日々のことども(人生の黄昏時に) 

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日暮里で、ドレスの生地を探して徘徊していると、やっぱり欲しくなる自分用の生地。

 

買うは良いけど、どんどん溜まってしまい、我が家の押し入れは「生地」で満杯!!  ( *´艸`)

 

その処分を始めているのだけれど、気に入って買ったものばかりなので、捨てがたい・・・。

 

これをどのように処分するか、頭が痛い問題だ。

 

 

 

ところで、この写真のベストと帽子の生地、素敵でしょ?

 

これは、カーテン専門店で買った「端切れ」で2~30年前に作ったもの。

 

こんな2m足らずの端切れでも、私に取ってはお宝もの!

 

今でも押し入れに取ってあると思う。

 

「生地大好き人間」にとっては、「お気に入りの生地」は、どんなブランド物のバッグやスカーフにも増して大事なもの。

 

困った事に、もう自分で縫える範疇の一千倍位の生地が押し入れに唸っている・・・。

 

その内に、このサイトで「生地を差し上げる」企画でもしようかしら・・・。

 

 

 

とはいえ、上記のような、「普通じゃない」用途が目的で買ったものも含まれているのが私流。笑

 

生地大好き!!

 

だけど、膨大なストックを目の前にして呆然と立ちすくむ私。  ( ゚Д゚)

 

 

 

 

 

MEMEドレス

 

 

 

 

刺繍! 刺繍! 刺繍!

 

毎日アップリケと刺繍とビーズ付けにのめり込んだものだった。

 

すきこそものの・・・。 ('ω')ノ

 

 

ヴァイオリンでお召し下さいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サッカーを見ながら・・・。

 

横目でテレビ・・・だから、本当に、シャ!シャ!  っと!

 

勝ちましたね!  (^O^)/  やっほ!

 

 

 

此処しばらく心配した家人の体調も復活した感じで、

 

やっと絵(?)を描く気分に。

 

 

 

 

MEMEのドレス

 

 

 

 

 

デザインの打ち合わせ  ↓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このところの懸案事項の一つがやっと終わり、

 

家人がいつものソファーで座っていることが、

 

こんなに嬉しいことだとは!

 

この年齢になると、何が起こるか予想もつかないということを

 

しっかりと学んだこの半月余。

 

健康でいてくれるのが当たり前だと思っていた驕りを

 

大いに反省したことだった。

 

当たり前だと思っていた日常の幸せな時間が、

 

如何に貴重な瞬間だったことか・・・。

 

平常に戻った彼の笑顔が嬉しくも有り難い。

 

 

 

 

MEMEドレス

 

 

 

 

 

此処しばらく、いろいろ心配事が重なって、絵を描く気分になれなかったのですが、

 

やっと少し気持ちが落ち着いてきて、本当に久しぶりに「少女」を描いてみたくなった。

 

今日は、「5Bの普通の鉛筆」と、「手のひらサイズの普通のスケッチブック」でのいたずら描きだったけれど、気が向いたら、後日、PCのPainterで色を付けてみようかな?

 

普通紙なので、パステルはつるつるして摺りこめないし、水彩は水を含むとべこべこに歪んでしまうので、これはやっぱり「Painter」でないと彩色出来ない。

 

色付けは楽しみに残して置きましょう。

 

 

 

 

 

MEMEドレス

 

 

白黒写真ですが、

 

美恵さんの、初めての「リサイタル」でお作りしたドレス。

 

「上野文化会館」。

 

パニエを履くとスカート丈が大幅に変わるので、

 

心配でドキドキしていたのを思い出す。

 

芸大卒業の直ぐ後だったと記憶している。

 

 

 

友人である彼女のお母さまからのお申し出で、

 

初めて「舞台衣装」をお作りするようになったのが切っ掛けの私の人生。

 

この後、世界音楽三大コンクールの一つ、

 

フランスで4年に一回行われる

 

「ロンティボー」

 

で見事グランプリを手にした彼女。

 

その頃から、ず~~~っとドレスに関わらせて頂いた私「MEME」。

 

いま、ロンティボーコンクールの選者に席を置いたり、

 

ご自分の切磋琢磨したコンサートや、

 

日本の後輩の育成に力を貸して尽力していらっしゃるご様子を拝見するにつけ、

 

感無量になる。

 

先日、アルバムの整理をしていたら、彼女の数えられない程のドレス画像が

 

一杯見つかったので、

 

徐々にご披露してみようかな・・・と思っている。

 

  

そもそも、「はてなブログ」に「ドレスの小路」を立ち上げた切っ掛けは、彼女のお母さまのご助言もあっての事だった。

有難いことと感謝している。

 

 

そのお美しい舞台のお姿は、私の大事な大事な「宝物」。

 

「自己流」で楽しんでいた「洋裁」が、

 

いきなり「世界の・・・」舞台に飛び出し、

 

その他の後輩たちもの飛躍のお手伝いをさせていただくことになるなんて、

 

その頃は思いもしなかった・・・。

 

 

 

そんな原点の

 

上野文化会館の「白黒画像」で残るリサイタルドレス。

 

