こんにちは!
自由に自分を活かすための内観研究所、
モニカ教授の方です。
(右です)
今朝、
自分のブログで今月の仕事が締め切りに間に合わない理由をつらつらと書いていたのです。
壮大な言い訳、かもしれません。
きっかけとなったのは、娘の今朝の一言。
ところで娘(15歳)は、遅刻しない女。
わたしは遅刻しがちな女です。
必ず間に合わせる娘のことを偉いなあ、と思っていましたが…高校生になってから、朝の機嫌が悪い!自分のことしか、しない。
(数cm先のゴミも拾わないレベル)
なぜなら遅刻しないために。
今朝は寝坊したので駅まで送っていたのですが助手席で、
イライラ
苛々
ため息
「嫌だな~」というから
「学校が?」と訊いたら、
「駅で全力で早歩きするのが嫌」
「それなら遅刻すればいいじゃん」と言ったら、
「はあ?それは絶対、嫌」
自分のしたこと(寝坊・夜更かし)の結果なんだから事実を受け入れればいいのに・・
と思ったときに結構これと同じこと、
いっぱいあるんじゃないかと思ったんです。
苛々してる理由に。
仕方がないって諦めるのって、
一般的に良くないことだと
言われてるかもしれませんが40代になると、
「無理が通れば道理が引っ込む」
みたいな力技がきかなくなる。
諦めるから「どうすればいいか」を考える。
自分にお手上げすることも、
時には大切なんじゃないでしょうか。
一般的な「母親像」「キャリアウーマン像」は、
私には不可能でした。
成績がオールAできた人は、
「自分が本気になれば、やってやれないことはない」
と思っているのかもしれないけど、
育児が始まり、家事が増え、
タスクが増えていく中、何かを犠牲にしていないか。
見直す時間=内観は、マストだと感じます。
自由に自分を活かすために。
今朝、東京都が「育休」を「育業」という呼び方に変える。
というテーマをニュースで取り上げていました。
「休み」ではなく「仕事」にすることで、
男性も育児への参加を促すという意図があるとか。
女性が取る時も、育業と呼ぶんですかね?
なんというか、
「仕事」だと思えば割り切れる。
そんな社会人の思考を逆手にとっているのでしょうが、
子供を産んだからには育てるのが仕事だから。
それはパートナーで分担するものだから。
間違ってないけど、
どんどん本質から外れていくような気がする。
人生とは修行であるという仏教の思想からかしら?
(きっと、そうじゃないよね)
娘は今日も暑い中、早歩きしたんだと思う。
間に合った喜びを感じてるんだと思う。
いつか早歩きが出来なくなったら気付くのか、
それとも早歩きしないでも間に合わせられる人になるのかな。
それとも、私のように謝って許してもらう人になるのかな。
昔は、そんな人には、なりたくなかった。
プライドが高く、許す側ならいいけど、
許されるなんて、許せなかった(笑)
だけど許してもらって、初めて完璧主義の厳しさを手放せるのかもしれない。
優しさにつけ込むのではなく、
優しさに感謝して…
さあ、仕事に戻ります。
それでは!



