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jdeafのインフレカバー研究

世界の超インフレーションの郵便物研究

世界切手展2日目。今日からじっくり参観。近いので、試しにホテルの自ルーム前からの歩数を数えてみたら、300歩と少しで展示会場の入り口に到達(エレベーター、エスカレーターはカウントなし)。本当に近い。会場に10時過ぎに入ってみたら、エキスパートチームが準備をしていた。高価な切手には、贋物が多く、それを排他するために、エキスパートチームは、重要な役割。折角の機会なので、チェック対象をウォッチ。というか、世界切手展でエキスパートチームの活動を見かけたら、ウォッチすることにしている。昨年の台北では、開会前から審査が進んでいて、開会時は、事実上、活動完了していてチェックのしようがなかったのだが…。エキスパートチームが持ち出したリーフをマーク。リーフが戻されるまでの間、参観しようと思ったが、気が変わってブースへ。世界切手展でブース巡りはあまりしないのだが、東南アジア宛のカバーは珍しいので、期待せずに漁ってみる。ドイツインフレ期の葉書が数通出てきたが、インフレ初期で状態もイマイチなのが残念。インフレではないが、1通だけ、面白いのが出てきたので土産用に購入。そして、自ルームで小休止。会場に戻る。エキスパートチームが持ち出したリーフが戻ってきたのでチェック。やはりというか、消印がタイ(切手とカバーの両方にかかる)していないカバーが多かった。以前は、原画の類が狙われていたが、一掃(必要なものは鑑定書が付けられている)した感じで、オーソドックスな印象。
会期中、作品撤去がある最終日以外は、午後9時までのはずだが、1日目、8時に早くも追い出されたという情報があったので、食事を摂らずに見て回る。予想に反して追い出されることなく、午後9時まで参観。8時過ぎると落ち着かなくなったので、じっくりと観れなかった。居合わせたメンバーで、食事をして談話していたら、午後10時を過ぎる。週末が近づいたのか、日本からの参観者が増えてきた。訊いてみるとやはり、今着いたという。明日以降は賑やかになりそうだ。
いよいよ世界切手展初日。8時にホテルの食堂へ向かったら、世界切手展関係者で混雑。交流が出来るのが、オフィシャルホテルの良い所。10時から開会式ということで、10時前に会場入り。既に人混みが出来ていた。5年前とは、三分の一位の広さだった。各種スピーチが進み、書類に署名までは、恙無く進行。5年前は、それが開会式終了の合図のはず。人々が移動するので、付いていったら、郵便切手の販売開始らしい。行列が出来ていた。気付いたらイスは片付けられていたが、肝心の展示会場が分からない。会場らしき入り口の扉は閉じたまま。しばらく様子を見ると、中から審査員らしき人が出てきて、ちらっと見えた後ろはフレーム。扉が締まってしまい、躊躇する。しばし様子を見ると警備員が立っている。出品者のIDカードを見せたら、扉を開けてくれた。ほっとして、中に入る。既に、2,000フレーム近く整然と並んだフレーム全てで作品が展示されていて、すぐ参観できていた。5年前のジャカルタ展では、開会式終了後、展示会場に入ったら、真っ白のフレームばかりで、目が点になったのを昨日のように覚えている。大変な進化。早速、最初の作品チェック開始。展示数が多いので、全てをじっくりと観る事は不可能なので、立ち止まらずに歩きながら、気になりそうな作品をマーク。少々立ち止まることはあるが、2時間程で全フレームを観て回ることが出来る。半分ほどチェックした所で、前日の夕食を共にした知人と遭遇し、ちょうど昼食時なので、前日の夕食時に目星をつけた店で料理を注文。食べようとしたら、近くのテーブルに日本からの参観グループがいることに連れが気付き、移動。日本人ばかり8名で賑やかに。昼食後、作品チェック再開し、じっくりと観たい作品候補をピックアップ。日本勢の作品もざっと拝見。龍500文中央逆刷も拝見。ピックアップしたのは30作品程。
歓迎ディナーは、グドゥンサテ(Gedung sate)という所で、バスで移動。オランダ統治時代の歴史的な建物で、現在は州政府のオフィスになっているそうな。インドネシアに詳しい知人によると、滅多に中に入ることが出来ず、その知人も入るのは初めてとか。招待状は、西ジャワ州知事名義になっていた。料理を堪能し、隣のホールに移り、スピーチが続く。踊りが始まったと思ったら、退場する人が出てきたので、付いてみると、真っ暗なバスに乗り込むので、そのまま乗り込む。乗り込む途中で電気が付き、程なくしてホテルに戻った。居合わせた日本人で、バーで1本だけ飲んで散会。
世界切手展開催前日。最大の仕事は、作品の提出。午前10時に集合して、会場へ行く。行き方が分からないので、付いていくと、すぐ切手商のブースが並んでいる所に出た。ホテルの自ルームのある階からエレベーターにのり途中階で降り、建物内を歩いてエスカレーターを上ったら、もう会場ホテルが、インドネシア三番目の大都市バンドンで最大モールのそばにあるのは知っていたが、ホテルと直結して、しかも、ホテル側との連結先すぐが会場とはいい意味での想定外。2010年以来、毎年世界切手展に出品&参観しているが、自ルームから会場までの距離が今回で最短。参観で疲れたら、自ルームに戻って休憩し、すぐ参観再開できるのは、大変快適。
切手商ブースが並んでいる隅の部屋が、作品のチェック会場になっていた。既に日本勢の作品が入ったスーツケースが入り口に置かれていた。後で分かったけど、昨夜、ホテルに着いた後も、実行委員会の指示があって、作品をホテルの一室に運び込み、一晩置いて、また運び出したらしい。で、作品チェックだが、5年前の前回と全然違っていた。前回は、申告通りに切手などの枚数があるかを細かくチェックしていたが、今回はフレーム数、リーフ数を確認し、見た目脱落しているようなものがないかを確認するような感じで進み、あっという間に全作品のチェック完了。作品の展示作業も行われていたが、こちらは入らずに、待機。午後1時には、日本の全作品の展示作業が完了していた。前回は、初日、開会式が終わって、展示会場へ行ったら、フレームが真っ白。当然参観できず。日本勢の作品全てが展示されたのは、2日目の夕方。その時の反省から、スムーズに展示作業を完了させる工夫をした模様。
ともあれ、1時に全員集合し、昼食へ。アボカドジュースとマンゴージュースを飲んだが共に美味。ビール好きのメンバーがずっと居るというので抜けて、モール内を見て回る。スーパーや食事が取れる場所などを確認。スーパーでは、休憩時に使えそうなものや日本への土産になりそうなものを物色。午後6時に集合場所へ行ったら、途中で抜けた二人以外は、その後もずっと同じ店で飲み続けていたそうで、夕食は要らないとのこと。そういうことで、二人だけで、モール内のフードコーナーで食す。1つは、インドネシアの焼きソバ、もう一つは何だが良くわからないが同じ麺類。焼きソバは甘かった。食している途中で、実行委員のメンバーがやってきた。メンバーが注文していた店を覚えたので、翌日以降、その店で食べてみよう。
 
