リブログ記事マルテの手記 リルケ著
マルテの手記リルケ 著松永美穂 訳光文社 発行2014年6月20日 初版第1刷発行ヨハネス22世(1245〜1334 在位1316〜1334)の時代に、彼を支持するキリスト教徒が大挙してアヴィニョンをやってきたのだった。彼らが不本意ながら避難所を求めざるを得なかったので、彼が在任していた場所に彼の死後すぐに、この堅牢な宮殿が建てられたのだが、この建物は閉鎖的であり、まるで住処を失った全ての魂の究極の避難所のように仰々しかった。しかし小柄で体重の軽い知的な老人であるヨハネス22世自身は、生前まだ世俗の人々の間に住んでいた。彼はアヴィニョンに到着するやいなや、あらゆる方面に対して、猶予なしに素早くてきぱきと働きかけ始めたが、まもなく彼の食卓には毒を仕込んだ深皿が置かれるようになった。[…]万聖節に、教皇はいつもよりも長く熱心に説教をした。自分自身を見直したいという突然の欲求に駆られ、教皇は自分の信じるところを示した。85年の人生という聖櫃からゆっくりとその信仰を取り出し、説教団で示したのだ。すると、人々は 教皇に向かって怒鳴り始めた。全ヨーロッパが叫んだ。この信仰は良くないと。その後、教皇は姿を消した。何日間も、教皇は何の行動も起こさなかった。彼は自分の祈祷所で跪き、行動力のある人々が魂に被ってしまうのはなぜかという秘密を探っていた。激しい内省に疲れ切った姿をようやく現すと、自らの信仰を撤回した。彼は何度も撤回した。撤回することが彼の精神の老年期における情熱となった。(注 ヨハネス22世は1331年、人々の救いは死後すぐに天国で与えられるのではなく、最後の審判まで待たなければいけないと述べたため、多くの支持者を失った。)オランジュの円形劇場でのことだった。今でも劇場正面に特徴的に残っている荒々しい破壊の跡を心に留めた以外には、きちんと目を上げて見ることもせず、ぼくは守衛のいる小さなガラス戸を通って中に入っていった。倒れている柱や小さなウスベニタチアオイの茂みの間に足を踏み入れたが、それらがぼくの視野から、開いた貝殻のような客席の斜面を隠していたのは一瞬のことだった。客席は午後の日の影で区切られ、大きな凸面の日時計のように見えた。ぼくは足早に客席に向かっていった。座席の列の間を上っていきながら、周囲との対比で自分が小さくなっていくのを感じた。[…]いや、ぼくにはまったく心の準備ができていなかった。芝居が演じられていたのだ。巨大な、超人間的なスケールの劇が進行中だった。舞台背後の信じられないほど大きな壁の前で劇が演じられていた。三層からなる垂直な石壁は高くそびえ立っている。あたりを威圧するような大きさで、ほとんど破壊的だったが、そのばかでかさがふいにちょうどよい感じに見えてきた。ぼくは幸福な驚きでそちらを眺めた。そこにそびえ立つ背景の壁には、影が顔のような形を投げかけており、その顔は中央の口の中に闇が集まっていて、上は区切られていて飾り縁から均等にカールした髪の束が覗いている。力強い、全てを変装させてしまう古代風の仮面のように見えた。仮面の背後で世界が凝縮して顔になっているのだ。この大きく内側に湾曲した客席部分には、期待に満ちた、空っぽで全てを吸収する観客という存在が鎮座している。全ての出来事は舞台の上にあった。神々と、運命とが。そして舞台の上から(目を上げてみれば)、軽やかに、石壁の穹窿を越えて、永遠の天国が到来する。(注 リルケは1909年の秋にオランジュを訪れた)