国際青年大会⑥ | ドイツ,ピアノ日和

ドイツ,ピアノ日和

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いよいよ、最終日を迎えるべく、夜が明け始めました。


朝6時・・・。私の周りの人達はまだ寝てます・・。(-_-)zzz


kyannpu


私は、いったん目が覚めたので、昨日買ったクレープなどをもぐもぐ・・・・・。


また横になったり、周囲を見物したり・・。


そうしていると、モーニングコールがかかり、皆一斉に起き出しました。


音楽が始まり、朝食の時間です。


私も、寝たような眠らなかったような感じだったので、うとうとしたり、起き上がったりしながら、音楽を楽しんでいました。


 が、突然、またベネディクトコールと共に、たくさんの人が、すごい勢いで丘の方に向けて走っていきます。



ベーネディクトッ!!!ダダンダダンダンダンッ

ベーネディクトッ!!!ダダンダダンダンダンッ


どうやら、ローマ法王、ベネディクト様がおつきになったようです。


 丘の頂上に向けて、白い車で上っていく法王様の後に続き、ぞろぞろと、白い衣装の神父様たちが、丘を登っていかれます。


 いよいよ、ミサの始まりです。下は、次の日に報道された、新聞からの写真。100万人のミサの様子が写真に収められていました。青い部分が皆が野外キャンプに使っていたビニールの色。左側にある丘を中心に、野外キャンプしました。


kyannpu kyannpou


私にとっては、ヨーロッパの昔々の世界に迷い込んだかのような、不思議な不思議な光景でした。


文章では表現し切れませんが、音楽のもつ力はやっぱりすごいとうなってしまいます。


「Lass uns beten....」


「祈りましょう」 という法王様の言葉自体も、

歌になってますから・・。


これを、ずっと音階名の、ラの高さで、発音してもらえれば、

雰囲気が想像しやすいと思います。「ララララ ラーラ・。」 「ラ ララソファラーラー・・。」 


祈りの言葉が、普通に話されるのではなく、いつも旋律を持ってるんですね。


で、それに答えるコーラス、もしくは私達の「アーメン」も、

ラの高さで、「ラーラ・・。」なのです。


どうして、日本人のミサでは、この音程にせず、

普通に話し言葉にしてしまうのかな?


これって、言語の違いかなあ?

日本のキリスト教のミサも知っているので、そんなことを思ったり。


ものすごく、神聖な雰囲気が出てくると思います。この音程を作るだけで。

こう大規模なミサになると、100万人の「アーメン」が歌に聞こえて、すごい、と思ってしまいました。


法王様は、フランス語、ドイツ語、英語、

また何語か分からなかったけれど、他の外国語でも、4通り、話されていました。


私はミサを味わうより、どっちかというと、音楽に聞き入ってしまいました・・。(゜-゜)


宗教という、非日常の世界に旅させてもらいました。

 

それにしても、どうしてキリスト教徒の人達って、

純粋に、この世と人間は神が造られた。


という神話をこうも純粋に信じることができるんだろう。

もちろん、キリストの、「死からの再生」、も、疑うことなく信じられているし・・。


これは、仏陀やモハメッドがなしえなかったこととして、

その他の宗教の重要な違いとして、認識されているみたいです。


私達日本人みたいに、人の祖先は猿、なんて考えが毛頭ないんです。


人間は崇高である、魂を持っている、とはっきり

人間とそれ以外の世界(動物の世界、自然の世界、もしくは、違う人種、違う宗教)を分けるんですね。


これは、狩猟民族であったヨーロッパの歴史が背景にあって、

私達農耕民族の日本人は、あえて、いつも動物を殺して食べなければいけない必要がなかった、


だから、人間だけが特別、という考え方には及ばず、

八百万の神を信じることになった・・、なんて話を聞いたことがあります。


キリスト教徒の人達は、動物に輪廻転生するという、

仏教の一部の考えが、まーーったく理解できない!と豪語します。


動物は動物だし、奴隷は奴隷だっ!!なんて、言い切られます。

 

これも、歴史や環境,教育の違いだなあ・・・。(゜-゜)


キリストが、最後の晩餐に、パンとワインを掲げ、

「これぞ私の肉、私の血」と言われたことから、

カトリック教徒のミサでは、最後に、みな、薄いパンをいただきます。


この日も、終わりに、たくさんの神父様が丘から降りてきて、パンを皆に与えられました。

 

神父様、パンを与えるの図↓

sinnpusama

 



そして、儀式も終わり、不思議な世界から現実の世界に一気に逆戻りっ!!


ここからが、大変だったんです・・・。



なんと、会場から、シャトルバスの停留所まで、たっぷり徒歩2時間・・・。

どこが一番近い停留所なんっ!!(-"-)


そして、バスを待つこと更に2時間・・。


おおーーーーーーいっ!!(-"-)

 


最初は、バスを待つ人数が少しでもはけることを願って

待っていたのですが、2時間たっても、

次から次へとぞろぞろと道路を埋め尽くす人を見ていると、

さすがに、待ってもいられなくなりました。


私は現地っ子なので、適当に空いていたバスを選んで、

市内に出てから勝手に自分でアレンジしながら、帰りました。


言葉が通じないと、多分、ただただ、

中央駅に行くバスだけを待ち続けていたかもしれません。


それにしても、世の中、色んな世界があるものですね・・・・・・・・・・・。

この体験、一生忘れないでしょう。


キリスト教、という私からは馴染みのない世界ですが、

仏教徒として、見ておいてよかったと思います。


形は違うけれど、祈る心、は変わらないですね。


元気一杯のピルグラム達が去ってしまって、ちょっと寂しいDuesseldorfです。


彼らは、世界中から、強い信仰心とたくさんの元気、を運んできてくれました。


もう二度と会えないだろうけれど、信仰心、という根っこでつながっていれたらいいな。


彼らに感謝しつつ・・・・。


2005年、国際青年大会、終了です。(^_^.) 


4年後はシドニーです。また、元気一杯の

彼らのニュースを待つことにしましょう!楽しみにしてます。