jdeafのインフレカバー研究 -33ページ目

jdeafのインフレカバー研究

世界の超インフレーションの郵便物研究

国内郵便でも、料金体系の変化がありました。1つは、国内書状で、1922年4月30日まで、20g超の重量便は20g毎の加算でしたが、1922年5月1日から、20gまで、40g、100g、250g、500g、1Kg、2Kgの重量区分に変わりました。面白いのは国内料金と近郊国は同一料金で、近郊国も同様に重量区分に変わっていることです。もう一つは、1921年2月1日から1923年7月31日までの2年半の間、ローカル料金が国内料金より少し安くなっていたことです。1923年8月1日から再び、国内料金と同一になります。
 
イメージ 1
 
画像は、1922年7月28日、オーストリア・グラーツ(Graz)市内のローカル書状です。ローカルはウィーンが圧倒的に多く、ウィーン以外はあまり見かけません。20クローネ単貼で、同じ20クローネの郵便料金は、国内印刷物があるのみです。その印刷物は最短料金期間(28日間)ということもあり、未入手です。他に20クローネというのは、国内書状10クローネと国内書留10クローネか、国内書状10クローネ期の6倍重量とかになります。
JAPEX競争出品リストがアップされていた。観るのが楽しみな作品がずらり。郵便史、テーマティク、オープンは楽しめそうだ。例年になくドイツ関係が多く楽しみ。ドイツはインフレしか集めていないのだが、良い勉強になる。一人で6作品出品があるのは驚き。
外国への郵便料金は、一般的な外国、国内と同一料金の近郊国、国内料金より高いが外国料金より割安な特定国の3つがあります。特定国は、1922年5月1日に新設されました。チェコスロバキア、ルーマニアはそれまで外国料金だったのが、割安な特定国料金に切り替わったのですが、ハンガリーは、近郊国より割高の特定国に切り替わっています。1ヶ月遅れの6月1日にイタリアが外国から特定国になり、また、インフレ末期の1924年12月1日になって、ポーランドが外国から特定国に変わっています。
 
イメージ 1
 
画像は、1925年2月9日、オーストリア・ウィーン(Wien)から、ポーランド・カトヴィツェ(Katowice)宛の特定国書留です。カバーの左下に、楕円が特徴のカトヴィツェ局の到着印1925年2月10日が押されています。外国書状は4000クローネでしたが、特定国書状は3000クローネと1000クローネ安くなっています。外国書留4000クローネを合わせて、7000クローネです。
インフレ切手のステーショナリーへの加貼は、1925年10月1日から出来なくなりましたが、ステーショナリーの料金印面は、その後も有効でした。実は、いつまで有効なのか、まだ調べていません。少なくとも、1925年末までは有効だったようです。
 
イメージ 1
 
画像は、1925年10月24日、オーストリア・グラーツ(Graz)からスイス・チューリッヒ(Zürich)宛ての外国葉書です。官製葉書に、2,7,10グロッシェン切手が貼られていて、葉書料金印面500クローネ=5グロッシェンを合わせると、外国葉書料金24グロッシェンに一致します。ワイン色の2グロッシェン切手の下に、ピンク色の200クローナ切手が貼られています。インフレ切手がステーショナリーへの加貼も無効と判明して、加貼したのでしょうか。インフレ切手が無効になっているもの、葉書料金の500クローネは有効となっています。1925年10月以降で、インフレ切手の加貼で無効になった例や、ステーショナリー料金印面の末期使用例や、無効になった例も入手したいものです。
先日、インフレ切手は、6月30日まで郵便使用が可能だったと書きました。ミッヘル・オーストリア専門カタログにそのように書かれています。但し、続きが書かれていて、1925年9月30日までステーショナリーへの加貼に限定して使用出来た、とあります。1925年7月1日以降でも、1925年9月30日までは、官製ハガキや郵便書簡への加貼は可能でした。このあたりの事情もあって、9月15日の「データベース作成開始」で、展示範囲の終了を決めかねていました。実際の作品は、ステーショナリーへの加貼が出来たという1925年9月30日までとバタバタのうちに決めました。
 
イメージ 1
 
画像は、1925年7月7日、グロース・ゲルウングス(Gross Gerungs)からのウィーン (Wien)宛ての郵便書簡です。郵便書簡料金印面1000クローネと500クローネ切手の計1500クローネは、国内書状の15グロッシェン=1500クローネでに一致します。官製葉書への加貼も同様に認められていました。
昨日、デノミは、1925年4月1日に実施と書きましたが、実は、まだ、よく分かっていません。ミッヘル・オーストリア専門カタログ2006年版の本文に1925年4月1日と記載されている一方で、巻末についている郵便料金表では、1925年3月1日から新通貨となっています。確認しなければと思いつつ未確認です。急遽、出品を決めたことで、こういう所で抜けていて、反省です。なお、ミッヘル・オーストリア専門カタログでは、新通貨の切手の発売日が未記載です。インフレ切手の消化を先にして、インフレ切手がなくなってから、新通貨切手を使い始めたという旨の記述もついています。
いきなり、脱線してしまったのですが、今日の主題は、インフレ切手の有効期間についてです。これは、ミッヘル・オーストリア専門カタログに明記されていて、1925年6月30日までとなっています。つまり、1925年7月1日から使えなくなったのです。 
イメージ 1
 
