(原文)
観自在菩薩(かんじざいぼさつ) 行深般若波羅蜜多時(ぎょうじんはんにゃはらみったじ)
照見五蘊皆空(しょうけんごうんかいくう) 度一切苦厄(どいっさいくやく)
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(意訳)
観音さま(観自在菩薩)が自ら彼岸へ渡るための深い智慧(無常・無我)を体得し、
苦の原因となる無明を見極め、五蘊(色・受・想・行・識)のすべてが空(くう)であると看破されました。
そして、いっさいの苦より解脱されました(度一切苦厄)。
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「度一切苦厄」とは、どういうことなのか。
すべての苦しみがなくなるとは、苦しみから解放されることをいうのだろうか。
五年前の夏、歩き遍路の通し打ちにでかけた。
その年の5月、母が長い闘病生活の末にこの世を去った。
二か月後の月命日、7月22日から歩きはじめた。
1200Km、本当にいろいろとあった。
※ 高知市内(撮影:2014年8月)
※ 四国霊場第33番札所 雪蹊寺(せっけいじ)(撮影:2014年8月)
※ 土佐市内(撮影:2014年8月)
※ 高知県道39号(土佐伊野線 塚地附近) 撮影:2014年8月
高知県道47号(横浪黒潮ライン) 撮影:2014年8月
※ 大雨のために道路が冠水
特に、室戸岬から松山市内を抜けるまで、強雨や豪雨、台風に何度も遭遇した。
一日中雨の中を歩くので足のマメがふやけて潰れ、
そこに雑菌が侵入して膿が出る。
夜中に激痛が走り、何度も目が覚めた。
迷いが生じ、心が折れそうにもなった。
身も心も疲れ果て、途中で止めようと何度も思った。
※ 結願寺 四国霊場88番札所 大窪寺(撮影:2014年8月)
“度一切苦厄(どいっさいくやく)”とは、
すべての苦厄(くるしみ)がまったくなくなること、そういう意味ではないように思う。
苦しみ、悲しみ、痛みは、やはり、苦しみであり、悲しみであり、痛みである。
しかし、それらに心をとらわれずに、ありのままに受けとめ、次に向かって前進していけば、
次の何か新しいものへとつながり、形が変化していく。
もしかしたら、ひょっとしたら、苦しみや悲しみは、新しい喜びや幸せにつながているのかもしれない。
あの時に、本当にあきらめずによかった。
もう二度と歩き遍路にでかけることはない、
そう思っていた自分が、今でもまた四国を訪れ、
お大師さまと、ともに歩いている。
同行二人、南無大師遍照金剛、度一切苦厄。
沙門光啓 合掌