Promise 【Ⅲ】
結局、その日は辺りが真っ暗になった頃に、ようやく戦へ向かっていた全員が帰って来ることが出来た。
朝に出陣したほとんどの連中は・・・もう、二度と話すことなど出来なくて・・・
いつもの様に「お帰り」と言ってみたけど、笑いかけてくれることもなかった。
それから皆でお墓を作って、お酒を供えて。
手を合わせながら、「お疲れ様」と言ってあげた。
私の言いつけ通り、ここに帰ってきてくれた四人は・・・
さすがに無傷で済むことはなかったけど、命に係わるような大きな怪我もなく。
疲れているだろうに、笑顔を向けて「ただいま」と言ってくれた。
ご飯の準備と怪我の手当てを終え、各々が寛いでいる様子を見て、当たり前の様に感じてしまっていた幸せを改めて噛み締めていた時、ふと、あの四人がいないことに気がついた。
お風呂はとっくにあがっているはずだから・・・いるとすれば、あの場所。
外に出てみると、案の定、屋根の上に銀ちゃんと辰馬が。
下には、ヅラと晋助が座っていた。
そこからは、皆が眠っているお墓がよく見渡せて・・・
きっと、それぞれ思うことがあるのだろうと思ったから、そのまま家の中へと戻ることにした。
私が去った後、四人があんな会話をしていたなんて―――
その時の私には予想も出来なかった。
「決めた。ワシは宙に行く。」
「・・・あ?宙?」
「おう。こげな戦ばしたって、無意味なだけじゃ。おまんらも、そんなこととっくにわかっちょるじゃろ?・・・温い考えかもしれん。じゃが、ワシはもう仲間が死に逝くところなんぞ見とうない。・・・大事な人間が、悲しむところなんぞ、見とうないんじゃ。」
「大事な人間・・・ね。で?宙に行って、何すんだ?」
「宇宙にデッカイ船浮かべて、星ごと掬い上げる漁をするぜよ!」
「・・・随分とスケールのデケェ話だな。」
「これからの時代、必要なんは武力でも思想でものうて利益じゃ。」
「フッ。お前らしい考えだ。」
「さっすが。金持ちは考えることが違うわ。」
「あはははは!」
「お前には、ちんまい漁なんざ似合わねぇ。派手に暴れてこいや。」
「おう。おまんらも、ここで派手に暴れりゃいいきに。」
「言われなくても、暴れるに決まってんだろーが。」
「じゃが・・・アイツとの約束だけは守ってやってくれ。」
「・・・当然だ。俺が約束を破る訳がない。」
「俺は守れねぇ約束なんざしねぇ・・・」
「あ、高杉っ!テメェ、何カッコつけたこと言ってやがんだ!」
「るせぇ。デケェ声出すんじゃねぇ。」
「おまんらには無駄な頼みじゃったか。」
「ったりめぇだ。女との約束なんざ破ったら、後が怖ぇからな。」
「任せたぜよ。」
「そう言うお前も、守れなかったなどと言う失態を犯さぬようにな。」
「バーカ。それこそ無用な心配だっての。」
「バカじゃない、桂だ。・・・それも、そうか。」
「女に関して、コイツが真剣にならなかったことはねぇからな。」
「あはははは!人聞きの悪いこと言うモンじゃないぜよ。」
クリスマスパーティーの続きを楽しんでいた連中だったが、戦での疲れには勝てず、お腹が満たされると途端に眠りにつくのがほとんどだった。
そのせいで、パーティー用にと用意していたたくさんのパウンドケーキは、結局出せず仕舞いとなってしまった。
日付が変わり冷え込んできた室内では、あちらこちらで寒さに身体を竦める姿が窺える。
ケーキを切り分けて袋に入れ、毛布をかけるついでに皆の枕元へと置いておくことにした。
そんな中、外から戻ってきた辰馬に「話がある」と言われ、私が自室にしている小さな部屋へと招き入れた。
辰馬や他の連中が部屋に来たことは何度もあったが、何故だか今日はいつもと空気が違う。
酷く緊張して、落ち着かない。
辰馬は部屋に入るなり、窓から月を見上げて黙ったまま。
その横顔は、つい見蕩れてしまうほど輝いて見えた。
「・・・ねぇ、辰馬。話って・・・何?」
手持ち無沙汰でいた私は、思い切って問いかけてみた。
すると、実の付いた枝を懐から取り出し、私へと差し出してくる。
「・・・コレって、ヒイラギ?」
「そうじゃ。西洋ヒイラギ。この時期になると、よう見かけるじゃろ。」
月明かりに照らされたヒイラギは、緑の葉っぱと赤い実を付け、クリスマスを感じさせる色合いになっていた。
「昨日、戦の途中に見つけてのう。何となく、持って帰ってきてしまったんじゃ。」
「そう、なんだ・・・」
いつもなら、必ず相手の顔を見て話をする辰馬が、珍しく宙を見遣ったまま続ける。
「ワシは、宙に行く。」
あぁ、やっぱり―――
辰馬が何を言おうとしていたのか、わかっていた訳ではないのだけれど・・・
