6時にアラームをかけたが10分ほど二度寝。
なにやら外から人の話し声が聞こえてきたので、何かと思って見ると海の方が赤く燃えている。
なるほど、ここは朝日の名所らしい。
橋杭岩と呼ばれる、いくつもの奇石の間から昇る太陽を人目見ようと、皆が集まっていたようだった。
日の出時刻は6:35、その時が近づくに連れて、水平線の向こうの雲がきらめいてくる。
その雲のために少し遅れての日の出。
カメラを構えていた人たちが一斉にシャッターを切る。
私も負けじとiPhoneのうるせーシャッター音をかき鳴らした。
一日の始まりを気持ちよくきったところで、本州最南端の潮岬へ。
10分ほどで到着。本来の予定なら昨日はすさみの道の駅で寝ようと思っていたので、こんなに早くは着いていなかった。
「〇〇最〇端」と称する岬のモニュメントはどれもデザイン性のあるものだったが、ここのモニュメントに限っては、まるで力士のような、吊橋のケーブルを固定するためのアンカーブロックのような、重厚なものだった。
そういえばこの潮岬がある和歌山県は、私が47都道府県のうち、最後に足を踏み入れた県であった。
今回の旅で鳥取、長崎、大分、高知と次々に未到達県を整復していったわけだが、この和歌山をもって、ついに全国制覇を成し遂げることができた。
潮岬を発ち、すぐそこの紀伊大島にある樫野埼灯台へ。
樫野崎灯台の海域はかつてトルコの艦船「エルトゥールル号」が沈没してしまった事件が起こったところであるが、
その際の島民の懸命な救助活動が日本とトルコの友好交流のきっかけになった。
そのため、灯台周辺にはトルコに関係する像や碑、お店などが立ち並んでいた。
また、おそらく早咲き種の桜がすでに鮮やかに咲いており、その蜜をすおうと、メジロが何羽も飛び交っていた。
たぶんメジロは初めて見た。
樫野埼灯台の時点ですでに8時半。
今日はこれから伊勢神宮をお参りしてから富山まで行かねばならない。
すこし先を急ぐことに。
国道42号と紀勢道を北東に進み、尾鷲のコスモ石油で給油などをしながら11時半には紀勢道の奥伊勢PAに到着した。
実はこの少し前、道の駅「熊野・花の窟」で仮眠を取ろうと思っていたが、うまく寝れず、かなりウトウトしながら運転をしていた。
ついに限界が来て、一時間半ほど寝てしまった。
13時前に目が覚め、頭はスッキリしたので伊勢神宮へ。
……と思ったが、今日は三連休の中日、当然観光地はどこも混んでいるわけで。
進む予定だった伊勢道の伊勢方面は渋滞が5kmとも6kmとも。
同じように三連休の中日に成田山でひどい目に遭ったばかりだったので、伊勢神宮は泣く泣く諦めた。
赤福はどうしても食べたかったので、鈴鹿PAで買うことに。
ついでに鈴鹿サーキットのグッズや伊勢うどんも買った。
東名阪を名古屋方面へ。
名二環から名神、東海北陸道へ。
北陸道に入り、呉羽PAで休憩。
ヒッチハイカーがいたものの、上越と書かれた紙を掲げていたので、乗せてあげられなかった。
魚津ICで下車。
ICそばの8番らーめんを食べ、閉店間際のユニクロで靴下とエアリズムの肌着を買い、コインランドリーで洗濯と乾燥を済ませた。
この旅でコインランドリーを使うのも今回で最後だろうか。
今日は魚津市内のビジネスホテル。
ホテル泊は快適。