 

 

私の人生を変えた一枚の「画像」。

 

 

 

 

 

 

 

 

お嫁さんとの、ちょっとしたLINEのお話から、あの頃の「おさなごシリーズ」として描いていたパステル画を思い出した。

 

探し出した数枚をUPしてみましょう。

 

今から二十数年前・・・、の孫ナンバー3の天使ちゃんシリーズ。

 

 

 

ママと摘んだシロツメクサのおかんむり。

 

(展覧会のパンフに使った絵) パステル

 

 

 

 

「白いお帽子」

 

我が家の玄関に飾ってある絵。  パステル

 

 

 

 

我孫子の個展のパンフに使った絵。

 

「そろそろ おねむね・・・」  パステル

 

 

 

 

赤いお帽子。  パステル

 

 

 

 

 

ママのおばあちゃまが縫ってくれたはじめての浴衣。

 

この絵を「カナダの某美術館」の館主が見て、飾りたい・・・とのご要望があり、

 

びっくりして、もう一度描き直してカナダに送ったのであった。

 

その後、展示期間を過ぎて、贈呈したもの。

 

 

 

 

 

どうせなら、こんな七五三の正装だったら「どうぞ!どうぞ!」という気持ちになったかも。

( *´艸`)

 

 

 

 

これは、私が手術で入院した折、部屋が無くて、6人部屋の真ん中の、カーテンに囲まれた薄暗いベッドの上で、薄明りの中で描いた「孫ナンバー4」の坊や。

 

その子ももう、立派な成人!!!

 

 

 

感謝! 感謝!

 

 

 

 

 

 

MEMEのドレス

 

 

 

 

オペラ「椿姫」の舞台ドレス。

 

 

 

 

 

 

 

輝くような黄色のドレス。

 

 

打ち合わせ図

 

デザインは、彼女のイメージで作り上げました。

 

 

 

 

実際にお召しになったら、どんな舞台になるかしら・・・と

 

少々不安でしたが、何と!

 

下のような素敵な素敵な舞台姿のお写真が送られてきて、

 

ほっとするやら、うれしいやら、さすが! 松岡万希さん!と

 

感動したものでした。

 

 

 

(色の調整が上手く行かずに、すみません。 上の写真の通りの黄金色です)

 

(ソプラノ)

 

 

 

 

下のグリーンドレスは、一番気に入りの舞台ドレス。

 

クリックしてご覧ください。  ↓

 

 

彼女が描いたドレスイメージスケッチ

 

 

出来上がりをお気に召して下さいました!

 

 

 

 

 

 

 

清純さを表現しました。

 

 

 

 

 

 

ブルーの生地に、手刺しで薔薇の花をビーズで挿してみました。

 

ヴァイオリン

 

 

 

 

 

ピアノ

 

 

 

 

山繭のしっかりした着物地でお呼ばれドレスを。

 

デザイン相談図

 

 

 

 

 

ご結婚式にゲスト出席の方のドレス

 

 

 

 

 

某音大教授の方のリサイタルで  ピアノ

 

 

 

 

 

 

子供さんの発表会 ピアノ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

医学部卒業式に列席時に。

 

 

お式後の行事に、黒ベルベットのボレロを

 

 

・・・と、今日はブルー系の一部をご披露。

 

 

 

 

 
 
 
 
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松岡万希さまの舞台姿

 

↑ そのyoutube  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

MEMEドレス

 

 

 

ピアノでお召しくださいました。

 

このお方の素晴らしい履歴もいつかご披露したいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

           母「けい」の筆跡

 

 

 

      

 

 

喧噪の街から海までを仕切るように立ち並ぶ雑木林。

 

この雑木林のトンネルを超えると、突然に視界が広がり、一面が広い砂浜だった。

 

あちち!!と肩を上げ、爪先立ちながら海辺へと走ったあの頃。

 

 

しかし今は、砂浜の侵食でいきなりテトラポットが立ち並ぶ味気ない風景に激変してしまったようだ。

 

 

 

この、落ち葉の湿った匂いとふくふくとした足裏の感触は、脳裏に残るだけとなってしまった。

 

そんな思い出が蘇る母の絵、 「雑木林」。

 

 

 

 

 

実は、私が生まれ育ち、嫁ぐまで住まった家は新潟駅から4分程にある家で、

 

海まではちょっと離れた場所だった。  (バスで40分?)

