まずは、桜湯が出される。
その後、京の地酒桃の滴を盃に注いでくれた。
古の京の都、聚楽第で花見をしているようである。
目の前には桜の枝が…
そして、最初の料理がリクエストしておいた京都の白筍、それも美濃山の筍を使ったものだった。
香りがよく栗のような風味と絶妙な歯触りがたまらない。
続いて椀物が届けられる。
出汁が高貴な品さえ感じられる素晴らしいものだった。
よく仕出し屋が関東のお客さん用に味を少しだけ濃い目にしたようなものではなく、純粋に京都人用にひかれた出汁であった。
さらに腕の出汁の中に浮遊しているものを見た方は何だと思われるだろうか。
何と桜の花びらを塩漬けしたものを戻して使っていたのだ。
このスキルはまさに芸術的ですらあった。
お造りは、ヤリイカ、鮪、真鯛なのだが、美味しさが尋常ではない。
包丁の冴えが…なんていうレベルではなく、たとえば真鯛を的確に寝かせ熟成させ、最大限に旨みを引き出しているのだ。
新鮮な獲れたて、切りたての真鯛の刺身など比べる対象にもならない。
次に、遊び心を持ってこんなのを作ってみましたとこっそり言いながら持ってきてくれたのは、蒸し寿司だった。
いやあ。
こんなに美しくて美味しい蒸し寿司は食べたことがない。
思わず目を見張ったのだ。
続いて、八寸が出された。
どれも春の京都を感じさせるものでしみじみと美味しい。
特に桜鱒の木の芽焼きが良かった。
日本酒飲み比べの盃が、どんどん進んでしまう。
3種類の中では、豊漁が群を抜いて美味しかった。
焚き物は、美濃山白筍の若竹煮ならまだわかる。
さらにそれに桜鯛の兜が合わせてあるのだから恐れ入ってしまう。
食事は蕗味噌が中に入れられた白飯が出汁の上に浮かんでいるものだった。
その白飯を崩していただくとえも言われぬ美味しさに到達する。
その食事を楽しんでいたら、すみません間違えましたと言われて、筍ご飯が出されたのである。
召し上がれるのなら、両方食べていいと言うのだ。
勿論美味しく両方いただく。
またこの筍ご飯が絶品だった。
筍自体に少し味をつけるタイプである。
漬物もぬかりがなく最高だった。
デザートはいつぞやの山玄茶のように関東風のグレープ状桜餅だ。
お薄もしっかりと点ててくれた。
素晴らしい春の京料理を祇園味舌で堪能できたのである。
春の京都は早いうちから予約でいっぱいになるので注意が必要だ。