jdeafのインフレカバー研究 -7ページ目

jdeafのインフレカバー研究

世界の超インフレーションの郵便物研究

ドイツインフレから2つ目の紹介です。インフレ切手は、1923年12月1日に販売停止、1923年12月31日まで有効でした。1923年12月中、インフレ切手が貼られたカバーは、「12月カバー」と呼ばれ、人気があります。

 

画像は、1923年12月2日、ドイツ・ブラウンシュワイク(Braunschweig)からチェコスロバキア・オーバープラン(Oberplan、現ホルニー・プラナー[Horní Planá])宛の外国葉書です。100億旧マルク切手5枚と、5新ペニヒ切手2枚が貼られています。100億旧マルク=1新ペニヒ(=0.01新レンテンマルク)なので、15新ペニヒで、特定国葉書料金に一致します。特定国料金は、チェコスロバキアとハンガリーの2ヶ国に適用された特殊な料金で、国内料金と外国料金の中間でした。2ヶ国しかない郵便料金で、12月カバーが未入手だったので、手を出した訳です。シミもあり、コンディション的に今一つです。それが、良く見ると、今年の収穫に挙げる程の物でした。まず、カバー中央の、大きな青い書き込みが目につきます。こういうのは、料金不足を示すのが普通です。でも、貼られている切手は料金に一致します。消印を良く見ると、奇妙なことに気付きます。左上の3つの消印は、1923年12月2日ですが、下側の2つの消印は、12月3日です。また、葉書印面の3マルクの上に、12月2日の消印が押された後、その消印の一部を隠すように、100億旧マルク切手1枚が貼り足されて、12月3日の消印が押印されているのが見て取れます。国内宛なら、宛先から不足料金を徴収するのですが、外国宛の場合、差出人に戻して、不足料金分を貼り足せば、良いことになっていました。割増料金は不要でした。15新ペニヒ(=1,500億旧マルク)料金の前の料金は、1,440億マルクですが、4倍料金といって、切手の額面の4倍で販売していたことから、360億マルク(360億×4=1,440億)分の切手を貼れば良く、最初貼られていた400億マルク分は、旧料金に対応しています。

シミがあって、コンディション難ありなので、競争切手展では、使い難いのですが、差出人戻しで切手を貼り足して再差出という面白い使用例を入手出来たのはラッキーです。特定国葉書の12月カバーを入手済だったら、見落としていたことでしょう。

 

インフレといえば、ドイツ。毎年、ドイツから何かしらかの収穫がありますが、今年も、色々な収穫がありました。

 

画像は、1923年9月12日、ドイツ・バルメン(Barmen)からメキシコ・メキシコシティ (México, D.F.)宛の外国葉書です。料金は、12万マルク です。外国葉書なのですが、ご覧の通り、消印が何個も押されていて、賑やか。中央に押されている黒色の ”PREGONADA.” は、スペイン語での「尋ねた」という意味らしいのですが、宛先不明で差出人戻しなのか、分かりません。外国葉書と、珍しい使用例ではないのですが、メキシコと、割と珍しい宛先で、派手に消印が押されていれば、競争切手展で充分に使えます。1つ1つの消印を丹念に追い、記述すれば、リーフに迫力が出ます。書状だと、消印は裏面に押されるのですが、葉書だと、裏面に通信文が書かれているので、表面に押されることが多く、展示にも好都合です。

今年になって、ハンガリー一次インフレが急に入手しずらくなった(100年の脚光)のだが、今回紹介するものは、年初に入手したものです。結構良い値段だったのですが、今なら、もっと入手が難しくなっていたでしょう。良い買い物だったようです。

 

画像は、1926年7月16日、ハンガリー・ブタペスト(Bdapest)からフランス・パリ (Paris)宛の外国書状です。貼られているハンガリー切手は、2,000コロナ切手2枚と、8 フィレール( = 1,000コロナ)で、新旧切手混貼です。料金は、40フィレールで、16 フィレール(= 2,000コロナ)×2 + 8 = 40フィレールと貼られているハンガリー切手の額面と一致します。問題は、下側2枚のフランスの不足料切手です。宛先のParisの下に、局留を意味する ”Poste Restante” が書き込まれ、局留です。貼られている不足料切手は、局留料金として、支払ったものです。

 

 

今年は、世界切手展・アジア切手展開催ゼロでしたが、それにもかかわらず、マテリアルの収穫がたっぷりありました。3月にオーストラリアインフレの収穫品を複数紹介したので、オーストラリア以外の、目ぼしいものを順次、紹介します。

 

