新年のイベントが終焉を迎えた頃、朝靄漂う街中を歩きながら、ホテルに戻った。その後、数時間睡眠を取り、12時にホテルをチェックアウトする。
人生には出会いが有れば別れもある。今回も別れが訪れようとしていた。この杭州滞在も後数時間。そして、新たな出会いである上海に向けて移動を開始した。
雄大な「西湖」の雰囲気をギリギリまで感じていたく、歩きながら再び、杭州駅を目指す。途中、せっかく着たんだからと杭州のお土産を購入。
「せんす」「ひょうたん」「かさ」・・・いずれも西湖湖畔のお土産やさんにて30元で購入
日本にいたら、まず買わないものだけど、記念に。お店の店員も親切で、かなりディスカウントしてくれました。上海、北京、広州、香港と中国系の人達に触れ合ってきたけど、ここの杭州の人達はとても親切で一番中国人の中では親近感が涌く様な気がした。
お土産購入時も向こうから割引しますよと言ってきて、しっかり梱包もしてくれた。他の中国の地ではまず、高い値を提示され、そこから旅行者が“太貴了!”と交渉を始めていく。その交渉は案外面白いものではあるが、何回もやってくると疲れてくる。(笑)
「何処の地でも店員の言い値で買うと損をする。」こんな話も海外に初めて言った時にアメリカのバーで他の旅行者から聞いたものだった。
杭州到着時、駅から西湖湖畔まで歩いた同じ道を戻り、1時間後にようやく、杭州駅に到着。14:45発南京西快速「T730K」に乗り、上海に向かう予定だ。相変わらず、小雨模様にも関わらず、駅には人がごった返している。
電光掲示板ですでに「T730k」の乗客の為の待合室は開放されているとの事だったので、駅の中に入る事にした。駅の入り口の前にまずは、チケットを確認する駅員がいる。そこで切符を見せて、少し進むと手荷物検査の機械。そこでバックパックを通すと、係員に呼び止められた。何かがひっかかったらしい。
駅員が私に恐らく、このバックを開けろと中国語で話しかけているのであろう。が、上手く聞き取れなかったので、英語で「Open my bag?」と聞くと、あっち行け!!と手で追い払われた。やはり、この国の上から目線は健在だった。多分、日本人旅行者と分かったからだろう。別にこんなことで気にしてても時間の無駄なので、かまわず、先に進む。
噂には聞いていたが、駅の中に入るともう、ほとんど中国語の世界。頼りになる英語は少ししかない。そしてやはり、中国の鉄道の待合室は凄かった。体育館なみの待合室には人だらけ。大きな荷物を抱えベンチに座っている人、通路に寝ている人、何故か太極拳をしている人、待合室は禁煙なのに我が物顔でタバコを吸っていたり、カップラーメンを食べたり、出店で買ったお弁当を食べている人もいる。
中国に来てこの光景を見ると拒否反応がでる人もいる気がしてきた。でも、そんなことはお構いなしに私はあいているベンチを見つけると、そこに座り電車到着までの2時間弱を潰す事にした。
電光掲示板には「電車出発の10分前には検札は終わります」と中国語の表示が出ていたのに、検札が始まったのは出発の10分前。この人ごみが全員乗れるのか?と少々、不安になってきたが、そこは見事な中国のお家芸。ギリギリまで検札をしていたにも関わらず、電車は定刻通り出発したのであった。
アメリカで大陸横断鉄道に乗車した時は出発、到着ともまず、定時だった事は無かった。それが中国では出発・到着とも定刻通り。「世界七不思議」に加えてもいいんじゃないかなと思いながら、
電車は少しづつ速度を速め、年を越した杭州を後にした(続)
どんな都市にも人が集まる場所がある。先進国、発展途上国、貧しい国・・そこでは人々がたわいの無い会話をしたり、情報交換をしたりしている。