明日から、いよいよ世界切手展開催。作品は、既に公表(受理作品リスト)されており、作品名にインフレが入っているのは、拙作以外に3作品。
 
・1923 Germany Hiperinflation Definitives
・Repoeblik Indonesia : The Inflation of Postal Rates in Java 1945-1949 (Previous title: Repoeblik Indonesia : The Inflation Rates in Java 1945-1949)
・The Usage of Russia Stamps During the R.S.F.S.R Inflation Period (1917-1923) (Previous title: RSFSR - Revolution of Russia Stamps during the Hyperinflation peiod (1917-1923))
 
ドイツインフレは、伝統郵趣部門への出品。郵便史ではなく、伝統郵趣部門へのインフレの出品は珍しい。どんな作品か楽しみ。伝統郵趣での出品となると、数千ユーロ以上クラスがゴロゴロとあるのだが…。
インドネシアのインフレは、日本でもっともインフレが酷かった時期(1944-1948)と同時期で、前年の台湾でも展示されていた。
ロシアインフレは、拙作の前となっているが、2013年のタイでも、拙作の前に展示され、その再現となった。イスラエルからの出品で、出品者は、参観者に熱心に話しかけて、色々な議論をしあっていた。こちらも引きずり込まれたのは思い出。前年の台湾で大金銀賞を獲得し、今回初めての8フレーム。インフレなので、質を落とさずに5フレームから8フレームへの拡張が容易なのだが、大金銀賞をキープできるかが一つの目安。また、拙作の次は、Voruz氏の作品。Voruz氏は、2014年の韓国でインターナショナルグランプリを獲得という大物。現在は、その次の作品を展示しているが、それも前年の台湾で大金賞を獲得。有力な作品と並ぶことで、拙作の弱点がはっきりするかもしれない。
最寄駅で始発の次の電車に乗り、隣駅より、成田空港行きのリムジンバスに乗る。始発点でないのに、数分前に係員が現れ、受付を開始し、そうしているうちに、バスがやってきて、時間通りに出発したのは、流石と感心。成田空港には予定より5分遅れて到着。既に2名が来ていた。10時50分発で、9時集合となっていた。総勢6名で乗り込み、ジャカルタ空港に現地時間午後4時過ぎに到着。税関に行ったら、世界切手展関係者がいた。元々やりとりが分からないのだが、実は誰も良く分かってない感じ。本来は、税関でチェックし、封印したのを主催者側が会場まで運んでくれる流れのようだが、いきなり、作品の入ったスーツケースをテープでぐるぐる封印し、それを自分でホテルへ運ぶという流れに。それだけで2時間程待たされた。税関の後は、バンドンまでの移動だが、ジャカルタ空港から150km位離れている。東京から静岡位か。実行委員側でマイクロバスみたいなのを用意してくれるような話だが、何時になるか分からないので、午後7時前、日本勢6名で2台のタクシーに分乗。ジャカルタ市内で少々渋滞に巻き込まれるも全体的に順調に3時間ほどで、バンドン入り。ただ、宿泊ホテルのibisがバンドン市内に複数あって、最初違う場所へ。本来のホテルに到着したのが、10時頃(日本時間で夜12時)。無事にバンドン入り。
食事を摂らず、ホテル内の食堂も終了していたので、ホテル前の屋台店で、インドネシアのチャーハンを食す。多少辛味があったが、旨かった。それで150円もしなかった。