画像は、1925年7月21日、オーストリア・ウィーンから、1925年7月23日ハンガリー・Szabolcsbáka(発音読めない)宛の特定国葉書。特定国葉書料金は、18グロッシェン=1800クローネで、オレンジ色の1500クローネ切手2枚が貼られています。しかし、既に私製葉書でのインフレ切手使用は出来なくなったため、無効扱いとなり、インフレ切手の周りを無効を意味する青枠が書き込まれています。そして、ハンガリーの不足料切手が貼られています。ハンガリーでもインフレが進行していたため、額面が、2000,300,500クローナ(Krona)と高額です。更に右下に1枚貼られていた跡があるのですが、脱落しています。そのため展示作品からは外しました。インフレ切手の無効例として、ここに示します。なお、当時のハンガリーからオーストリア宛の葉書料金は、2400クローナでした。不足料は、1.5倍か2倍の料金を徴収されていて、脱落した切手は、2000クローナと推定すれば、2倍の4800クローナに合致し、4800クローナを徴収したと思われます。このようなインフレ切手の無効例は、この1通しかなく、今後、収集したいものの1つです。
JAPEXまでに、出品作品についての解説の連載を試みます。解説することで作品の理解が深まればと思います。
 
オーストリアでは、1921年2月1日に、国内葉書料金は、0.5クローネから1クローネ(Krone)になりました。そして、3年足らず後の1923年12月1日に500クローネと500倍になります。更に1年後の1924年12月1日に700クローネまで上がりますが、1925年4月に1万分の1のデノミが実施され、終息に向かいます。インフレで有名なドイツでは、1922年~1923年の2年間で500億倍で、ドイツと比べると、変な表現ですが、穏やかな印象を受けるインフレでした。それでも大変なインフレです。
 
イメージ 1
 
 
画像は、1925年6月8日、オーストリア・ウィーン(Wien)からチェコスロバキア・ポリチカ(PoličKa)宛の特定国葉書です。デノミ実施後で、新旧切手混貼です。葉書料金印面が700クローネ、紫色の大きい方の切手が1000クローネ、左端の灰色の切手が新通貨の1グロッシェンです。100クローネは1グロッシェンと換算され、合わせて18グロッシェンです。特定国は、外国料金より安い料金が設定され、当時の外国葉書24グロッシェンに対して、18グロッシェンでした。デノミ率は、10,000クローネ(Krone) = 1シリング(Schilling) = 100グロッシェン(Groschen)でした。100k(クローネ) = 1g(グロッシェン)となります。
昨日、JAPEX作品提出締切日、何とか作品を提出しました。データベースを作った後は、比較的楽でした。やはりデータを日頃から整備すべきと認識を新たにしました。カバーを整理して、収納していても、作品を作成するには、消印や宛先などの情報を明記しなければならず、更にカバーに記されている色々な情報を読み解いて、記述しなければならないので、データを整備しなければ、短時間で、解読などをして、テキストとして入力するのは結構きついものがあります。また、あいまいなままにしたものは、結構それっきり、調査することを忘れてしまい、慌てて、地名の解読などをする羽目になります。データを整備しておけば、定形文を、ほぼ自動生成した後、必要な追記をする形でほぼ済みます。全体のバランスなど、目配りする余裕が出来ます。もっとも今回は、目配りする余裕がありませんでした。考えてみれば、7月から4ヵ月足らずの間に、全日展、ソウル展、JAPEXと続き、3作品16フレーム作成していました。これから、しばらくは競争展がないので、その間に、データをどんどん整備することに努めましょう。出来るかどうか多少不安ですが、データを整備すれば、出品しやすくなるのは確かです。ウクライナ、ポーランドは、今回の有力候補でしたが、見送りました。ウクライナは、たくさんのカバーを入手したものカバー自体が未整理で、キリル文字の消印解読から始めなければならず、時間が絶対的に足りず、また、ポーランドは、二重料金という謎の部分があり未整理でした。ウクライナ、ポーランド共に、データ未整備以前の問題であるのですが、データ整備を心掛けていれば、多少は違ったでしょう。

早いもので、もう10月。涼しくなりました。明後日JAPEX作品提出締切。なのですが、まだ1リーフも…という状況。これから追い込みです。いつもののパターンですが、何かますますひどくなっているようです。ケアレスミスをなくすためにも、余裕を持って作品を仕上げたいものです。

ザ・フィラテリストマガジン第4号(試験発行2014年秋号)が発行されました。
166ページという大分量ですが、試験発行のため、PDF版は、第5号までは無料(申込はこちら)です。
イメージ 1
 
 
郵趣活動の記録では、全日展、韓国国際切手展をここまでもかと、報告してくれています。写真もふんだんに使われています。ここまで、切手展に関して、詳細な報告を書いたものは初めてみます。切手展報告以外にも、多数の記事が寄せられ、読み応えがあります。じっくりと読みたいのですが、読むのは、JAPEX作品作成中なので、作業で疲れた時の息抜きか、作品が仕上がってからになりそうです。