ハイエクとヴィトゲンシュタインとが親戚関係にあると聞いていたので、ハイエクはてっきりユダヤ系だと思っていた。しかし、松原隆一郎の「ケインズとハイエク」を読むと、ハイエクはユダヤの家系ではないと明言する。そんなことはどうでもいいのだが、ハイエクがフリードマンと並んで新自由主義の頭目と評されてきた際に、常にユダヤの匂いを感じてきた。ハイエクを
二十世紀を代表する思想家と位置づける人もいる。ハイエクが二十世紀一杯をかけて社会主義への抜本的な批判を繰り広げたからであろうか。しかし、ハイエクは果たして新自由主義者なのか。松原隆一郎のケインズとハイエクは、このレッテルをはがす労作である。ハイエクはケインズとの論争に破れケインズ主義の退潮とともに見直された人、フリードマンとともにマネタリストだった、といった具合に、他人の影のこどき存在として紹介されてきた。ハイエクは反ケインズの市場主義者というレッテルが貼られていたのだ。松原隆一郎の著作はケインズとハイエクの隠れた友情を基軸にする。ハイエクが示すケインズに対する親しみと、フリードマン、さらには師であり反社会主義の同志であるはずのミーゼスへの批判が綴られる。ハイエクはケインズを「個人的には仲がよかった。人間としての彼には最大の賞賛と親愛の気持ちをもっていた」といい、教員談話室でケインズは、ケインズ主義者として名高いロビンソンとカーンについて、噴き出しながら「あの二人はただのバカだよ・・私の着想はすでに時代遅れになった」と述べ、ハイエクに賛同を示した。


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おのみち文学の館を訪ねた。この文学館は尾道の千光寺山中腹にある。文学館に通じる坂道は大林監督の作品で有名だ。
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この文学館には地元のシルバーセンターから派遣された尾道の歴史や文学に通暁された有識者の方が常駐されていて展示物などの解説をしてくれる。この方たちの博識さは半端なものではない。文学館の建物は日立造船の重役の私邸あとを市が借り上げているそうだ。庭付きの木造平屋建、桟瓦葺で数寄屋造りの建物で、東棟・西棟・茶室が配置されている。
文学館には尾道ゆかりの作家である林芙美子・高垣眸・横山美智子・行友李風、歌人である中村憲吉・山下陸奥・麻生路郎の愛用品や書簡、直筆原稿等が展示されている。この日のお目当ては何と言っても、林芙美子の展示物。東京の家にあった書斎が再現されている。
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自筆の原稿も。
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平成年間まで林芙美子が生きていたら、どんな作品を書いたのだろうか。

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福岡出張の帰りに下関に寄った。下関はおそらく20年ぶりぐらいではなかろうか。あの上場で社員に億万長者が続出したメーカーの用事で下関を訪ねたとき以来だ。あの時は会社に直行で街は素通りだった。今回は違う。下関の街は二つの文学作品の舞台として是非とも訪ねたいと思っていた。一つは共喰いで芥川賞を受賞した田中慎弥の舞台であること、そしてもう一つは松田美智子の『越境者 松田優作』に描かれているディープな下関の裏町を見たかったのである。松田優作が生まれ育ったという今浦町は日本の街とは到底思えない色彩があった。シャッター通りになっていたのは残念である。
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