表情から、何かを決断したと言うことだけは伝わっていた。
何て言葉を返したらいいのか・・・
私がそれを迷う理由は、辰馬のことを好きだと思っているから。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか。
辰馬は、こんなことを言ってきた。
「・・・おまんも、一緒に行かんか?」
それは、私にとっては予想外の発言であり・・・
そう言ってくれたらいいなぁ・・・と思っていた言葉でもあった。
だけど・・・
さっきまで真剣な表情をしていた辰馬の顔が、フッと緩んだ。
「・・・なんての。冗談ぜよ、冗談!あはははは!」
「じょう・・・だん・・・?」
「おぉ。ビックリさせてしまったかのう?」
俯いていた私の頭を撫でながら、顔を覗き込んでくる。
「・・・・・・んて。」
「お?」
「冗談だなんて・・・言わないでよ・・・・・・私は、ほんとに・・・!」
言い終わらないうちに辰馬が名前を呼んできたので、私の言葉はそこで途切れてしまった。
「ワシから言い出したことじゃが・・・おまんば一緒に連れて行くことなんぞ出来んぜよ。」
「・・・どう・・・して?」
「ワシは、まだまだ器の小さか男じゃき・・・これからのこの国ばよくしていこうと思う気持ちと、ここにおる連中の志を背負うだけで手一杯じゃ。」
そう言って、自分の両の掌を見つめて自嘲する。
「ほんとは、ワシも連れて行きたいと思うちょる。じゃが、今のワシには人一人の人生を背負う余裕はない。まして、それが大事に思っちゅう人間なら尚更じゃ。」
・・・何だか、サラッと嬉しいことを言われた様な気がする。
あまりに自然すぎて、つい聞き逃してしまいそうになるほど。
「・・・ズルイよ、そんなこと言うの。」
「・・・やっぱ、そう思うかの?」
ヒイラギを握り締めていた私の手に、包み込むようにソッと触れてくる。
「このヒイラギの枝が木の幹となって、実をたくさん付けた頃・・・ワシはここに戻ってくる。器のデカイ男になって、おまんば迎えに来る。だから、その時まで・・・待っててくれんか?」
言葉に出来ない想いが溢れて、コクリと頷くことしか出来なかった。
それを見て、掴んでいた手の薬指に吸い付く様に口付けてくる。
その晩、しばしの別れを惜しむ様に寄り添う私たちを、月明かりが優しく照らし続けていた。
いつの間にか眠っていたらしい。
差し込んでくる日の光を感じて目を開けると、隣にいるはずの姿はもうなく・・・
代わりに、辰馬の羽織がかけられていた。
確かめた訳ではないけれど、何となく直感でわかった。
―――辰馬は、もうここにはいない。
羽織をギュッと抱きしめると、土の匂いと血の匂い。
そして、辰馬の匂いがした。
ついさっきまで一緒にいたけれど、しばらく会えないのだと思うと妙に懐かしく感じる。
「行ってらっしゃい。」
言えなかった言葉をポツリと呟くと同時に、涙が頬を伝った。
寂しくないと言えば嘘になる。
現在進行形で会いたいと思ってしまっているのも確かだ。
でも。
ここに帰ってきてくれると。
私を迎えにきてくれると。
辰馬はそう言った。
だから、待っていてくれとも。
その言葉だけで、私はこの先を迷うことなく歩いていける。
他の誰でもない、辰馬がそう言ってくれたのだから。
水の入った器に挿していたヒイラギの枝を手に取るとそのまま裏庭へ向かい、庭の真ん中にそれを植えた。
殺風景なその場所に、ポツンと映える赤と緑。
庭を彩るこの木を二人で見られる日が早く来ます様に・・・
そう願った。
「・・・おま。墓前じゃねぇんだから、手ェ合わせんのはおかしいだろ。」
つい、合掌するみたいにお願いをしていた私に、後ろから声がかかる。
誰もいないものだと思っていたので、驚いて振り返ると
「・・・あ、銀ちゃん。はは・・・そうだよね。」
更に、その後ろにヅラと晋助も立っていた。
「・・・KY」
「あ゙?んだと、高杉!もっぺん言って・・・」
「同感だ。今のタイミングはないな。」
「なっ・・・!重っ苦しい空気よりマシだろーが!」
きっと、私のことを気にして見に来てくれたんだろう。
言い合いをしている三人の様子に、おもわず笑ってしまった。
「・・・ぷっあはは!銀ちゃんのKYは今に始まったことじゃないって!」
「オイ!お前までそんな・・・」
「でも・・・ありがとね。ヅラと晋助も。」
笑顔を向けた私に安心したのか、皆も笑顔を返してくれた。
「・・・枯らすなよ。」
「わかってますよー。」
そんな風に過ごしたクリスマスの翌年。
攘夷戦争は、終幕を迎えた。
~To be continued~