旅行者にとってもそれは例外ではない。クラブやクラシック・JAZZバーなどには国境を越えたいろんな人達が集まる。そこでは「この先の〇×ホテルはバックパッカ-には不親切だ」とか「△△ホテルは1泊20ドルだが、こっちのホテルは14ドルだ」とか、自分が行った国を競い合う様に話題に持ち出し、ココがよかった、ココは行かない方が良いと酒を片手に話をしている。
もちろん、1人でカウンターで飲む連中もいる。以前、上海の和平飯店の地下にあるJAZZバーで、体調が優れなかったワタシはめずらしく1人でカウンターで飲んでいたら、その時はなぜか、日本人女性に中国の方ですか?と声を掛けられた事もあった。
今回も、年越しを海外で過ごすのだからと12月31日の夜から杭州のクラブ&何系かはわからなかったが、BARに出かけた。
いずれも「西湖」の湖畔の小規模な繁華街にあった。BARに入るとこれはもう第6感が察知するのか、旅行者が集まるBARだった。ひとまず、JINを注文。カウンターで飲んでいた。お店の中央ではグランドピアノに中国人女性がピアノの演奏を始めていた。
すると、私を見つけて寄ってくるアメリカ人。
世界の常識になっているらしい事を以前聞いた事がある。
「こういう場では絶対に小心者の日本人は声を掛けてこない。」
なら、こっちから行って話かけるよ。って思う欧米人が多いらしい。この偏見が嫌で私は良く、声を掛ける。すると、驚く欧米人。このなんともいえないマが面白い。
がこの時は先手を取られた。
「まぁ、それもいいか」とアメリカ人と話を始める。こんな状況は何度となく繰り返してきた事だ。名前、国、いくつ、何をやっている?どの位旅をしている。こんな内容で話が進む。すると何処からとも無く、近くで飲んでいた旅行者が話しに加わり、人数が増えていく。
「何故お前は旅行をしている?」という会話になると、みんな真剣になる。
「世界中に友達を作りたいから」
「仕事で旅行をしている。」
「語学を学んでいる」
「休暇で前から行ってみたかったから」
中でも一番多いのは・・・・
「やりたい事がわからず、その答えを探してずっと旅をしている」
長期で旅に出る奴らはそれなりに覚悟を決めて、母国を出てきた連中だ。すべてを投げ出して異国の地にその答えを探し求めている。また、現実逃避的に母国を捨てて、異国の地で新たな生活をしようとしているものもいた。
でも、旅自体に自分のやりたい事の答えなどは何処にも落ちていないと思う。異国の地での目新しい体験でいつもとは違った感覚は受けるとは思うが、必ずしもその感覚が自分のやりたい事に結びついているとは思わない。逆に、長く旅行をしすぎていると神経が麻痺してくる事が多く、通常の生活に戻る事ができないと聞く。
逆にやりたい事なんかできている人なんか少ないんじゃないかと思う。その中でいかに楽しみを見つけて自分らしくやっていくかだと私は思う。
答えはやはり、
自分自身にあると思う。要は考え方次第、自分次第ってことね。
そんな定番の会話を時間が経つもの忘れてしていた。その隣ではいつしかピアノ弾きの女性は演奏を止めて帰り支度を始めていた。
「そうだ、そろそろクラブにも行ってみるか・・・」と
話していたアメリカ人を誘ってみるが、そいつは静かにそこで飲みながら年を越したいそうだ。
それ以上深追いはせずに私はそのバーを後にした。
地方都市だからと少々、甘く見ていたが、やはり、そこは違った。31日の22時過ぎから既にメインフロアーのスクリーンモニターにはカウントダウンが始まり、大音量のトランスや、レーザー光線・・この盛り上がり方は中国系ではなく、やはり、欧米系のノリ。
後日、入場時の半券を見てみるとオーストラリアのDJにアメリカ人のVJと。どうりでノリ方が馴染める訳だ。そして、23時45分過ぎになると、大量のトランスや、レーザー光線は収まり、imagineが流れ、0時になると、HAPPY NEW YEAR 2007の文字がスクリーン上に現れたかと思うと、私の前では静寂を守り通してきた「西湖」から新年の花火が多数に打ち上げられてるらしく、外も大賑わい。
