jdeafのインフレカバー研究 -32ページ目

jdeafのインフレカバー研究

世界の超インフレーションの郵便物研究

JAPEXでの参観は、気付いたら、聴覚障害者切手クラブのラウンジに応援に来てくれたメンバーへ、競争展の仕組みの解説に注力してました。賞が貼り出される前に、ざっと回って、採点の仕方、タイトルリーフの重要性などを説明し、高価な切手がたくさんあるけど、タイトルリーフからは、作品の構成、展開が分からないので、点が伸びないとか、説明。そして、賞が貼り出されたあと、もう一度、見て回ると、結構面白がってくれました。賞が貼り出された後、何故、この作品が凄いかを説明しても理解が難しかったでしょうが、結果が分かる前に、賞を予想してみるという作業は、競争展を知らない人でも割合楽しいと感じます。スポーツで、結果が出る前に、色々な解説がされて、観戦の楽しみが増すのと似たようなものでしょうか。
 
イメージ 1
 
画像は、1922年12月14日、ドイツ・イェーナ(Jena)から、ドイツ国内宛の書留です。宛先はまだ解読出来ていません。20マルク単貼で、それだけでも収集する価値があるものですが、このカバーのもっとも価値があるのは、切手の左側に押されている"Mischsendung"というゴム印です。これは、混合書類を意味します。実は、業務用書類とほぼ同じものとしか、理解できていません。混合ということから、業務用書類に、通信文を入れることが出来たのでしょうか。料金表に記載されているが、なかなか実物を目にすることができない類です。1通入手していたが、追加をなかなか入手出来ていませんでした。この混合書類もまた数通入手できたので、びっくりです。ただ、カバーが大きいので、競争展で展示に入れるには、ちょっと工夫が必要でしょうね。
JAPEXが終了し、今年度の競争展は、12月のマレーシアを残すのみです。マレーシアは、アジア国際切手展で、テーマティクとユース、現代郵趣の世界展も兼ねています。マレーシアには出品しないので、今日から競争展のオフです。そのオフ初日の今日、外国切手出品者の会主催の競争展ルール勉強会がありました。JAPEXで全国から収集家が集まっているのと、JAPEX翌日の祝日ということで今日開催となり、十数名が参加し、世界郵趣サミット2014のテーマ「郵趣マテリアル」を勉強。耳が聴こえないこともあり、議論に入れないのですが、断片的に入ったものを、つなげていけば、今後に大いに役に立ちそうです。アートとか、哲学的な部分とかは面白いと思いましたし。
 
イメージ 1
画像は、1922年11月25日、ドイツ・ベルリン(Berlin)から、ドイツ・パッペンハイム(Pappenheim)への印刷物書留です。ゴム印"Drucksache"は印刷物を意味します。印刷物書留には、従来あまり気に留めていませんでした。しかし、大間違いで、チェックした所、1通しか持っていませんでした。それを1回のセールで数通一気に入手ですからたまりません。しかも、単貼ですから、ますますたまりません。消印がふらついているのが難点といえば難点ですが、それを望んでいたらいつまでも入手出来ないでしょう。10マルク切手単貼書留は、1つ前の料金期間で、国内書状6マルク、書留4マルクがありますが、国内印刷物2マルク、書留8マルクでの単貼書留は、なかなか気付かない珍品でしょう。
JAPEXに行ってきました。聴覚障害者切手クラブのラウンジに詰めると書きながら、結構、作品を見て回ってました。ハイレベルの作品が多かったのですが、新しい分野のオープンクラスは、久しぶりに出品されたティンキャンメールだけでなく、新幹線50年やオリンピックなど、観て愉しめました。国際切手展に出品するようになってから、ティンキャンメールは初めてだと思いますが、内容のユニークさは、参考になります。
早くも、審査結果(PDF形式)が公開されています。オーストリアインフレは、有難いことに、金銀賞という評価を戴きました。なお、今回のJAPEXは第49回で、来年は50回なので、何か出品しなければという話が出ていました。来年の出品テーマはまだ全然決めてないのですが、早めに決めとかないと、またバタバタとしそうです。
 
