伴奏者の発言 2 | ドイツ,ピアノ日和

ドイツ,ピアノ日和

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続けて気になった文を抜粋。


*弦楽器の伴奏


本「サラサーテなどは単に背景を提供するだけでよいが、

クライスラーは、ちゃんとピアノを知って作曲している」


まさにその通り。 クライスラーって譜面面は簡単な伴奏譜に

見えるんだけど、とても細かく伴奏譜に指示が出ているし、

大切なメロディーラインを受け持つ場合も多いです。

バイオリンとピアノの「会話」要素もところどころ多くて、 どちらも重要。

加えてメロディーが何をしてるかしっかり把握してないと

すごくうるさくなってソロのラインを邪魔したりするし・。

なので、伴奏なんだけど、室内楽、DUOを弾くつもりで基本 望むとやりやすい。


サラサーテとかWiniavskyはそうじゃなくって、

単に伴奏的和声を肉付けしてるだけ、という感じで、

ピアノは ドビュッシーやベートーベン、

モーツァルトのソナタ、もしくは クライスラーの

小品を弾くのとは比べ物にならないほど、退屈・・ 退屈・・。


こういう大家バイオリニストの書いた曲は、

バイオリンの楽器の持っている可能性をとことん追求して

披露しようと試みてるので、伴奏者は注意深く、

ソリストがやってることをしっかりサポートする。

テンポをしっかり保持することが第一条件で、

ソリストに弾きやすかった、と言ってもらえるよう 努力するべき・・。

(なのだけど時々テンポが走っては 弾きにくかったとか言われてるけどハハ。)


でも、そういう曲でも例えば和声進行を 伴奏者がしっかり

掴んで弾くのとそうでないのとでは 音楽に違いが出てくると思うので、

やっぱり ちゃんと譜面はソロも伴奏譜もじっくり見るべきでは

ないかと思っています。技巧的な面での苦労が分からなくても、

せめてちゃんとソロパートだけを歌っておくとか、大切だろうな。


*悪い癖


本「声楽家とピアニストが理想に近い演奏に到達する近道は、

作曲家が望むとおりの演奏をすることである。しかし時に、

作曲家のしるしと完全に矛盾することを声楽家がして欲しいと

頼むことがある。アクセントがないところにアクセントを 入れたがったり、

テンポでなければいけないところをラレンタンド に歌い、ピアノのところをフォルテにする。

気分が高尚で なければならない時に感情的になる。」



きゃーこれは、逆説的に確かに。

自分が勝手な読みになってないか、 注意。(>_<) 


・・でそういう場合は、歌手の希望に沿わなければいけないが、

後でそのひどい音楽は忘れなさい、と書いてありました。


しかし、そういえば最近歌の合わせをしてるSさんは

クラシック音楽の世界をあまり知らなくて、

日本歌曲が演歌みたいに なっちゃうのを我慢して聞くのが大変。

アマチュアで楽しい思い出を 作りたいっていう

人相手にどこまで要求していいかっていうのも 疑問だけど、

ピアノ伴奏相手の日本歌曲をポップスみたいに歌ったら

すんごい変だしギャップがありすぎ。


コーラスで基本的な発声法は 習っているけれど、

歌曲の発声法なんて習っていないし、

それならカラオケ伴奏を後ろで流してマイクを使って

ポップス風に弾くべきではないだろうか・・。


特に歌の伴奏は呼吸命、体を楽器としている声楽家、が相手。

他の楽器の伴奏よりもっと楽譜の読みもちゃんとしてないとだめだし、

呼吸の合わせ方も難しそうだし・・とあえてソロクラスに受かるまで

引き受けてこなかった、くらい、憧れていた歌の伴奏の仕事、

しかし、この場合、何かが、違う・・ガクーーリ・・。orz..



本当にお互いの為にいいのだろうかと疑問に思いつつ

進めているのだけれど、Sさんは真面目なのも好きだし、

日本の詩を読むのも好きだし、歌を歌うのも好きだから、

とがんばって私の要求に応えようとしてくれているし、

とりあえずやってみようって感じですが・。


でも、バイオリンの伴奏だと思ってあなどるなかれっていうのは

今回痛切したのでした。少し呼吸を違う位置でとったり

ワンフレーズ違う解釈をしてるだけでとたんに合わなくなるので、

ソロの曲ではあまり注意してなかった呼吸とフレーズの

とり方は以前より注意深く楽譜を読むようになってきたのでした。


テクニックじゃなく、楽器を通して歌を歌うこと、を知ってる

Mさんだからこそ、ここまで色々知れたんだろうけど。

プラス、Mさんは自分でも言っていたけど

「枠から とっていく」タイプで、感覚的に入っていっていた

私には最初は とても苦労したのでした。


爺のレッスンの場合も、歌と音楽 重視で、

テンポと枠とりにはほとんどと言っていいくらい 言及してくれない。

綿毛先生の場合はまずテクニック、音質、ハーモニー音のバランス、

をしっかりさせること重視・。


なので、こんなにテンポテンポって

言ってくる 人は初めてなんですけど!


とMさんに訴えると、歌はソリストとして 一番大切だから、

ソロクラスではそうなって 当然だといわれ、それも納得。



でも、例えばフランス式のこの大学、

「歌」重視なんだけど、マンハイムでは、

枠と構成命、みたいながっちがっちの

音楽 ばっかり聞いたものだよな・・。


歌を重視しつつ自分で練習しておいて、

合わせではまず 枠とりを重視、

楽譜の読みを一方的で感情的なものにしないで、

よーーく吟味する。テンポもしっかりキープ。


ってことなのでしょうか・・?


*結論


本 「伴奏者は、伴奏の相手が誰であろうと、

その人の気まぐれと わがままに頭から服従することが

期待されているのであろうか? この小さい本で私は

その考え方をくつがえしたい。」


「伴奏者は立派なピアニストにならなければならない。

敏感な耳を持たなければいけない。そして敏感な、

音楽的な 頭脳を持たなければいけない。


 さてまことに不思議なことであるが、

彼はまたその肉体の 組織の中に、

すべての人間感情の宝庫であり、

詩と情熱と ロマンスの源であるもの、

すなわちハートを持たなければならないのである。」


で、締めくくられていました。 素敵なしめです。ラブラブ


なんて文章力のある方。 買って良かった。 ニコニコ


すっごい頑張って書きすぎました・・。


それ以外にも 納得させられる内容が多かったです。

私としては、アンサンブル的に扱う曲と伴奏に徹する曲、

の場合の、合図の出し方、に関して何かアドバイスが

ないか 期待してたんだけど、それはなかったな・・。


これに関しては私が思うことが色々あってまた

書き留めておきたいのですが、また長くなりそうなので、今度・。


おやすみなさい。