タイミングとは、ある物事をするのに最も適した時期、瞬間。〜国語辞典〜
この日のこの時は、正に全てのタイミングが合った。
寂しげな冬山が柔らかな真っ白い生クリームで飾られた夜、山荘で物書きに熱中になる。
気がつけば夜中の1時をとっくに回っており、静寂な空気が流れていた。
漆黒色の中に薄墨色で揺れているであろう木々に「おやすみ」を告げようと窓を開けたその時、自分の目を疑った。
これは夢を見ているのだろうか?
夢の中の1コマなのだろうか?
眩いプラチナのスペクトルを放つステージが目の前に現れた。
エルベルト・フンパーディングの『ヘンゼルとグレーテル』第二幕が始まっていて眠りの精が輝きを放つ粉を静かに舞い散らしているのだ。
対称に折られた木々は、その光を受けてカラフルに塗られた体ともう一つの鼠色の体を舞台に映し出し、風が吹く度に枝の動きで時の流れを表現していた。
夢か現か?
二足の足裏に身の重さを委ね、ぐぐぐっと頸椎と胸椎を伸展させながら、ステージを華やかに当てる光の主を辿る。
満月に膨らみかけている神々しいあなたが遥か彼方にいらしたのであった。
全てのタイミングが合った至極の芸術に出会ってしまったのだと知った。
私が名作曲家であったなら、どんな音でこれを表現できるのだろう?
私が文豪であったなら、どんな言の葉で綴るのであろう?
私が画家であったなら、どんな色彩と構図で描くのだろう?
私がバレーダンサーだったなら、どんな踊りを繰り広げるのだろう?
私が、彫刻家だったらどんな形にしているのだろう?
言葉に表せないものを何かに託したいと、欲する思いが込み上げてきた。
この奇跡のステージに出会えてから気づいたのです。
芸術の根源を私に告げに、全てのタイミングが訪れたのだと。
2021.1.30