日本内蒙古経済文化交流協会 -11ページ目

日本内蒙古経済文化交流協会

日本内蒙古経済文化交流協会のブログとは、在日内蒙古人により発起し、日本の皆さんに内蒙古という地域の文化、民族風習を紹介する。在日内蒙古の人たちの活動、帰国後の活動を紹介したりするブログです。

先日、私の故郷に帰りました。今は、通遼と呼ばれているところです。通遼とは、以前晢里木盟と呼ばれていたが、最近、通遼に代わり、内モンゴル自治区の直轄市になりました。

私は、どこに行っても、その町の本屋に行く習慣があります。本屋からこの町の人々の考え、レベルなどが見えると思っているからです。皆さんは、どんな本を読み、何に興味があるかは、本屋からわかります。本屋は、町の鏡だと思ってもよろしいかと思います。

通遼の本屋は、三十年前では、割と大きかったのです。師範学校の時には、よく通っていました。今回は、だいぶ変わりまして、以前のような感じは、なくなりました。入り口も非常に小さく、一階には家電のようなお店となり、本屋は、二階からというようになりました。以前よりかなりスペースが小さくなっています。

本の内容は、それなりにいい感じでした。私は、ゆっくりと中を周り、各コーナーを見回っていました。特に地方の内容を書いている本は、あるか内容かも探していました。

そこで、このような本が発見しました。<四書手読>、中国清朝の画家で有名な鄭板橋という方の読書ノートのようなものです。

四書(ししょ)とは、儒教の経書のうち『大学』『中庸』『論語』『孟子』の4つの書物を総称したものです。中国では、昔学生なら必ず勉強するものです。

今では、四書を読む人は、かなり少なくなり、また、こんな立派な本は、ここで発見できるとは、思ってもいなかったのです。

 

その後、周りの友人、教え子に見せたら、数人がネット検索して注文したようです。いい本でした。

焼売は、日本でも非常に馴染みのあるグルメです。ただ、日本人のほとんどは、焼売の歴史を知らないで食べています。または、広東料理の点心として間違って理解している方々も多いと思います。
焼売は、元の時代に今の呼和浩特あたりは、発祥の地です。当初は、「稍麦」と言われていたようで、後に「稍売」というように変わり、今の焼売という名になったようです。焼売は、当初は、茶館(お茶を飲むところ、お茶を楽しむところ)で、始まったようです。お茶の茶菓子として売られていました。皮が非常に薄く、肉を包み、形は、柘榴状になっています。茶屋なので、ついでに売っていたため、「稍売」(ついでに売っているもの)という由来で得られた名前のようです。
 
一方別説では、呼和浩特に包子を売っている兄弟がいました。後に、お兄さんがお嫁さんをもらい、家庭ができたところで、お兄さんの嫁は、その商売を自分だけのものし、弟さんは、お店でのアルバイトになったのです。弟も将来お嫁をもらいたいので、包子を包む傍に皮を薄くし、口の空いている包子を横に一緒に蒸して売るように、形が違うので、口の開いているものは、弟さんの利益に、普通の包子は、お兄さん夫婦の収入になるとしたものです。包子を売っている傍に売っているのは、「稍売」だったそうです。
 
清朝になって、康熙帝は、ある日私服でお店に立ち寄り、食べた後は、「都一処」と書き、大絶賛したそうです。その後に、全国に広がり、日本の焼売は、広東省の料理人が日本に伝えたので、形も、味も広東風のものになってしまったのです。
 
今、非常に有名なのは、老綏元焼麦です。
呼和浩特の旧名は、綏遠、綏元と呼ばれた名に因んで作られた名前です。
 
 
今は、「老綏元焼麦」も中国各地に見当たります。たくさんの店舗があります。
 
アメリカの前大統領も焼売が大好きで、お持ち帰りぐらいの大好物のようです。
 
 
 
内モンゴルに来られたら、ぜひ一度立ち寄ってみてください。きっと声を大にして友人たちに伝えたいぐらいになります。
 
 
モンゴル文化の振興に努力している方がたくさんおります。ここでご紹介する先生は、バ・オルゴラ(巴·敖日格勒)先生です。
 
バ・オルゴラ先生は、内モンゴル自治区モンゴル文書法家協会主席、内モンゴルモンゴル文書画芸術専修学院院長、内モンゴル徳股楽民族工芸装飾工程有限公司董事長、内モンゴル自治区文化産業促進会副会長です。
 
バ・オルゴラ先生は、立派なモンゴル文字の書家だけではなく、非常に情熱的にモンゴル文化の伝承、広げることにお力を尽くしています。
 
内モンゴルモンゴル文書画芸術専修学院を立ち上げ、モンゴル文字の書道を伝授し、モンゴル文化を若者に伝えています。モンゴル文字の書道だけではなく、モンゴル文字の篆刻、モンゴル語の仏教経典の普及にも非常に大きなお力を入れております。
 
バ・オルゴラ先生が主編したモンゴル文字の篆刻用文字辞典
元の時代に非常に盛んに発展していた元印という篆刻の時代があります。漢字の篆書に混じってモンゴル文字を篆書風にアレンジしたものです。中には、モンゴル文字だけの印もたくさん発見されています。
 
 
さらにモンゴル文化を広く伝えるために、バ・オルゴラ先生は、内モンゴル徳股楽民族工芸装飾工程有限公司という会社を設立、モンゴル文化の工芸品などの文化保護と伝承のために、大きな貢献を果たしております。
 
2016年9月7日に、ウランバートル大学、内モンゴル自治区モンゴル文書法家協会、内モンゴルモンゴル文書画芸術専修学院が合同でモンゴル文字書道修士及び修士指導先生の募集を呼和浩特にて行いました。
会社の様子
授賞式
 
モンゴル国総理よりモンゴル文化勲章を授与する時
モンゴル国総統とモンゴル文字、モンゴル文化について交流
国際モンゴル文字書法連盟理事のメンバー