このクラブはトランスメインらしく、その後も朝4時まで盛り上がったのでした(続)
旅行者にとってもそれは例外ではない。クラブやクラシック・JAZZバーなどには国境を越えたいろんな人達が集まる。そこでは「この先の〇×ホテルはバックパッカ-には不親切だ」とか「△△ホテルは1泊20ドルだが、こっちのホテルは14ドルだ」とか、自分が行った国を競い合う様に話題に持ち出し、ココがよかった、ココは行かない方が良いと酒を片手に話をしている。
もちろん、1人でカウンターで飲む連中もいる。以前、上海の和平飯店の地下にあるJAZZバーで、体調が優れなかったワタシはめずらしく1人でカウンターで飲んでいたら、その時はなぜか、日本人女性に中国の方ですか?と声を掛けられた事もあった。
今回も、年越しを海外で過ごすのだからと12月31日の夜から杭州のクラブ&何系かはわからなかったが、BARに出かけた。
いずれも「西湖」の湖畔の小規模な繁華街にあった。BARに入るとこれはもう第6感が察知するのか、旅行者が集まるBARだった。ひとまず、JINを注文。カウンターで飲んでいた。お店の中央ではグランドピアノに中国人女性がピアノの演奏を始めていた。
すると、私を見つけて寄ってくるアメリカ人。
世界の常識になっているらしい事を以前聞いた事がある。
「こういう場では絶対に小心者の日本人は声を掛けてこない。」
なら、こっちから行って話かけるよ。って思う欧米人が多いらしい。この偏見が嫌で私は良く、声を掛ける。すると、驚く欧米人。このなんともいえないマが面白い。
がこの時は先手を取られた。
「まぁ、それもいいか」とアメリカ人と話を始める。こんな状況は何度となく繰り返してきた事だ。名前、国、いくつ、何をやっている?どの位旅をしている。こんな内容で話が進む。すると何処からとも無く、近くで飲んでいた旅行者が話しに加わり、人数が増えていく。
「何故お前は旅行をしている?」という会話になると、みんな真剣になる。
「世界中に友達を作りたいから」
「仕事で旅行をしている。」
「語学を学んでいる」
「休暇で前から行ってみたかったから」
中でも一番多いのは・・・・
「やりたい事がわからず、その答えを探してずっと旅をしている」
長期で旅に出る奴らはそれなりに覚悟を決めて、母国を出てきた連中だ。すべてを投げ出して異国の地にその答えを探し求めている。また、現実逃避的に母国を捨てて、異国の地で新たな生活をしようとしているものもいた。
でも、旅自体に自分のやりたい事の答えなどは何処にも落ちていないと思う。異国の地での目新しい体験でいつもとは違った感覚は受けるとは思うが、必ずしもその感覚が自分のやりたい事に結びついているとは思わない。逆に、長く旅行をしすぎていると神経が麻痺してくる事が多く、通常の生活に戻る事ができないと聞く。
逆にやりたい事なんかできている人なんか少ないんじゃないかと思う。その中でいかに楽しみを見つけて自分らしくやっていくかだと私は思う。
答えはやはり、
自分自身にあると思う。要は考え方次第、自分次第ってことね。
そんな定番の会話を時間が経つもの忘れてしていた。その隣ではいつしかピアノ弾きの女性は演奏を止めて帰り支度を始めていた。
「そうだ、そろそろクラブにも行ってみるか・・・」と
話していたアメリカ人を誘ってみるが、そいつは静かにそこで飲みながら年を越したいそうだ。
それ以上深追いはせずに私はそのバーを後にした。
地方都市だからと少々、甘く見ていたが、やはり、そこは違った。31日の22時過ぎから既にメインフロアーのスクリーンモニターにはカウントダウンが始まり、大音量のトランスや、レーザー光線・・この盛り上がり方は中国系ではなく、やはり、欧米系のノリ。
