日本郵趣界をリードするStampedia founder's blogで、国際切手展出品のリスクについての記載がありました(CHINA 2021, HONG KONG 2022 等4つの展覧会の開催から思うこと)。色々と考えさせられる内容でした。
こちらは、全く耳が聴こえないこともあり、例えば、税関とかで突っ込まれたら、切り返せる自信が全くありません。英会話は行われるもの、英語で書いて通じなかった経験もあります。コミッショナーに帯同して、手伝うのが精一杯です。コミッショナーの負担は大変なもので、数十フレームの作品が入ったケースの重さだけでも相当なものです。出品が多い時は、ケースがいくつにもなります。そして、総金額は、最軽量級のコレクションを作っている身としては、あの中の1枚だけで????万とか、考えるだけで、目がくらみます。インフレカバー収集なので、切手の額面の桁の多さには慣れていますが、全く意味が違います。
幸いに、複数のコレクションを持っているため、切手展に応じて、作品を選んで出品出来ます。現在2つある旗艦級コレクションは、コミッショナーに帯同して、自分で持ち運びするようにしています。逆に、その他は、状況にもよりますが、コミッショナーに委ねることもあります。先ほど、中止と決まったNZ2020は、コミッショナーに帯同出来ないので、万が一も考えての出品でした。幸いに、作品がNZ入りせず、日本にまだあった時なので、速やかに無事に作品が戻ってきました(アジア切手展 NZ2020 作品戻る)。これだけでも、ギリギリの中止を決定した主催者や、どうなるか分からない中、きちんと無事作品を戻してくれたコミッショナーに感謝です。また、出品料が返金されるかどうかとかの残務が残っており、コミッショナー任務完了ではありません。2年後に延期となったLondon2020(ロンドン2020展は延期となりました)のコミッショナーは、もっと大変でしょう。情報に疎いのですが、状況から見て、詳細が決まっていない状況だと思われます。出品予定だった作品がそのまま出品できるのか、支払った出品料がそのままなのか、出品辞退した場合は返金されるのか他の出品に変えられるのか、追加申込はできるのか、等々、山積みでしょう。London2020には、2つある旗艦級コレクションの片方の出品が受理され、コミッショナーに帯同する予定だった身でも、固唾を呑んで見守るしかありませんでした。コミッショナーに問い合わせすら出来ません。情報に疎い身であっても、コミッショナーも分からないのは推測できます。そういった中で、最善を尽くすコミッショナーには、感謝しかありません。逆(?)のケースもあります。日本国際切手展2011(PHILANIPPON 2011)では、予定通り開催したのですが、フクシマの影響でキャンセル国が複数出たのでした。裏では色々と大変だったと思います。結果として、日本から出品申込をしたもの、受理されなかった作品が出品出来ることになったのです。実は、その恵みを得、2作品で申し込んで、1作品受理の所を、急遽2作品出品となったのです。大変な思いをしたのですが、今となっては思い出です。あの体験で、短期間で英語の作品を作れると分かりました(英語の方が構造的な構文なので、スタイルが出来れば、作りやすい)し、それでも、その後の経験で、シノプシスを作成して、審査員へアピールを強めることが出来るなどのメリット面で、やはり、当たり前ですが、早めに作品を作った方が良いとも知ることになりました。コレクションの成長過程によって、使い分ければ良いと思います。出品することで必死になり、結果として、コレクションの急成長につながることもあります。また、出品することで、長年探し回っていたマテリアルを入手という経験を何度もしています。
国内だけでなく、外国にも出品すべきという話を見た(普通は聴くだが、こちらは見るです)ことがあるのですが、自国で開催の国際切手展に、国内から出品申込が殺到するのは、当然だと思います。自国ですから、やはり安心度が違います。但し、自国でもリスクはゼロではないので、堅牢なリーフ、中身が飛び出さないように、がっしりと四辺を閉じた適切な厚さの保護ラップを利用するなどの注意は、必須だと思っています。しかし、外国切手の作品となると、話が少々異なります。その外国切手の開催国に出品するケースについてです。出品することで、作品の存在が、その開催国の郵趣家や切手商などに知られ、色々なパイプが出来たり、願ってもないオファーが来るなどのメリットがあります。また、国内や他の外国で低く評価されていた作品が、本国で高く評価されるケースもあり得ます。逆のケースもあり得ます。特に、その作品より優れた作品と競合となれば、厳しいでしょう。
昔、外国切手のコレクションを出品するグループがあって、その辺りのノウハウの蓄積も楽しみにしていたのですが、突然としか思えない解散。聴こえないこともあって、当初は訳が分からなかったのですが、後になって、推測も含めて、薄々、事態が分かり、また、完全解散ではなく、形を変えた存続グループがあり、良いのですが、参加したり、協力(こちらの思い込みでしょうが…)し辛くなったのは事実で、残念と思う気持ちが残っています。リスクの本題から逸れましたが、思い出したので、記録を兼ねて記します。