今回は、ウクライナインフレから取り上げます。紹介の前に、ウクライナインフレに関して少し説明します。

  1. 1993年12月6日から、外国郵便料金は、ドル建てに。日々、ドル相場に連動して、外国郵便料金が変動。
  2. ドル連動額面の切手は、”Ж”(外国書状20g)と”Є”(外国航空書状20g)の2種類だけ。なので、外国書状20gと外国航空書状20g以外の郵便は、葉書や書留でも、ピッタリと料金が合う切手がない。10%程度の料金不足は許容された。
  3. 書留料金は、オプション料金ではなく、セット料金。要するに、郵便の種類によって、書留分の増額が違う。例えば、ドル建てに切り替わった時、外国航空葉書:0.13$、外国航空書留葉書:0.17$に対して、外国航空20g:0.20$、外国航空書留20g:0.75$といった感じ。外国葉書の書留が、$0.04という安さ。

などなどと、ウクライナインフレは、驚きの連続でした。また、葉書の少なさも泣かされます。本当に滅多にないのです。1940年代後半の中国インフレでも、葉書が稀少で、共産圏は、葉書を使わないのでしょうか。もっとも、ルーマニア、ハンガリーなどでは、葉書が豊富にあるので、違うようです。ともあれ、なかなか、入手出来なかった葉書を、複数、入手する機会に恵まれました。今回紹介するのは、その中でもピカイチのものです。

 

画像は、1995年2月21日、ウクライナ・ドニエプロペトロフスク(Dnepropetrovsk, Дніпропетровск)からカナダ・ネピアン (Nepean)宛の外国書留葉書です。料金は、$0.15 = 18,450 kb (Karbovanets:カルボーヴァネツィ) です。貼られている切手は、、外国書状20g対応の”Ж”切手です。当時の外国書状の料金を確認すると、これまた、$0.15です。たまたま、両方の料金が一致して、単貼の書留葉書が産まれたのです。実際の画像を見るまで、その可能性に気付かず、慌てて、他にも、”Ж”(外国書状20g)もしくは”Є”(外国航空書状20g)に一致する料金が存在するか、チェックしたら、”Є”に一致する外国小包(parcel)20-100gの1例があるのみでした。画像を見て初めて存在に気付いた収穫品でした。

 

 

 

 

アルゼンチンインフレ期の郵便料金をまとめた「Las Tarifas Postales En Época De Inflación 1970-1992」の郵便料金表の解読にチャレンジ。7年以上前に入手(GWの予定)してたのですが、ずっと放置でした。というのも、馴染みのないスペイン語ということもあったのですが、料金改正の多さと、一律でない値上げ率で、戦意喪失状態でした。ドイツインフレは21料金期間、1940年代のハンガリー二次インフレは27料金期間ですが、アルゼンチンのは、100回を超えるのです。インフレの激しい期間に限定すれば、かなり減りますが、それでもハンガリー二次インフレの27料金期間を超えるのは確実。しかも、国内郵便と外国郵便の料金改正日が違う。これだけでも、戦意を失いかけ。そして、ドイツインフレやハンガリー二次インフレは、全ての種類の郵便料金が、一律で、2倍とか10倍値上げと、分かりやすかったのですが、アルゼンチンのは、バラバラで、ちまちまと値上げです。日本での、葉書(5円→7円→10円→20円→30円→40円→41円→50円→52円→62円→63円)と書状(10円→15円→20円→50円→60円→62円→80円→82円→84円)と似た印象。これで、完全に戦意喪失でした。

ほぼ、郵便料金表を解読できたので、手持ちカバーの分類と整理がようやく出来そうです。

 

今年になって、ハンガリー一次インフレのカバーが急に入手しにくくなった。特に、インフレ後期に出現する新旧切手の混貼は、ヒートアップ。先日のオークションでも、本命のカバーに強気の入札をしたつもりが、落札値はその倍近くに。何で、急に?と、思ったが、ようやく、原因に思い当たる。2005年から競争切手展にチャレンジするようになったが、その辺りから、切手が発行されてから100年になると急に収集が難しい、といった類の話をよく見かけた(会話は聴こえないので、ブログなどで…)。今、最もヒートアップしている新旧切手の混貼は、1925,1926年で100年にはまだまだなのだが…。ハンガリーに、「A Magyar bélyegek kezikőnyve」 (1986年刊)というBlack Book (黒本)と呼ばれる名著があり、シリーズ毎に料金期間が明記されている。この料金期間に従って、作品を展開すれば、まず間違いなし、という代物だが、ハンガリー一次インフレでは、1920年~1926年(16料金期間)となっている。その観点なら、ハンガリー一次インフレが、今年、まさに100年になり、脚光を浴びる訳。

 