後日、入場時の半券を見てみるとオーストラリアのDJにアメリカ人のVJと。どうりでノリ方が馴染める訳だ。そして、23時45分過ぎになると、大量のトランスや、レーザー光線は収まり、imagineが流れ、0時になると、HAPPY NEW YEAR 2007の文字がスクリーン上に現れたかと思うと、私の前では静寂を守り通してきた「西湖」から新年の花火が多数に打ち上げられてるらしく、外も大賑わい。
このクラブはトランスメインらしく、その後も朝4時まで盛り上がったのでした(続)
「寒い」と思い、眼を覚ました。杭州の朝の気温はマイナス3℃。枕元には昨日空港で買った東野圭吾作「手紙」が横たわっている。どうやら、小説を読んでいる途中で寝てしまったらしい。
そそくさと着替え、出かける準備をする。テレビではCNNがフセイン大統領の死刑の模様を流したり、今年1年を振り返っての重大ニュースを解説している。「今日で今年も最後か」と思いつつ、
部屋を出た。
ホテルを出た途端、一面霧、いや靄が視界を塞いでいる。そう「西湖」の影響か、この杭州は常に靄がかかっていて、晴天の日、太陽が顔を覗かせる日はこの時期珍しいのだと言う。初めて眼にする光景に感動しながらも、ぶらぶらと「西湖」の湖畔を歩き始めた。
中国は何処に行っても人だらけというイメージが付き物だが、ここも例外ではなかった。「西湖」の湖畔は朝9時を回らないのに、地方から出てきた中国人の観光客でごった返していた。そんな中「西湖」を周遊できる遊覧船をみつけた。
西湖の観光ポイントは湖畔から眺める景色も良いが、西湖にはいくつかの島がある。「湖心亭」「三漂印月」「中山公園」そこでの眺めも趣き深いとの事だ。せっかくなので、この遊覧船に乗って、その3箇所に行く事にした。
写真の様に一見、立派な様に見えるが、この遊覧船、走り出すと海風というか湖風かなそれがもろにあたり、しかも窓が薄く、寒い。体感温度はマイナス3℃以下だ。寒さに震える中国人観光客や、休暇中なのか、中国人民軍の兵士、ドイツから休暇できている観光客。その光景がミスマッチで面白い。私もそのうちの1人ではあるが・・・
遊覧船が霧の西湖を走る事10分。最初の見所「湖心亭」に着いた。すぐに見てまわれる島ではあったが、そこから逆にみる西湖湖畔も東西南北、違った見方が出来き、これもまた風情がある。過去の偉人達がこのような環境で生活をしていれば、必然と今世紀に残る
名作が生まれてくるんだろうとそのルーツが分かった様な気がした。
この「湖心亭」でトイレに立ち寄ったら、入り口の所で地方から出てきた中国人観光客だろうかかなり困った様子。何気なく、聞いてみるとどうやら、手を洗った後に乾かす乾燥機の正体が不明で、未知の生物をみるように観察をしているのだという。
「これ何だ・・・」
「使い方教えてあげる」
「ん・・おお・・」
まるで子供がクリスマスプレゼントをあけて大好きなおもちゃが出てきた時の様にはじゃいでいた。
旅先ではこんな光景に良くであう。その時いつも思うのは、日本人は恵まれた環境で育ちつつも自分の置かれている環境に不平、不満ばかりを言い、自分に甘くなりがちである。一方で地雷を踏んで手や足が無くなった子供、なりたくてなった訳ではない日々の食事にも困っているストリートチルドレンがいる。恵まれない環境でも眼を輝かせ生活をしている人たちがいる。逆境を乗り越えて頑張っている人たちがいる。決して蔑むわけでは無い。
その人達の逆境に比べたら自分の逆境など些細なもの。恵まれた環境で生活をしている方だ。もっと頑張ろう・・些細な悩みはいつしか自然と無くなり、日々の生活のモチベーションになってくるのであった。まぁ、完全に私の主観的考えではあるが。