明日、いよいよバンドンへ出発です。複合機の動きがおかしかったのですが、廃インク吸収バッドが一杯になったので、修理せよとメッセージが出て、動かなくなりました。作品作成中から、複合機の印刷かすれが出たために、ヘッドクリーニングするも中々改善しないので、クリーニングを繰り返したのが原因なのですが…。前夜、半分スキャンしたので、残り半分をスキャンしようとしたら、スキャンできなくなり、インクをむりやり吸い取りを試みるも不発で、しばし、茫然自失。古いスキャン専用機があるのを思い出し、ともかく、全リーフのスキャンは完了。スキャンの途中で、1リーフ足りないことに気づき、慌てたが、複合機の中に入れたままだった。一時は、1リーフ欠けたまま展示かと思った。たしか、2点か減点されるのだと思う。

いつもギリギリまでてんやわんやですが、今回はちと酷いかも。変な気を起こして、従来のやり方と変えた部分があり、全体の統一性を損ねたのではないかと危惧。新しいやり方をやるには、色々と試すのが本来なのだが、思い付きで、全体のバランスもみないまま、突っ走ってしまったからな…。まぁ、授業料ということで…。そういや、初めての世界切手展出品はもっと酷かったな。切手展1か月半程前に、パソコンのハードディスクが壊れて、それまでのデータを紛失。よく、出品に漕ぎつけたものだ。ただ、それが癖になってはいけないと毎年思いつつ…。

保護ラップ入れが残ってますが…何とか、仕上げました。明後日、インドネシア発。早いものです。

全日展もあっという間に終了し、バンドン展が目前に。昨日になって、エンジンがかかり始め、昨日のうちに、カバーの選択をほぼ終了。ほぼ終了というのは、使いたいけど、よく解ってないカバーが1通あることに気づいたので、とりあえず、替わりのカバーも用意(幸いにあった)して、どちらでも良いようにして、とりあえず先に進めています。作業がスムーズに進み、調べる時間が生ずれば、不明部分を調べ、使用するか判断です。以前から、もっと早く、カバー選択を済ませようと試みたのですが、頭が働かず。難解な数式を解くようなもので、集中力が高まった時でないと出来てない。集中力を余程高めなくでも、選択出来るスタイルを作るとか出来てない。ギリギリでないと出来ないのは情けない。ともあれ、今回も、ギリギリまで作業となりそうです。

明日より3日間、全日展です。そして、フィラテリストマガジンが、今年も、号外<全日本切手展2017 競争展示参観ガイド>を発行してくれました。マイスタンペディア(http://my.stampedia.net/ja)にログイン(登録無料)すればダウンロード出来ます。

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ざっと拝見しましたが、作品に対する思い入れがたくさん書かれて、楽しく読めました。人によっては、うんざり気味かもしれませんが、会話が聴こえないので、そのような思い入れなどもナカナカ知ることがないので、いい刺激になります。参観ガイドその他も愉しく拝見。競争切手展に対するスタンスなどがこれまた、ナカナカ聴けないのです。明日土曜と明後日日曜の午後、会場に行く予定です。
ザ・フィラテリスト・マガジン 第15号(2017 夏号)が発行されました。
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毎度、盛り沢山の内容で楽しみにしています。ざっと目を通したばかりですが、今回も期待を裏切らずに楽しめました。特に、「孫文切手」は、大いに勉強になりました。世界中のインフレカバーを収集しているのですが、1947年~1949年頃の中国も収集対象です。ちょうど孫文切手の後期に当たります。記事によれば1931年から孫文切手は出現とあり、インフレ激化まで10年以上の期間があり、孫文切手の全体に関する知識がとにかく弱かったのでした。郵便料金も複雑で、その理解だけで、精いっぱいという状況でした。消印の種類などもカオス状態でした。筆者の渾身の力作で、知識の整理が出来そうです。
 

新しいパソコンを急ぎ購入して、メールやら最低限のことができるようになりました。データは5月中旬に全面的バックアップを取っていたので、動かなくなる1週間程を除けば、ほぼ大丈夫でした。助かりました。あと、いくつかのソフトをインストールし、環境を整えれば、従来通りの作業が出来ます。新しい環境なので、動作は快適です。