内観ゼミって、どんなところ?
受講者さんにインタビュー!
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内観ゼミご感想
落合麻美子さん
◆今すぐできる防災講座主宰
◆誰でもすぐできる豊かな暮らしのご提案
🐝ハチミツのオンラインショップ
◇子ども(小4娘・小1息子)
◇駐妻経験あり(中国・5年駐在)
◇防災備蓄収納1級プランナー/ nanaturalハニーアドバイザー/整理収納アドバイザー
薄ら笑いを浮かべる自己紹介は、自分が紹介できてない
内観ゼミって、チェックインっていう
「今朝の自分の気持ちや状況のシェア」
から始まるじゃないですか?
気づいたらテキスト広げないまま45分たってたりして!
「え?これ大丈夫?」って思ったりもするんですけど。話していたことが、いざ開いたらテキストの内容と繋がってて新鮮でした!
他の起業塾や講座だと自己紹介から始まるので、
つい用意した内容を変な薄ら笑いを浮かべて話しちゃうんですよね。
ー「変な薄ら笑い・・でもわかります(笑)」
どんどん「わたしという人」が分からない自己紹介になっていく感じ。
最初のチェックインから「今のわたしが垣間見える」というところに新鮮味を感じています。
内観ゼミを受けるとき『期待』は、ありましたか?
ー色々な講座を受けてこられたとお聞きしていますが、
今回内観ゼミを受けるにあたり『期待』は、ありましたか?
いつも他のセミナーで、無意識になんですけど。
「この講座を受けたら、こうなれるに違いない!」
っていう期待を胸に参加しては、
「あれ?なんか違う」っていうのを繰り返してたんです。
だから「内観ゼミで変わりたい!」とか
「変えてもらいたい!」という期待をしないように
ガチガチになって参加しました(笑)
期待というより興味、が大きかったかもしれません。
インスタグラムで
「内観研究所はじめまーす!テキスト作ってまーす」
というところから見てたので、ずっと興味はあったんです。でも少し「ふーん」って感じもあって。
ーふーん、がどんな風に変わったんでしょう?(笑)
SNSでお二人の人柄や、
講座を受けた人の感想は見ていたけど、
不安があった。
だってそれは私の体感ではなかったから。
お二人と話す機会があって
話してみたら安心に変わりました。
そこから急にインスタライブで全然心に響かなかった言葉が、ぐっと入ってくるようになったんです。
ただの「興味」から「関心」に変わったのかもしれません。
ーありがとうございます!
インスタライブでは「このフレーズが刺さった」って、ありましたか?
インスタライブで、お二人が話している時って
「私が私が!」って感じはしなくて、
どちらかが話しているときは「うんうんうんうん~」って、聞いてる時の雰囲気ですね。
お二人の空気感というか。
包み込まれる感じで、
「話を聞いてくれそう!」って感じました。
インスタライブの雰囲気
投稿の文章の中で
『オールA子さん』『完璧主義』『長女気質』って、
よく見かけたんですが「それ全部わたしだわ」って。
ただ完璧主義については最初から自覚があったわけではなかったです。
むしろ完璧に出来ないから、完璧主義じゃないわ
って思ってたんです。
でもライブの中で
「完璧主義は、なんでも完璧に出来る人ではなくて思い通りにしたい人」のように、おっしゃって。
それまで周りから
「落合さんって完璧主義っていうか、上手くやりたがるよね」
って批判っぽく(聞こえることを)言われたことを思い出して。
いつまでも100点は取れないけど、
目指したがるところが完璧主義なんだ!って
「わあああああああ」って(笑)
ー気が付いたんですね(笑)
そうそう。
「私が分かってなかっただけなんだ」
ー「内観ゼミって、何をするんだろう?」って、
今まさに興味段階の人がこれを読んでくれてると思うんですけど、
落合さんにとって「内観ゼミは何をしている時間」ですか?
すごくありきたりになってしまうけど「自分探し」
です。そんな陳腐な言葉では現わせないんですけど。
「自分を知る」
「わたしを知る」
「自分探し」
今まで色々な講座でやってきたけど、
今まで出会えなかったんです。
例えばある講座で、ワークを書いて行くんですが、
「見せなくていいから!」言われるんですね。
自分がノートに書くだけだと自分の世界じゃないですか。自分で探せないから受けてるのに、自分で書くだけだからまた探せない。(笑)
「書くことが大事なの!」って言われても、あんまり書けてないし!