その後、「三漂印月」「中山公園」を回り、帰りは「中山公園」から湖畔までは遊歩道になっているので、そこを歩きながら戻ってきた。その頃には霧もすっかり晴れ、冬空に心地よい暖かさをもたらす太陽が顔を覗かせていた。
そしていつしかその太陽の暖かい光が2006年 激動の年を締めくくるのにこの地がふさわしいかどうか、自問自答していた心の霧を晴らしてくれたのだった。(続)
そそくさと着替え、出かける準備をする。テレビではCNNがフセイン大統領の死刑の模様を流したり、今年1年を振り返っての重大ニュースを解説している。「今日で今年も最後か」と思いつつ、
部屋を出た。
ホテルを出た途端、一面霧、いや靄が視界を塞いでいる。そう「西湖」の影響か、この杭州は常に靄がかかっていて、晴天の日、太陽が顔を覗かせる日はこの時期珍しいのだと言う。初めて眼にする光景に感動しながらも、ぶらぶらと「西湖」の湖畔を歩き始めた。
中国は何処に行っても人だらけというイメージが付き物だが、ここも例外ではなかった。「西湖」の湖畔は朝9時を回らないのに、地方から出てきた中国人の観光客でごった返していた。そんな中「西湖」を周遊できる遊覧船をみつけた。
西湖の観光ポイントは湖畔から眺める景色も良いが、西湖にはいくつかの島がある。「湖心亭」「三漂印月」「中山公園」そこでの眺めも趣き深いとの事だ。せっかくなので、この遊覧船に乗って、その3箇所に行く事にした。
写真の様に一見、立派な様に見えるが、この遊覧船、走り出すと海風というか湖風かなそれがもろにあたり、しかも窓が薄く、寒い。体感温度はマイナス3℃以下だ。寒さに震える中国人観光客や、休暇中なのか、中国人民軍の兵士、ドイツから休暇できている観光客。その光景がミスマッチで面白い。私もそのうちの1人ではあるが・・・
遊覧船が霧の西湖を走る事10分。最初の見所「湖心亭」に着いた。すぐに見てまわれる島ではあったが、そこから逆にみる西湖湖畔も東西南北、違った見方が出来き、これもまた風情がある。過去の偉人達がこのような環境で生活をしていれば、必然と今世紀に残る
名作が生まれてくるんだろうとそのルーツが分かった様な気がした。
この「湖心亭」でトイレに立ち寄ったら、入り口の所で地方から出てきた中国人観光客だろうかかなり困った様子。何気なく、聞いてみるとどうやら、手を洗った後に乾かす乾燥機の正体が不明で、未知の生物をみるように観察をしているのだという。
「これ何だ・・・」
「使い方教えてあげる」
「ん・・おお・・」
まるで子供がクリスマスプレゼントをあけて大好きなおもちゃが出てきた時の様にはじゃいでいた。
旅先ではこんな光景に良くであう。その時いつも思うのは、日本人は恵まれた環境で育ちつつも自分の置かれている環境に不平、不満ばかりを言い、自分に甘くなりがちである。一方で地雷を踏んで手や足が無くなった子供、なりたくてなった訳ではない日々の食事にも困っているストリートチルドレンがいる。恵まれない環境でも眼を輝かせ生活をしている人たちがいる。逆境を乗り越えて頑張っている人たちがいる。決して蔑むわけでは無い。
その人達の逆境に比べたら自分の逆境など些細なもの。恵まれた環境で生活をしている方だ。もっと頑張ろう・・些細な悩みはいつしか自然と無くなり、日々の生活のモチベーションになってくるのであった。まぁ、完全に私の主観的考えではあるが。
その後、「三漂印月」「中山公園」を回り、帰りは「中山公園」から湖畔までは遊歩道になっているので、そこを歩きながら戻ってきた。その頃には霧もすっかり晴れ、冬空に心地よい暖かさをもたらす太陽が顔を覗かせていた。
そしていつしかその太陽の暖かい光が2006年 激動の年を締めくくるのにこの地がふさわしいかどうか、自問自答していた心の霧を晴らしてくれたのだった。(続)