Promise 【Ⅳ】
―――あれから数年。
攘夷戦争が終わり、思い思いの道を進み始めた連中は皆ここを旅立って行き、残っているのは私とヒイラギの木だけとなった。
終戦になってすぐ、晋助は数人の仲間と共に姿を消した。
風の噂では、相変わらず鬼兵隊を率いて攘夷活動を続けているらしい。
何でも、警察から目を付けられるほどの“過激派”なんだとか。
その話を聞いた時は、「晋助らしい」と笑ったっけ。
やっていることはどうであれ、元気ならばそれでいいと思った。
晋助がいなくなってから少しして、ヅラもここを後にした。
ヅラも未だに攘夷活動を続けているのだけれど、晋助とは違い“穏健派”と言うことになっているそうだ。
たまにここの様子を見に来てくれる唯一の人間で、その時に他の連中の近況などを報告してくれる。
皆がいなくなった後も、最後まで残ってくれていたのは銀ちゃん。
何気に、私のことを一番気にかけていてくれたのではないかと思う。
だけど、ある日突然、何も言わずにフラッといなくなってしまった。
心配はしたけれど、銀ちゃんのことだからどこかでうまくやっているんだろうと思っていた。
そしたら、その何年後かに“万事屋”と言う何でも屋をやっているのだとヅラが教えてくれた。
それもまた、銀ちゃんらしいなと思った。
残されたヒイラギの木は、立派と言える程ではないが順調に成長している。
この木が無事に成長していくのを見ていると、辰馬も無事でいる様な気がして安心する。
私も、相変わらずな日々を過ごしていた。
クリスマスの時期になると、ソワソワしながら辰馬を待ってみたりして。
それももう何度目となったのか・・・
「今年こそは・・・」と思っていたその年も、もうクリスマス当日。
顔を見せに来てくれたヅラと一緒に、縁側に座ってぼんやりと庭を眺めていた。
「随分と大きくなったものだな。」
ヒイラギの木を見つめたまま、ヅラが口を開いた。
「・・・うん。あの頃は、細い枝だったもんね。」
「・・・アイツは、まだここへ戻らんのか。」
ヅラから、辰馬が“快援隊”と言う星間貿易業を営んでいることは聞いていた。
そして、時々ヅラに何かを送りつけていると言うことも。
ただ、辰馬本人が来ることはほとんどなく、主に部下の陸奥さんと言う人が届けてくれているらしい。
「案外、そこでの生活が楽しすぎて忘れちゃってるのかもしれないね?」
思いたくはなかったけれど、心のどこかで湧き上がっていた感情が口をついて出てしまった。
胸がチクリと痛んで、少しだけ鼻にツンとした感覚が残る。
ヅラは何かを言いかけて口を開いたけど、私の顔を見るなり、また黙り込んだ。
冷たい風が、ヒイラギの葉をサワサワと鳴らす。
どうやら今日は、ホワイトクリスマスになりそうだ。
寒さに首を竦めると、ヅラが巻いていたマフラーを私の首にかけてくれた。
「言わずともわかっているのだろうが・・・坂本がそんな人間じゃないことを一番よく知っているのはお前ではないのか?」
・・・そう。
言われなくてもわかってはいる。
この国の未来を・・・私たちの未来を・・・
そう考えて、頑張ってくれている辰馬の気持ちは嬉しい。
だけど・・・今の私には、この先の未来よりも今が大切で。
そこに辰馬がいないことが、堪らなく寂しい。
ヅラを見送った後、再び庭へと向かった私は、ヒイラギの木に話しかけた。
「わかってる・・・・・・でも・・・私は、辰馬が・・・・・・辰馬がここにいてくれるだけで・・・傍にいてくれるだけで、十分なんだよ・・・?それなのに・・・どうして・・・・・・」
ずっとずっと我慢していた想いと涙が、堰を切ったように流れ出る。