でも「書けてないです」とも「見て下さい」とも言えなくて。
「書いてるうちに自分で気付くの」と言われても、
見せると思っていい子ちゃんで書いてるから、
自分の本心を書いてるわけでもない。
ー一同、苦笑い
自分のことを話すって、
夫や友達に話しても何も返ってこないじゃないですか。
ううん、返ってきたとしても、
わたしが「そんなこと言われたって!」って
噛みついちゃうんですけどね。
それで「わたしの気持ち、全然分かってくれない!」
って思ってたんです。
今思えば、わたしが分かってなかっただけなんだけど、、って、いうのを気づける場!(が内観ゼミ!)
「わたしのこと、分かってくれてない。特に夫!」
と、本気で思って人のせいにしてばかりいました。
昨日も「話を聞いて!構ってくれてない!」
って怒ってたんだけど、夫は「え?話は聞いてるよ」って。
確かに「うん、うん」って聞いてくれてるなあって、
それっていいじゃない、と
内観ゼミを受けて思うようになってきました。
わたしが幼稚なのかなって、
それが嫌だと思ってたけど、って昨日も内観。(笑)
夫、そして母のことになると温度が変わる
ーまだゼミの途中(インタビュー時点)ですし、
これから内観していくと気づくことも増えそうですね。
そうですね、夫や母のこと。
夫の話になると暑くなりますが、母の話は泣いちゃいそうな感じ。
だから最後までいつも言えないし声が低くなっちゃう。
ーお母さんの話になると「心配性の顔」が見えているような気がします
ここにいないのに、
「こう言ったらどう思うだろう(母が)」
と、考えちゃいます。
この答えは母にとって正解かな?って。
ーいつも「お母さんの正解」を求めてるなって
内観ゼミ受ける前から気が付いてました?
結構気が付いてました。
母と意見が違ったときに、
たいしたことじゃなかったら合わせちゃったり。
例えば結婚してから実家に入る時に
「ただいまー」って言ったら
「ただいまじゃないでしょ、嫁いだんだから」
って母から言われた時があったんですよ。
でも「ただいまくらい言わしてくれよ」
って思ったんですけど。
母からしたら、それは正解ではないから
「こんにちは」とか「お邪魔します」って言ってるんですけど、心の中では「わたしが生まれ育った家なのにな」って思うんです。
でも、そう思ってるって自分が知っていたら、
母が安心するなら合わせておけばいいのかなって、今は思っています。
子供のころから「母の正解」を探してるから、
大人になってるからもやってるって気が付きました。
わたしが自由な発言をすると母はびっくりするから、
あまり言わないようになりました。
母はストレスがたまると、
黙ってため込んで帯状疱疹とかできちゃう人なんです。
だから、わたしが大丈夫なときは合わせて、
母の正解を言ってたらいいのかな、って。
ただ、わたしのストレスになる時もあるとは思うんですけど。
ーそういう話って、内観ゼミを受ける前は
1人で考えていたんじゃないですか?
そう、1人でした。誰にも言わなかった。
言える場所がない、とも気付かなかったですけど。
夫や父に言っても「へー」で終わっちゃうから(笑)
お友達に話しても
「大丈夫!分かる分かる!でね・・」って、違う話題に早く移ろうとされる気もして、
こちらとしても相手が興味ないのに話すのも…ってなりますしね。
ー友達に話すのと内観ゼミで話すのって何が違うんですか?
