歳を重ねる毎に、自分が八百万の神様が祭られているこの日本という島国に生まれた奇跡に思いを馳せるようになっている。
長女が孫娘を授かったと知った時、気がつけばお百度参りをせっせとしていた自分。
誰かに教わった慣わしでもなく、気がつけば毎朝、神棚と仏壇へご挨拶をしている自分。
気がつけば、直感に入り混じる八百万の神の声を聞いている自分。
気がつけば、木剣を手にとり、日本人の精神性を問う自分。
…枚挙に遑がない自然発生に、日本人というルーツがその様に導いているのか?人間という生き物がその様なシステムを持っているのか?霧がかるお題に考えあぐねている。
建国記念日の今日、空を仰ぎながら歩き始めると、氏神さまのいる神社へ足が向いた。
参拝をして、今年初のおみくじを引いてみると"半吉"。
古典の崩し文字で書かれた神歌には、"人は、何事も満ち足りてることを喜ぶものだが.手放すことで執着がなくなるということを忘れないようにしましょう」と記されていた。
〜NAGOMERU より引用〜
的を射た言の葉に、ドキッとした。
執着がなくなった時、私の瞳はどんな世界を映し出し、この世の中がどんな景色に見えるのでありましょう。
なんだかとっても、執着への探求がしたくなっています。
2024.2.11