 

 

 

私が東京に嫁いだ2年後に起こった「新潟地震」(1964年)がきっかけで、わが家が建っている

駅近辺が地震に弱い地盤だったことを知り、被害は免れたけれども、より地震に強いと評判の海に近い地に家を建て直したのでした。

 

 

その、海辺に近い新居近辺が、後に、母「けい」の絵心を刺激する格好の散歩道になったのでした。

 

そんな散歩道で見つけた「松の木」の有様を絵に仕立ててくれたのかと思います。

 

我が家のリビングに飾ってあるこの「新潟浜の松」の絵を見る度に

 

心が温かくなる私。

 

これは、母が、70歳にして伴侶である私の父を亡くしてから始めた「油絵」の一枚。

 

届いた「その絵の裏」に忍ばせてあった「母の歌」。

 

 

 

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風雪に 傾きし松の林にも

 

   五月の風の 香わしき哉

 

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私、泣きました・・・。

 

 

 

 

「日本海から吹き荒れる風雪に耐えて

 

真っすぐには成長できなかった松の林にも、

 

ふと気付けば 5月の風が吹き初め、

 

かぐわしくも美しい季節が到来しているのよ・・・。

 

あなたの好きな「チューリップ」も描き加えておきましたよ。

 

遠くに見える日本海の輝く青さも。

 

それが新潟の「五月」!!・・・と。

 

 

 

 

この絵は、初めて遠くに嫁がせた私を思って描いてくれたとか・・・。

 

新潟から、遠く東京に嫁いだ私に「新潟を届けよう」と描いた一枚の絵!

 

 

この、添えられた母の歌の筆跡と共に、私には大事な大事な宝物。

 

 

 

その母が「油絵」に没頭した70歳~90歳までの「彼女の遅すぎる青春」と、

 

その娘である私が「絵」を描き始めた60歳~88歳がリンクしているのが面白い。

 

 

 

 

医家の娘として生まれた母が二十歳前後の若さで結婚した夫に、思いも寄らない一大災難が降りかかったのは、私が3歳、お腹の中の妹が臨月を迎える・・・というある日の朝!

 

仕事で一週間の東京出張から帰った翌日早朝、父に突然訪れた右半身不随の脳梗塞!

 

それからの修羅場は、私は覚えていない。

 

ただ、ごく当たり前のように「右手・右足が不自由な父」の姿が私の中の父だった。

 

尺八を手に、ピアノ伴奏のお嬢さんと映っている若い時のハンサムな男性は

 

父だとは分かっていても、私には別人としか思えなかった。

 

3歳からの私は、父の左手一本で育てて貰ったことになる。

 

 

 

 

 

でも、それを父母は二人で乗り越え、子供7人を立派に(?)育ててくれたことを思うと

「神!」と思う。

 

 

どれほどの艱難辛苦に打ちのめされただろう我が家ではあったが、

 

戦前・戦後にもみくちゃにされながら生きたあの時代の巷の人々の生活に倣い、それ程の惨めさも意識しないで生きてこられたことは幸いだった。

 

右半身不随ながら、利き手の右を左に「矯正」して再出発した父の支度や身の回りのお世話で、毎日くるくる舞いの母を見て育った私たち兄弟姉妹は、多分、ひと様よりは芯がある人間に育ったのかな・・・?と思う。

 

 

私たち7人兄弟姉妹は、全員大きな病気もしないで「80歳~100歳」まで生きていた。

(上から二人は近年全うしたが)

 

江戸末期から続く「医家」の伝統も、私の兄を始め、甥、姪、姪の娘・・・と使命を継ぎ(勿論自分の意志)くじけずに脈々と繋がっているのも有り難い。

 

 

 

母の、そんな苦難の人生の最後の「華」だった「油絵に掛けた最晩年」が愛おしい。

 

 

 

描き終えたキャンバスが沢山溜まったので、「展覧会を!」と誘っても、

 

シャイな(私が似た)母は、最後まで拒否した・・・。

 

 

 

そんな母の亡き一年後、曲りなりにも私も「パステル画」の個展を開こうと、

 

思いついた題名が「母と娘の生きがい展」。

 

  

 

「我孫子」と「新潟市」で開催しました。 これは「我孫子」のパンフ↑

 

 

 

 

 

これが新潟で開いた「母けい 娘MEME」の個展会場。 ↑

 

中仕切りを立ててもらって、右が母「けい」コーナー、左が私MEMEのパステル画のコーナー。

 

 

 

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この大きなお花のアレンジメントは、

 

かねてより、母「けい」の生き方を綴ったホームページ「けいの部屋」をご覧くださり

 

その生き方に心を寄せて下さっていた遠方にお住いの中山様から届いたものです。

 

常にお励ましのお言葉を送って下さり、それをプリントして母に送って喜んでもらっていました。

 

お一人住まいだった彼は、その後まもなく天寿を全うなさいましたが、

 

本当に有難く、今でも感謝の気持ちでいっぱいです。

 

彼の「けい」への御心が籠ったこの豪華なお花と一緒に撮った写真を

 

掲載しますね。

 

二十数年前の、「我孫子 けやきプラザ」での個展会場です。

 

 

5月もあと少し残すだけ・・・。

 

 

中山様のお花に埋まるおばさん・・・、今の私とは「別人28号」ですので無視してくださりませ。

 

 m(__)m

 

 

 

 

 

 

MEMEドレス

 

 

 

ソプラノ歌手さまがお召くださいました。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

「あじさいに寄せて」と銘打ってのリサイタル(ソプラ)にお作りしたドレス。

 

 

 

紫陽花色のシルク生地に、いろんな色に染めた花レースを載せてみました。

 

舞台姿と、美しいソプラノの調べを・・・。  ↓

 

 

クリック!!!   ↑

 

 

 

 

 

MEMEドレス