そんな私の心と同化するかの様に、鉛色の空からは雪が落ち・・・
瞬く間に、辺りを白く染め上げていった。
それでも私はそこから動くことが出来ず、滲む視界の中、雪を纏ったヒイラギをただただ黙って見つめていた。
「風邪、ひくぜよ。」
きっと今の私を見たら、辰馬はそう言ってくれるだろう。
笑いながら、頭に積もってしまった雪を払って。
冷えた身体を包み込んで、抱きしめてくれるんだ。
ポンポンと髪や肩に触れる手の感触。
ギュッと回される長い腕。
まるで、辰馬がそうしてくれているかの様に感じられる。
「すっかり冷えて、しまったのう。」
耳にかかる吐息は、暖かくてくすぐったい。
それから、耳慣れた声が私を呼んだ。
「た・・・・・つま・・・?」
幻覚だと思っていたそれは、全部本物で。
気付けば私は、後ろから辰馬に抱きすくめられていた。
「・・・ただいま。」
「お・・・そいよ。馬鹿・・・・・・お帰り。」
振り返れば、あの頃と変わらない笑顔がそこにあって。
溢れ落ちていた私の涙も、ピタリと止まってしまった。
「元気にしちょったようじゃのう。おまんも、この木も。」
「・・・うん。」
「あの頃と変わらずにおってくれて、ワシは嬉しいぜよ。」
「この木が大きくなった分、私も年とっちゃったけどね。」
「はは。それはワシも同じじゃ。」
「辰馬は・・・うぅん。辰馬も、変わってないね。」
「・・・そう、かの?器のデカイ男になれるよう頑張ったんじゃが・・・」
「変わってないよ。」
「そう・・・か。」
「あの頃と変わらず、優しくて温かくて・・・器の大きい、私の好きな辰馬のまま。」
笑ってみせると、辰馬も照れ臭そうに笑った。
「何も変わっちょらんワシじゃが・・・これからの人生ば、ワシに預けてくれるか?」
「・・・うん。」
「頼りなくてもいいがか?」
「うん。辰馬がいてくれるだけで、私には十分心強いよ。」
「・・・そうか。」
何だか無性に恥ずかしくなって、胸に顔を埋めた。
けれど、辰馬が顎に手を添えて上を向かせるので、自然と目が合ってしまった。
絡み合った視線は徐々に近づき・・・目を閉じたと同時に、唇が軽く触れ合う。
それは一瞬のことで、顔を見合わせると、どちらからともなく笑い出した。
「このヒイラギ、ちゃんと役目を果たしてくれたようじゃのう。」
「・・・役目?」
何を言っているのかわからず、不思議そうに辰馬の顔を見上げた。
「知らんか?ヒイラギは魔よけの効果があるんじゃ。」
「魔・・・よけ?」
「おう。」
「え・・・魔よけって、もしかしてここって何か出るの!?」
「あはははは!違う違う!」
辰馬があまりにもおかしそうに笑うから、ムッとして聞き返した。
「じゃあ、何?」
「いや・・・ワシがおらん間に、おまんに悪い虫が付かん様に・・・と思っての。」
「・・・悪い虫?」
「銀時とかヅラとか高杉とか、いっぱいおるじゃろ。」
思いもしなかった言葉にポカンとしていると、また笑われてしまった。
「ワシのこと、ちゃんと待っててくれて、よかったぜよ。」
「・・・・・・当たり前じゃん。約束、したでしょ。」
「そう、じゃの。」
「ありがとう。ちゃんと帰ってきてくれて・・・」
「ワシの方こそ、待っちょってくれてありがとうのう。」
離れていたこの数年、どんな風に過ごしていたかを伝えるには、まだまだたくさんの時間が必要だ。
だけど、会えずにいた時間の寂しさを埋めるのには、この笑顔一つで事足りる。
「メリークリスマス。」
「メリークリスマス。」
―――聖なる夜 冷たい雪が降るこの街に、笑顔が再び戻った。
~End~