マタイ10:5-39
(参考:イエスは宣教に遣わした弟子たちに何も持たずに行くように命令しています。
これは一つにはその宣教がいわばイエスの代理として遣わされたのでありイエスが全面的にその責任
を負うことを示しています。
もう一つにはユダヤ人地域という極限られた人々の下に遣わしたという点です。
律法下にあったユダヤ人は同胞をもてなすように、困っている隣人を助けるようにも命じられてい
たことです。
この2点のゆえに弟子たちに何も持たずに宣教に行くように、また、宣教で何かを得ることのない
ように命じたのです。
実際、師であるイエスはそのようにして宣教活動を行っていました。
そして、このイエスの命令に従うか否かでイエスに対する信仰も求められていたのです。
やみくもに手ぶらで、世界中に宣教に行けとは命じてはいないということです。
ものみの塔はこれを曲解して信者に話しているのです。
あなたもこのような意味での宣教をするようにと「ものみの塔の教え」を聞いたことがあると思い
ます。
実際、ものみの塔の言いなりになり、パートやアルバイトで生計を立て伝道に多くの時間を費やし「信仰における満足感」を追求した信者は少なくありません。
その人たちはいずれやって来る(来た)生活上の困窮をどのように考えているのでしょうか。
生活保護は「ものみの塔が忌避している世の支援」です。
これ以上の恥辱があるでしょうか?)
これは、最初に救われる者であるユダヤ人を救うための宣教に対するイエスの弟子たちの対する命令です。
すべての人の救いのための宣教はパウロの登場まで待たなければなりませんでした。
イエスはパウロにその使命を与えたからです。
それはAD36年のことであり、そのカギを開けたのは十二使徒の一人ペテロであり、イエスはその鍵をペテロに与えたのです。
イエスは復活した後昇天直前に「行ってすべての国の人々を弟子とし」と述べていますが、それには三つの鍵があったのです。
あなたはこのイエスの言葉を読んでどのように思いますか?