危険の認識 で書いた様に赤ちゃんは同じ溝なのに、お座り、ハイハイ、つかまり歩きで、一つの危険認識の共有をする事が出来ない。


その違いは、目線の位置と情報処理能力と思われる。


目線が変われば注意点が変わる。


ハイハイでは低い目線で、目より手の方が後ろに位置する。

足は更に後ろだ。

情報伝達は「目」「手」「足」の順で行われる。


つかまり歩きでは、それをほぼ同時に処理する事になる。


そこに「溝に落ちる」等の体験と言うデータを入力する事で、危険を認識出来る訳だ。


あの番組では他にも面白い実験をいくつも紹介していた。


ハイハイを始める前の赤ちゃんとハイハイを始めた赤ちゃんの周囲の変化に対する注意も面白い。


座らせた赤ちゃんに正面に注意を向けさせて、左右上下の風景を前後させる実験だ。


ハイハイ(自己の移動)が出来ない赤ちゃんは、周りの景色が変わっても周りの景色に反応しない。

しかし、ハイハイをする赤ちゃんは、周りの景色の変化を感じて倒れないように体勢を整える。


つまり、ハイハイを始めた赤ちゃんは自分が動く事で周りの景色が変化する事を理解している訳だ。

そして、自分で移動できない赤ちゃんは移動する事で周囲の景色が変わるという認識を持っていない為に反応しない。


お座りが出来るようになって、おもちゃで遊び始めた時に、自分でおもちゃを取ろうとしてひっくり返る。

そんな事を繰り返して、自分がひっくり返らない距離を認識するのだが、赤ちゃんがひっくり返るのを見て親がおもちゃを手渡しで渡してしまうと、距離感の成長が発達しない。

赤ちゃんがハイハイやつかまり歩きを始めて、見ていて危ないからと言って、親が手助けをしていれば危険認識や距離感が正常に発達しない子供に育つと思われる。


その距離感と言う概念は、その後の人間関係の他人との距離のベースになるとも考えられる。


昔の子供に比べて、現在の子供にコミュニケーションが苦手な子供が多いのは、こう言った事が原因になっているのではないだろうか?


公園の遊具で運悪く怪我をしたり、最悪死に至ったりすると、その公園から遊具が撤去されたりする。


以前、大型のブランコで死んでしまった子供のニュースが流れた。

その時、自分の子供の頃の記憶を思い出してみたのだが、その子がやっていたような遊び方は怖くて出来なかった。

私の幼年期から少年期は昭和30年代で、外で遊びまわっていた。

ブランコをこぎ過ぎて振り落とされた事も、ジャングルジムで落ちて頭を打った事もある。

しかし、そんな経験をしていると「これをしたら危ない」と言う意識があった。

実は、私が小学生の頃、事故の有った物と同様の大型ブランコで、椅子の上に立って揺さぶる遊びをしようと思った事もあるのだが、その時にここから落ちて戻ってきたブランコを想像してやらなかった覚えがあるのだ。


よく不思議がられる事なのだが、私は間もなく50歳になるのだが、一番古い記憶は2歳頃の記憶からある。

幼稚園の低学年の時の記憶も結構鮮明に覚えている。

誰がどんな事を言ってどういう行動をしたかも覚えている。


これは記憶自慢ではない、思い出せる記憶た思い出した記憶を分析すると、印象的な物だけが残っている。

二歳の時の記憶は、登山に連れて行かれた時、赤い服を着ていたのだが、下山してくる女の人に「頑張ってねお嬢ちゃん」と言われて、腹が立って服を脱ぎ捨てた記憶がある。

その登山の記憶は、その部分を中心として断片的に残っている。

幼稚園の時の記憶は、悪戯をして怒られた記憶や、怪我をした記憶、大好きだった「毛虫」を母にプレゼントして目の前で踏み潰されて悲しい思いをした記憶など、やってはいけない事をした時や、言われて嫌な思いをしたときの記憶は鮮明に残っている。

そして、そう言った記憶に残っているような事を、先に予測して回避しようとしていた自分の記憶もある。
そう言った経験から学び、危険などから距離を取ると言う物が、距離感なのだろう。

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