2018-04-10 12:04:23

母の死

テーマ:ブログ

実は、

3/18の早朝に母が亡くなりました。

94歳の大往生で、
いつ息を引き取ったか分からない程、
安らかな笑顔で亡くなりました。


喪主は、

全身不随となった兄の代わりに、
18代目本井家総本家当主である次男の僕が。

※参照
「58のお蔭さま」


総本家と言っても、
広大な敷地内にはもう誰も住んでいません。

母が嫁に来た頃には、
20人以上が住んでいたそうです。


駆けつけた神戸在住の叔母さん曰く、
母が亡くなる直前に、
50年前に亡くなった父(夫)が迎えに来られたとか。

笑顔で両手を広げて。

その夢の話を聞いて救われました。

そして後でセレモニーの担当者から聞いた話では、
最高の葬儀だったと。

励ますために、
喪主の誰にもそう言ってるのかもしれませんが、

彼もお通夜で泣いてました。

本当に94歳にしては珍しく、
参列された100名のほとんどの方が泣いてくれ、
別れを惜しんでくれました。

喪主である僕も、
アドリブで話した挨拶の途中で声が詰まってしまいました。

 

遺言で、

「しみったれた葬儀は嫌いだ、

できたらクラシックとか聖歌を流して欲しい…」と生前言ってましたが、

親族から猛反対され、それは叶う事ができませんでした。

 

※母が一番好きだった曲

https://www.youtube.com/watch?v=d_ZHBmexctc


お通夜の晩は、
母の棺と一緒にセレモニーに泊まったのですが、
もう魂は肉体からとっくに離れていることがはっきり分かりました。

まるでろう人形です。

死後硬直も無かったことから、
何の執着もなく、
真っ直ぐに天国に召されたと確信しました。

翌日の告別式で、
火葬場に向かう途中で実家に立ち寄るのですが、
近所の100人以上の方がお見送りに集まってきてくれました。

お通夜の席でもそうですが、
僕はもう43年以上も実家から離れているので、
遠い親戚を含めほとんどの方の顔は知りません。

 

当時僕が8歳の頃の、

懐かしいお手伝いさん(当時16才)の泣いている顔を、
お見送り人の中から見つけました。

 

遠くから駆けつけてくれました。

私の作った、
CDドラマ「ふるさと」の中にも出てくる、
8歳違いの女性です。

幼い頃、
いつも一緒に遊んでくれました。

けれども一言も言葉を交わすことなく、
そのまま霊柩車に戻り別れました。

 

一期一会…、

もう一生会うことは無いでしょう。

偶然にも、
「ふるさと」と同じ1シーンでした。

偶然と言えば、
母の告別式が3/21、
兄が倒れ全身不随となったのも3/21、
お彼岸の中日…。

 

逃れられない運命的なものを感じます。

そして母の件では本当に親身になってくれ、
しかも葬儀では供花まで捧げて下さった、
宝徳大社のひなこ先生からこんなメールが。

「お彼岸に旅立つ方は、
天国での一族の準備が整い、
暖かく迎えられる方だとお聞きしました。
お母さまは素晴らしい方です。」

つい先日、
母と父が一緒にいる夢を生まれて初めて見ました。

土曜の昼下がり、
二人が楽しそうに布団を干しているのです。

何を喋っているのか、
本当に楽しそうに笑っていました。

50年振りに、
やっと再開したのですね、
ほっとしました。

夫を亡くし大借金を抱え、
絶望の中で4人の子どもを育て上げた母。

 


↑母43歳、父(夫)が亡くなった頃


運命はある程度決められているとは言え、

出迎えた父からは「よくやった!」と誉められたでしょう。

ところで全身不随で3年間も面会謝絶中の兄は、
母が亡くなる直前にこんな事を言ってました。

『次もまた、
お袋の子どもとして生まれたいなぁ…』と。

それをボイスレコーダーに吹き込んだものを、
参列者に向けて流しました。

兄の友人達なのでしょう、
久々に聞いた兄の声に、
むせび泣く人もいました。

子どもである私たちにでさえ、
一度もわがままや弱気を見せない気丈な母でしたが、
最後にわがままを言ってくれました。

実は亡くなる3日前、
東京に戻る前にもう一度会ってから行こうと介護医療施設に寄った時、
一度握りしめた僕の手を離さないのです。

しっかり握ったまま。

付き添っていた姉と、
「お母ちゃん、どうしたの?」と二人で困りながら笑っていました。

僕が「寂しいの?」と冗談で聞くと、
初めて首を縦に1回振りました。

ドキッとしました。

今まで同じ質問を投げかけると、
私たちに心配かけまいと、
ずっと首を横に振っていたからです。

そしてゆっくりと目を開け、
『もうちょっと、いて…』
と言ってすぐにまた目をつぶりました。

声を出したのは数日振りでした。

それが最期の母の言葉でした。。


人は誰一人も例外なく、
必ずこの世を去る時が来ます。

それは明日かもしれません。

時が来るまで決して諦めず、
天から与えられた命を最後まで使い切ること…、
それが「天寿を全うする」意味なのかもしれません。


最後に。

今でも僕の手帳に毎年貼ってある、
お袋の言葉です。

これで何度救われたことか。


あのね。

一見枯れたと思う冬の草木も、
雪が溶けて、
春の陽射しが降り注ぐと、
新芽が出るろう?

実はね。

何も咲かん寒い季節は、
下へ下へと根を伸ばし、
栄養蓄えて、
春に備えて準備しとるん。

やがて時期が来れば、
青々とした一面の葉っぱと、
たくさんの実を結ぶ。

心を定めて希望に向かって歩むならば、
いつか必ず実を結ぶんよ。

そして深い喜びもそこから生まれる。

夢も希望も決して逃げやせん。

逃げてしまうのは、
春を信じない、
自分自身なんよ。

 

本井千明

 



↑今年の正月、一番最後に撮った写真

参照:
「大切な人へ」











 

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