カルチャーショックといえば語りつくせませんが、
第二弾は宗教問題。これは、簡単な問題ではないだけに、やはり一番ショックが大きかったです。
ドイツはいわずと知れたキリスト教国。
私はといえば、仏教国日本からやってきて、しかも実家はお寺という、完全仏教徒なのです。
生まれ育った時から、祖父も父も僧侶、親戚縁者もみーんなお寺関係、
という結構特異(でもないか?)な環境で育ちました。
そんな私が、ここで初めて、仏教をけなされたり、
ばかにされたり、というような、苦い経験をしなければいけませんでした。これは大変つらい経験でした。
日本で見られるお寺のように、教会があちこち立ち並ぶドイツ。Kolenの大聖堂など代表的だけれど、キリスト教の歴史を見ずして、ドイツにはいられないでしょう。
私に仏教の事をひどく言ってきた信者さんは、
なぜ世界中の人々がこの素晴らしい宗教に帰依しないのか、
それが不思議でたまらない、といった純粋な信仰心を持っているようです。出会った当初は、キリスト教へ
の勧誘もすごく、しょっちゅうミサに連れて行かれました。
でも、その信者さんも、こればっかりは押し付けるものではない、と後々気づいてくれたみたい。
今では、私が仏教徒であるということを尊重してくれるようになりました。
後、なぜかドイツにいながら、韓国人にばかり縁のある私。
韓国人の宗教観も、本当に独特ですね・・。
これもカルチャーショックといえばそうなのかな。
韓国人のキリスト教、新教の方々は、仏教に対して、敵対心を持ってらっしゃる方々が多いそうです。
カトリックではなくエバンゲリッシュの友人には、仏教は嫌いだ!とはっきり言われましたし、
この宗教内では、仏教はあまりよくない宗教、とされているそうです・・。
これもショック。カトリック系と仏教は仲がいいんだそうです。でも、確かに、雰囲気は似てます。仏教の法要と、カトリック教会のミサ。どっちも結構呪術的、かつ独特の静けさがただよってます。「静」という言葉で、通じるものがあるような気がします。
そして、エバンゲリッシュと言えば。
韓国人友人に半ば強引に連れて行かれた、エバンゲリッシュのドイツの韓国人教会。
すごかった・。みんなで、お互いの問題を語り合い、
後で皆で祈るのですが、その祈り方が、尋常ではなかった。
「#$#$#$#$#$#!!!」(多分祈りの言葉、代表一人が唱える)
「アーメンっ!!!」(全員)
「@#@$@#@#@#@!!」
「アーメンっ!!!」
椅子から飛び上がりそうな勢いでした・・。
これを見た私は、相当のショックを受けてしまいました。
「これが韓国キリスト教なんだ?私の友人の世界ってこんな世界だったんだ?」
韓国語が分かれば、もう少し印象は変わったのかもしれません。
しかし、宗教とは本当に恐ろしい、と思いました。
後々カトリック教徒の韓国人に聞くと、やはりエバンゲリッシュは個性的な方らしい。
彼も、エバンゲリッシュは自分には合わない、と言っていました・・・。
日本の仏教でも、色々あるんだもん、キリスト教だって、色々あるだろうな。
しかし、韓国人のキリスト教徒は熱心です、みな教会に行くのが当たり前です。
宗教のことだけは、そっとしておくことと思います。
ちなみにそのエバンゲリッシュの友人のことは好きですし。
そして、私がヨーロッパで出会ったもう一つの宗教、イスラム教。
これは知り合いになった人がたまたまイスラム教だったり、
トルコ人系ドイツ人の友人がイスラム教国出身だったり・・。というきっかけです。
キリスト教より更に?????の世界。違いすぎるのです・・・。
これは、本当に立ち入れない世界だなと思いました。
色々話だけは聞きましたが・・。でも、私はその友人がすごーく好きです。
彼女は両親の宗教を継がず、無宗教です。
でも、両親は敬虔なイスラム教で、彼女もそのことは敬っています。
イスラム教といえば、また正反対ですが、私の室内楽のパートナーはユダヤ人。
敬虔なユダヤ教徒。彼女も、私の好きな友人の一人。
話はそれますが、彼女から、「里帰りした時、もうあと一分遅く歩いていたら、爆撃にあっていた。」という話を聞きました。これにもびっくりでしたが、本当に、
世界っていろんなことが起こっているのだな。と実感・・・。
お肉も特別なものしか食べず、海の生き物も食べない・・。
その他、色々な厳しい戒律をいつも守っています。
アラブ諸国、イスラム圏に対する考え方は、彼女もしっかり持っていて、やはり厳しい。
宗教の事を語るには、10年早いような気がします。
あまりに、奥が深すぎて。宗教のことだけ考えるなら、
私の友人関係、成り立たないです。恐ろしい。
ただ、人間の根本を形成する、根っこと言うか・・。
人種を語る、これすなわち宗教を語る、みたいなところがあります。
なにをしても、友人達、他人の、この部分だけには、
むやみに立ち入ることができないと思ってます。
それぞれの教会に行って感じること。本当に独特です・・・。
韓国人教会・・はっきり分からない、本当に感覚的なものなんですけれど、
「傷つけられた」という空気がしました。「傷や、憎しみを癒す」そのために祈っている、そんな気がしました。
韓国人の歴史を見せ付けられる、というか、
韓国人の国民性が出ているというか・・。私が感じたことですけれど・。
ユダヤ教、これはまた独特、彼らは、独特の「気高さ」を持っている気がします。
傷つけられた国民と言う点では、韓国人と変わらないようにも思いますが、
韓国人のような、独特のひとなつこさ、また感情の劇的な吐露、みたいなものはないです。「選ばれし者」の宗教だということは私は後に知ったのですが、それを知る以前に感じたことです。
ドイツ人カトリック教会、これは、ものすごく歴史を感じさせます・・・。
グレゴリオ聖歌のごとく、神父様はめっちゃ歌うし。
ユダヤ人大量虐殺など、ドイツ人も日本人と同じく、ものすごくたくさんの人を殺した人種です。
ここんとこが、やっぱり韓国人教会と全く別の空気を作っている一因のような気もします。
ものすごく、神の前で、罪を謝罪する、んですね。ですので、憎しみを背負っている人種ではなくって、憎しみを背負わされる痛みというか・・。
ピアノでドイツに留学してるうちに、世界の縮図を見た気になってしまうほど、
宗教がうったえかける力ってすごいです。
ドイツは特に多国籍化してるので、それもあるのでしょうが。
ほんと、こんなるつぼの中にいるので、
仏教徒、日本人、これがこんなに個性的なのだとは思いもかけませんでした。
これがカルチャーショックだったといえるでしょう。
話には聞いていましたが、実際ぶつかると結構びっくりするものです。
一度に書ききれないことも多いので、また書こうと思います。
