雑用しながら、ひと休みしようと座って
ま、←この子に責任転嫁しとこかww
何だかんだ言うてる間に、高校野球も
終わってしまったね~
ある意味JJの夏が終わったって感じ
(まだ酷暑は続くけどさ)
決勝は色々論争になってるけど、
あたし個人も ちょっとなぁってモヤっと
感じてしまった
本音を言えば東北対決の決勝見たかった
(仙台育英VS花巻東)
確か準々決勝で当たってしまったんよね。
まぁそれでも今年も感動的な試合がたくさん
あって、ワクワクさせてもらえたのは良き
今年も高校球児たちに感謝だね
(ここは強引にまとめておこうww)
この前 元実家近くのスーパーまで、
改めて見たら こういう類のモノ、色んな
てかまさにコレって今の夫に必要じゃない?
って少し前に見つけて お試しに買ったら、
飲みやすいってことやったんで近所の
スーパーで探してんけどなくてさ
同じ系列のスーパーでも売ってない店舗も
あるようで。
(≧▽≦)/ギャーッハハハハwww
だって~売り切れてる時もあるからついw
気の持ちようかもしれんけど、ちょっと
続けてみてもらおうと思います。
そうそう、それでこの日 買い物してたら
遠慮がちに声をかけられて、返事はした
ものの申し訳ないけど心当たりのない人
やったんで戸惑ってたら、元実家の裏の
アパートに住んでた人やった。
2階だったので窓からうちが見えてたらしく、
いつも母ちゃんが洗濯してる姿を見かけて、
家族も多いし洗剤とかよく使うやろうなって
思って、景品でもらったのを何度かくれた
いつも上手に干してはったよね~って
言うてたww
この話は生前 母ちゃんから聞いたこと
あったんで改めてお礼を言ったら、
「ご両親には本当にお世話になったのよ」
「お母さんが亡くなられたこと、最近まで
知らなくて申し訳なかったわ」etc
って涙をこぼされてね←当然もらい泣き
今は娘さん家族と同居されてて、久々に
近くに来たら全然知らない人が住んでる事に
驚いて、その時に家主さんから母ちゃんの
訃報を聞いたらしい。
なのでこの日父ちゃんそっくりなJJを偶然
見かけて、声をかけずにはいられなかった
とのこと
(今更やけどそんなに似てるのね)
父ちゃんは町会の役員を何年もやってたので、
当時1人暮らしの人たちのことも色々気に
本当にお世話になったのに、お礼もきちんと
言えないまま引っ越したからって ずーっと
泣いてたおばたん(何て律儀な人なんだ)
その後、スーパー内のCaféでしばし話し込む
大阪のおばたんたちww
あたしたち3姉妹のこともデビルたちの
ことも知ってて、いつも賑やかで楽しそうで
いいなぁって思ってたらしい
(うるちゃかったんちゃうかなww)
足腰が弱って車いすに頼る生活になった
ので娘さん宅に引っ越されたとのことで、
それを聞いて安心したわ
今は孫・曾孫さんたちに囲まれて、毎日が
でも一緒に来てた娘さんとの楽しそうな
やりとり、涙なしでは見れんかったな
自分たちにもこんな優しい時間が確かに
その話の中で家主さんが、きちんと実家の
後片付けを3人でしっかりやってくれたって
言ってくれたらしく、長い期間1番近くにいた
ご家族やったから すごく寂しくなったとも
言ってたんだって。
『立つ鳥跡を濁さず』←この言葉は
その時 娘さんが言った言葉。
家主さんがそんな風に言うくらい、きちんと
姉妹で頑張ったんですねって
嬉しかったな~
当時は色んな思いがあって、夜も寝れん日も
あったから。
今回のように両親のことを亡くなった後も、
こんな風に優しく思ってくれる人がいて
くれるってホント娘のあたしからしたら
感謝しかないし、改めて両親の偉大さ
みたいなものを感じた時間やった
又こちらで会えたらいいですね、お元気で
って言って母娘仲良く帰って行かれました。
優しい時間をありがとう
寂しくてもこうやって思い出話したら、
ちょっと落ち着ける気がする
話は変わって。
憶えてらっしゃる人もいるかもですが、数年前
地盤が崩壊した場所。
色々と調査したり工事だったりで、一部の
道路が通れなかったんやけど、この日久々に
行ってみたら通行可になってた
コンクリートで綺麗に舗装されてたわ。
高台なのでここまでの道路から見渡せる
風景が好きで、実家に行く時よく通ってた。
(坂道めーっちゃキツイねーん)
実家の近所も変わらず懐かしさが
残ってる所もあるけど、更地になったり
雰囲気が変わってしまってる場所も
あったりで少し寂しく感じた。
仕方ないことなんやろうけどね。