忘れていた訳ではなく、単に取り上げるタイミングが無かっただけ・・・(汗)。
宮城で最も古い民放局と言えば、八木山にある・・・
1月から新しいロゴに変わっていた。前身のラジオ仙台を除けば、現社名になってからは3代目になるのかな?
(※画像は全て yahoo!画像より)
テレビはTBS系、ラジオはJRN・NRN系、様々なウワサは聞こえてくるが、大まかに固くて真面目なイメージがあるだけに、略称が全て小文字になったのは少しビックリしたね。(福岡のRKB→rkbの例があるけど)
コーポレートスローガンが・・・
はやく、ただしく、おもしろく。
何だか、清く、正しく、美しくをパクったように思えるが・・・(笑)。僕としては、一視聴者として放送局に期待しているそのものであり、シンプルなメッセージだなと・・・。まあ、おそく、あやしく、つまらなくでは絶対アウトじゃが(大笑)。
昔程じゃないんだろうが、テレビは自社制作番組が多く、ラジオはリスナーとのコミュニケーションを大事にした地域密着のワイド番組が編成の柱。イベントもTBC夏まつりを見ていると分かるが、やる気がある放送局だな~と言う印象。
で、昨年まで27年間使用されていた、実質平成時代のロゴはこちら。
街なかへ引っ越す事もなく、年季の入った社屋をず~っと使い続け、僕が某経済誌に居た時、取材等で行く事は無かったが、女性アナを取材しに行った同僚の話では・・・
凄~く暗くてボロかった。よくここでテレビとラジオをやっているなと・・・
デジタル化を機会に増築され、今年は50年以上経過した社屋を建て直した。5・6月には新しいスタジオが稼働するんでしょ?随分、八木山に拘っているのね。。。
初代(たぶん)は昭和から平成に掛けて、約30年程使用されていたらしい・・・。
やや斜めの文字が時代を感じるね(笑)。このロゴを作った人は故・亀倉雄策先生。TOKYO1964や僕の古巣、NTT、フジテレビ、ニッポン放送、IBC岩手放送や仙台放送等、多数のロゴを手掛けた日本グラフィックデザイナーのレジェンド。
この方は一度だけお話した事があり、職場が銀座8丁目にあるR社の本社3階だった時、2階には亀倉デザイン研究室と言うオフィスがあり、亀倉先生はR社の取締役だった。トイレが混むと2階に降りて用を足していたんだけど、その時にお会いした。
当時、僕は周囲から天真爛漫、自由奔放と言われていた22歳(それでも、壁に当たり苦しかった時代だった)。亀倉先生は既に80歳近くだったのかな?社員のクセに超有名人とは知らず、社内では珍しいおじいさんがいるんだな~位の認識だった。
お疲れ様で~す!!
誰にでもやる挨拶で、特に意識はしてなかった。それに対し、亀倉先生は・・・
お疲れ様。あなたは元気だね・・・
そういう返しだったと思ふ。結局、唯一の会話になったんだけど、もっと前に分かっていれば、カッコいいと絶賛していたTOKYO1964のポスターの話をお聞きしたかった・・・後悔先に立たず。。。
昨年、低視聴率で話題になったいだてんに亀倉先生が登場した。と言う事は、大河ドラマの登場人物で唯一話をした人になる訳か・・・。TBCの古いロゴを見ると思い出す。
テレビもそうだけど、僕はラジオ大好き人間。東日本大震災の時、停電でテレビが見られない中、ポータブルラジオから流れるTBCラジオは頼りだったねえ。停電や相次ぐ余震で、心細くて不安だったからなあ・・・今も感謝の気持ちは忘れていない。
これからも・・・
はやく、ただしく、おもしろく。
よろしく頼みます!!