イメージ 1
 
画像は、1923年11月27日、ドイツ・ベルリン(Berlin)市内のローカル葉書の書留です。1923年11月26日から30日までの5日間は、切手を額面の4倍で販売するという特異な期間で、4倍料金として知られています。1923年12月1日から新額面の切手を発行するため、その切手の準備を優先し、従来のインフレ切手の増刷を避けるための措置でした。ですので、見た目は、50億マルク切手4枚と10億マルク切手4枚で、240億マルクですが、実際は960億マルクとなります。ベルリン市内なのに、到着印が押され、転居していたため転送して、3種類の消印が押され、賑やかな葉書です。
ローカル葉書の書留も、チェックしてみると、外国書留葉書ほどではありませんが、それでも、意外と集まっていないもので、持っていたのは4通ほどでした。それを、4倍料金を含めて数点補強出来たのは大収穫でした。
金曜からJAPEXです。土曜と日曜の二日間、主に、聴覚障害者切手クラブのラウンジに居ます。色々な作品が出ていて、愉しみです。自作品は、締切ギリギリまであたふたと作成したので、やはりというかミスを発見。凹みますが、マスタを修正しておけば、次回からは防げるでしょう。そのJAPEX作品提出後に、ドイツインフレのデータベースを作り始めました。まずは、入手したばかりのコレクション処分セール(寄り道)で、入手した100通強のカバーからで、ようやく、ほぼデータ入力を済ませたところ。あと数百通は追加ですから、まだまだ始まったばかりです。結構、しんどい作業ですが、切手展作品作成の時に威力を発揮するのが楽しみですね。
 
イメージ 1
 
画像は、1923年4月21日、ドイツ・ロスヴァイン(Rosswein)から、ブラジル・ポルト・アレグレ(Porto Alegre)宛の書留葉書です。外国書留葉書は、ありそうで、実はなかなか入手出来ない物で、2、3通しか持っていませんでした。今回のセールでは、そのような、高価ではないが、意外となかなか入手できないものが大量出ていていました。画像のブラジル宛書留葉書、実は、1回目のオークションで、入札し忘れていて、2回目のオークションで入手したものです。この書留葉書の入札漏れを見落とす程、大量に出たのは初めてです。ブラジル宛であれば、珍しい宛先の類に入ります。ほぼ同時期に、有名なオークションハウスのハインリッヒ·ケーラーでもインフレ特集があったのですが、軍資金がとても足りないので、ハインリッヒ·ケーラーは断念。
最後は、珍しい宛先(Rare destination)です。
収集の最初は、宛先を気にせずにどんどん集めます。ところが、収集が進み、面白い宛先を目にすると、入手したくなります。
 
イメージ 1
 
画像は、1923年8月27日、オーストリア・バート・ガスタイン(Badgastein)からキプロス・ラルナカ(Λάρνακα  [Larnaca])宛の外国葉書です。キプロスの他にも、リヒテンシュタイン、ルクセンブルク、ブルガリア、パレスチナ、エジプト、アルバニア、メキシコ、チリ、日本、中国、インドネシアが集まり、展示に入れることが出来ました。
こういう珍しい宛先は、少しずつ入手して行きたいものです。国際切手展で、しばしば、宛先を世界中に亙って展開した作品が出てきます。概して上位賞となっていますが、実際に集めてみると、大変さを実感します。アメリカ、イギリス、イタリア、スイス、フランス、ドイツといった大国中心に、20カ国くらいは割と集まるでしょうが、30カ国を超えた辺りから、増やすのに苦労するではないでしょうか。オークションでも競りあがることが多いので、無理に入手しようとせずに、気長に集めて、気付いたら、結構集まっていたという感じで集めたいものです。
書留葉書を取り上げます。書留と葉書はそれぞれ、単独ではありふれたものです。しかし、書留葉書となると、集めるのに手こずります。オークションとかで出れば、それほど競りあがりませんが、物がなかなか出てこないので、入手出来る時に入手しておきたいものです。
 
イメージ 1
 
画像は、1923年9月14日、オーストリア・ミルシュタット(Millstatt)から、1923年9月16日、ドイツ・ハレ(Halle)宛の近郊国・書留葉書です。葉書が300クローネ、書留が1000クローネで合わせて1300クローネです。近郊国は国内料金と同じです。オーストリア国内だと着印が滅多に押されないので、同じ書留葉書を集めるなら、近郊国書留葉書の方が楽しめそうです。
JAPEXまで、あと1週間となりました。あと3回書く予定です。今度は、気送管です。オーストリアインフレ期の気送管は、良く調べてないのですが、独自の料金ではなく、通常の速達料金のようです。気送管のある郵便局で速達を出せば、気送管で送られるというような感じです。但し、狭いケースに入れて送付するので、大きさなどに制限はあっただろうと思います。
 