画像は、1926年9月8日、ハンガリー・ブタペストから、オーストリア・ウイーン宛の特定国書留葉書です。料金は、特定国葉書16フィレール (Fíllér) + 外国書留48フィレールの計64フィレール。貼られている切手は、5,000コロナと、8 フィレール( = 1,000コロナ)で、新旧切手混貼です。1,000コロナ(Krona) = 8フィレール (Fíllér)ですので、5,000コロナ切手は、40フィレールに換算されます。昨年までは、画像のようなカバーでも、そんなに高くならず、入手できたのですが、今後は、ウーン。

 

 

 

 

オーストリアインフレ切手の有効期限は、1925年6月30日ですが、例外があります。ステーショナリーに限って、1925年9月30日まで有効でした。

 

画像は、1925年7月7日、オーストリア・グロース・ゲルウングス (Groß Gerungs) からウイーン宛の国内書状です。1,000クローネ分の額面が印刷された切手付き封筒に、500クローネ切手が貼られたものです。クローネ切手が無効になったのを見落としたのではなく、きちんとした有効扱いです。ステーショナリーとしては、切手付き封筒より、葉書が多いのですが、葉書に、クローネ切手を貼った使用例は未入手です。額面通りの700クローネの葉書が殆どです。旧料金の50,100,200,300,500クローネの葉書に、650,600,500,400,200クローネ切手を貼り足したものがあってもおかしくないのですが、未だに見かけません。出来れば、1925年9月30日の使用例を入手したいものです。入手出来れば、最終リーフを飾ることが出来ます。

オーストリアインフレ切手の有効期限1925年6月30日を過ぎた使用例をもう一つ示します。

 

画像は、1925年7月18日、オーストリア・ウイーンからイタリア・モルヴェーノ (Molveno)宛の特定国書状です。15グロッシェン切手2枚が貼られて消印が押印されています。特定国書状は、30グロッシェンで料金が合致しています。右端に貼られている1,500クローネ切手は、無効ですが、無効を示す青枠が記されていません。そして、何故か、料金不足を示す”T”が押印されています。無効となっている1,500クローネ切手をみて、料金不足と錯覚し、”T”を押すも、合っていると判明したので、そのまま配達したのでしょうか。その際、”T”を抹消するのを忘れたのでしょうか。イタリア・モルヴェーノの消印も通常の裏面でなく、不足料を徴収したかのような位置に押印されていて、奇妙さが増しています。不足料を徴収したのなら、その金額を示す数字が手書きされるはずですが、その数字がない。”T”の押印をみて、つい、徴収する際の位置に押印したのでしょうか。

普通なら、謎解きも、ここまでで終了なのですが、1925年7月1日以降、特定国書状は、外国書状料金になった?を意味するメモがあって、困惑。もし、外国書状なら、40グロッシェンとなり、10グロッシェン不足となります。徴収した不足料の数字の金額の記入がないので、不足料徴収が面倒くさくなって、そのまま配達した可能性もありそうです。押印”T”への抹消がなく、徴収した不足料を示す数字の書込みもなく、中途半端な感じがして、モヤモヤします。現在、参照している料金表は、ミッヘルのオーストリア専門カタログです。そのミッヘルでは、外国書状料金になったの旨の記述が見当たらず。別のどこかで、その旨の記述をみつけ、後で裏付けを取ろうとメモし、それっきりになってたようです。ミッヘルのオーストリア専門カタログより詳しい文献を探し出して、調べるしかなさそうです。

オーストリアインフレ切手の有効期限1925年6月30日を過ぎた使用例をもう一つ示します。

 

画像は、1925年7月26日、オーストリア・フェスラウ (Vöslau) からレオバースドルフ (Leobersdorf)宛の国内葉書です。700クローネ切手が貼られるも、無効を示す青枠が書き込まれ、切手左側の余白に押印されています。また、料金不足を示す”T”の四角印が、葉書の左側に押されています。Vöslauの消印の一部に掛かるように、不足料切手15グロッシェン(=1,500クローネ)が貼られ、レオバースドルフ (Leobersdorf)1925年7月27日の消印が押されています。7月も下旬になり、クローネ切手が無効であることが広く周知されていたのでしょう。

不足料は、通常の2倍だと、14グロッシェンなのですが、国内書状料金の15グロッシェン不足料切手があったので、それで徴収したのでしょう。この辺りの細かい運用は、まだ勉強不足で、分かっていません。

 

 

昨日、オーストリアインフレ切手の有効期限は、1925年6月30日と記しました。その有効期限を過ぎた使用例を示します。

 

画像は、1925年7月2日、オーストリア・ブレゲンツ (Bregenz) からウィーン宛の国内葉書です。700クローネ切手が貼られ、いったん押印されたが、それを手書きで抹消され、余白に消印が押され、料金不足を示す”T”が押印されています。1925年7月1日より、クローネ切手が無効となり、まだ2日目なので、ついうっかり押印したのでしょう。