本気で聞いてくれてるって気がします。
みんな(友達)も忙しいとか興味ないとかあるかもしれないし、
もしかしたら本気で聞いてくれてるのかもしれないけど、
わたしが求めてる答えじゃない答えが返ってきてるのかもしれない。
内観ゼミでは、答えが合ってるとも間違ってるとも言われないし責められることも、逆に「凄い」って持ち上げられることもないし(笑)
淡々と聞いてくださって、
わたしが思ってもなかった角度から言葉をもらえると、
そこからまた内観が始まって…
こんなわたしもいるんだって気付いたり。
今まで味わったことない感覚です。
友達でも家族でもない、でも本気で聞いてくれる。
それが安心で、嬉しいって感じました。
初回緊張して、実は汗かいてたんですけど(笑)
内観ゼミ初日は・・
テキストできてないし、どうしようって思いながら参加して。
でも話すことは好きだから、
いざ話し始めたら参加者さんみんな頷いたりしながら
じっと聞いてくれて。
嬉しかったんです。
「美味しいもの食べた後」みたいな
「満足」という感覚。
いつも未完了で1日が終わるんだけど、
今日これでいい!って満たされた感じでした。
いつも人と話してると
「もっとこう言い返せばよかった!」って、
思っては自己嫌悪に陥ったり。
もっと今日あれもやれたのに!って思いながら、
でもまあいいじゃない、っていう自分もいたりして。
いつも不満足でした。
(動画12:45〜の話が面白い)
自分探しの『自分』は足元にあった
15年間バレエを続けていたけど
「目標があったからで楽しかったわけじゃない」
とゼミで話しましたが、それだけでもないなと思います。
でも15年間だから、
わたしの色んなことが織り交ざっているエピソードなんだろうなって思いました。
悪いことだけでもなかったな、と。
わざとネガティブだったことにして、
これ以上傷口に塩をぬりたくないとか、
臭い物にふたをするって感じで、
受け流してきたかもしれません。
「このことをずっと考えていても生活なりたたないしね」みたいに思っていたから。
でも頭の隅にチリチリ残ってるんです。
でもその時にチリチリを掘っていかなかったから、
それを思い出すと涙出ちゃうし、
受け止めてくれる人もいなかったから、
出さないようにしてたところは、あるかもしれない。
そして誰かに触られると、防御してた。
「さばさばしてるし、強い」って
自分のことを思ってたから。
でも今は「蛇みたい。ずっと覚えてそう」
って思ってます(笑)
理論派のさばさばした女性に憧れて、そんな女性のボディスーツを着て色んな場に参加してました。
本音を言ってと言われても、本音ぶってた。
アドバイスを実践しても、うまくいかず違和感が生まれてきた。
「落合さんではなく、まみちゃんって感じ」
と言われるようになって、
憧れから「わたしってサバサバしてる理論派な人」って思い込んで、
「みんなついてきて!」って思ってたけど、違ってたと気付きました。
誰かのせいにして自己嫌悪を感じて、
違ってたって認めたら急に楽になりました。
そしたら全然サバサバしてなかった!
実家でも自分の過去のデスノートを発見したんです。
それで再確認!
周りからフィードバックされても否定してたけど、
昔の自分のノートで気が付いた。
自分探しの自分は意外と足元に、あったんです。
でも受け流してたから、なかったことにしていた。
これはデスノートではなく内観テキスト
内観は一生していくんだと思う
ーボリュームいっぱいのインタビューでした!
改めて内観ゼミは、どんな方にお勧めですか?
いつも1日終わったときに満足感がない人。
寝るときに「あれもできなかった」とか
「子供があんなふうだから」とか
「こんなわたしは惨め」とか、
いつも間違いなのかを気にして正解を探す人とか。
目の前の人が不機嫌にならないように
相手の答えに合わせちゃってる人、
そしてそのことに気づいてない人とか(笑)
話そうとすると涙が出ちゃうような人。
傷をこじあけたくなんだよね、というような。
でもね、ほじくり返しても実は傷つかない。
実は満足するんです。
1人で深刻になりすぎてるだけで。
案外自分で自分に重しをつけてただけなのかなって。
たいして重くないことを、すごく重くしてたから、
深海から陸に上がればたいしたことなかったな、って。
内観は一生していくんだと思う。
片付けみたいに。
自分の内面を見つめるのが苦しいと思ってたから、
受け流してきたけど、たいしたことじゃないと分かったら、
その場で内観していった方が楽な自分でいられる
って知っちゃって、知れたわたしは得したわ!
って思います。
このまま50代、60代になってたら、
結構重い人になっていたかも。
母をみていて身体も壊していたかもしれないと。
きっと内観を知らなかったら
20年後は母みたいになっていたと思うから。
今の母の不調は重くないことを重く考えていることが
あるのかもしれない、と感じます。
祖母から母に、母から私に、
その傾向って受け継がれていってるのかもしれない。
でもわたしのところで薄まって
娘はどんどん軽やかになって欲しいです。
今は
「毎日、晴天」って感じ。
実際は曇ってる日もあるんだけど、
「曇ったらだめ!」って今まで思ってたから。
大雨なんてなったら自分責めでしたもん。
今は別にいいんだって、思えます。
毎日晴れてなくても。
そんなこと、知らなかった。
~編集後記~
落合さん、こと、まみいは真面目で、
こうであらねば、こうであるべきと
自分にも他人にも厳しいところがあります。
その厳しさは今審美眼という才能になって
活かされているのでは、、、
彼女の独特の言葉のチョイスと
インスタグラムストーリーズでみかける
美しい写真を通して彼女の世界は正解ではなく
美しさを見出すことへ変わっていっているな
と感じます。
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