イメージ 1
 
画像は、1923年7月6日、オーストリア・ウィーン(Wien)市内の気送管葉書です。郵便料金は、国内葉書200クローネ、国内速達800クローネの計1000クローネで、200クローネ過貼です。差出局は、ウィーン102局で、ウィーン35局の着印が押印されています。葉書の左側に大きく青鉛筆で記入されているのは、配送先を示すものと思われ、35と書かれているように見えます。着印は、ウィーン36だと思ったのですが、青鉛筆の数字からみて、ウィーン35のようです。このあたり、バタバタ整理で、ちょっと苦しい所です。ちなみに、葉書が4つ折になっていますが、これは、気送管のケースに詰め込むために折り曲げたものです。展示作品に、気送管で運ばれたものを他にも複数ありますが、いずれも、このような折り目がついています。折り目がついて見た目は悪いのですが、着印が押されているのは、気送管以外は見当たらないので、重宝します。ちなみに普通の速達では、着印が押されたのを滅多に見かけません。
ちょっと捻って、鉄道郵便印。
 
イメージ 1
 
画像は、1921年11月21日、オーストリア・ベツァウ - ブレゲンツ間(Bezau - Bregenz)からスイスのザンクト・ガレン(St. Gallen)宛の外国書状で、料金は10クローネです。外国葉書料金は6クローネです。宛先が赤色と青色の2色になっているのは、切手の色に合わせたのでしょうか。
 
イメージ 2
 
画像は、1923年4月10日、オーストリア・マウターンドルフ - ウンツマルクト間(Mauterndorf - Unzmarkt)からスイス・ベルン(Bern)宛の外国葉書で、料金は、900クローネです。住所が移転した後で、チューリッヒ(Zurich)方面に転送されます。ベルンの消印が押されていますが、オーストリアの鉄郵印と比較して、消印の線がくっきり。オーストリアの鉄郵印も、当時のオーストリアの消印としては、かなり鮮明なのですが、スイスの鮮明さには敵いません。2通を並べてみると、1年半程で100倍程になっていることが分かります。
単貼の対極、多数貼はインフレの華というべきものです。しかし、オーストリアインフレでは、100枚を超えるような多数貼は見かけません。20枚以上あれば、多数貼の類に入ります。考えてみれば、日本でインフレがもっとも激しかったのは、昭和20年前半で、昭和19年3月31日に書状5銭と葉書2銭(4月1日より7銭と3銭に値上げ)が、昭和23年7月10日に書状5円と葉書2円、と4年と少しでちょうど100倍になっています。その日本の最悪のインフレ期で、100枚超は、見かけないですよね。あるとしても、よほどの高額な郵便か、低額切手を貼ったものでしょう。オーストリアインフレは、4年間で2000倍程度と、日本のインフレの100倍もないので、100枚超の多数貼が、見当たらないのは、道理な訳でしょう。100倍もないというのは、変な表現ですが、100枚超の多数貼が産まれるインフレと比べると、そう感じてしまいます。ドイツインフレでは、インフレ末期4ヵ月間で1億倍です。1923年8月1日、国内書状1000マルクが、1923年12月1日に1000億マルクでした。100枚超の多数貼は、郵便料金が、数日程度での値上げが続き、1ヶ月で100倍を超えるような状況でないと、なかなか出ないでしょう(念のため、書きますが、1ヶ月で100倍が、4ヵ月続くと1億倍になります)。
 
イメージ 1
 
画像は、1923年7月31日、オーストリア・ウィーン(Wien)からイタリア・フィウーメ(Fiume)宛の特定国書状です。36枚貼で、展示の中で最多貼です。更に料金最終日のおまけ付きです。
料金体系の変更などを紹介しました。今度は、マテリアル自体が面白いものを紹介します。先日、単貼だったので、続けて単貼の例を紹介します。
 
イメージ 1
 
画像は、1924年4月28日、オーストリア・ウィーン(Wien)市内の速達・書留です。国内書状1000クローネ、国内速達2000クローネ、国内書留2000クローネで合計5000クローネです。独自のローカル料金がなくなった後ですので、国内料金と同一料金です。速達なのですが、残念ながら着印はありません。ウィーン市内だったということもありますが、オーストリアでは一般的に着印がなく、マメに着印が押されるドイツなどと比べると収集上の面白みに欠けます。インフレ率が高くないこともあり、5フレーム出品は、オーストリア以外のもっとインフレが激しく面白い所から出品と思っていました。データ整備などで予定変更ですが、まぁ、いいでしょう。これで愉しむことにします。ところで、このカバーのポイントは、複数料金の掛け合わせでの単貼という点です。書状と書留のように複数の料金を合わせた単貼は、珍品ではないのですが、集めようとすると苦労させられます。入手できる時にきちんと入手して置きたいものです。単貼は、日本でも人気があるのですが、多数貼が多くなりがちなインフレでは、より好感が感じられるでしょう。