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jdeafのインフレカバー研究

世界の超インフレーションの郵便物研究

成田空港から、武漢直行便。ホテルに着いたのは、日本での日付変更線を過ぎた頃。とにかく、休んで、目が覚めたら、本番だ。
無事、武漢展の作品を提出し、一息つきました。
 
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画像は、最近の落札品で、武漢展の作品に間に合ったカバー(本格修正開始)です。1946年7月8日、ハンガリー・ゾブ(Szob)から、ショプロン(Sopron)宛の国内書状で、ハンガリーインフレのキーとなるハトカバーです(スイスのバーセルじゃないです…)。貼られているハト図案の切手は、額面が100兆という途方もない数字。切手は、1946年7月7日に出現するのですが、出現2日目に、2,000兆だった国内書状が、100,000兆(=10京)と50倍に跳ね上がります。切手を30枚貼っていますが、焼け石に水で、97,000兆を現金で支払われます。カバーの右上に書かれている"97 000 "という数字がそれを示しています。ハンガリーインフレのハト切手は、11種(他に3種あるが、切手自体が無効になってから出現)あるのですが、あまりのインフレの進行の激しさに、切手の発行が追い付かず、画像のように、料金期間最終日に出現が、9種です。普通に使えるのが1日のみ、残りの2種も普通に使えるのが、2日間と3日間という短期間。それも、3日間のは国内書状2,000兆の時の20兆、2日間のは国内書状100,000兆の時の1,000兆と、100枚貼となり、出現時から殆ど使い物になりません。しかも、出現初日にハンガリー全国に出現するのではなく、首都ブタペストばかり。そういう訳で、ハンガリーインフレのハト切手が貼られたカバーは、難関となっています。ちなみに、画像のゾブ(Szob)は、ブタペストから50㎞もない所なので、出現2日目の使用例が生まれたのでしょう。
 
武漢展が近づいてきた。今日から、本格的に作品の修正開始。修正開始に間に合ったら、作品に入れる予定でいたカバーが、幸便にも昨日届いた。
 
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画像は、既に2回書いた、オーストリアインフレの国境隣接便で、芋づる式に出てきた葉書の1つです。1923年12月23日、オーストリアのザッテインス(Satteins)から、リヒテンシュタインのファドゥーツ(Vaduz)宛。葉書の右側に、これまたRLの印が押されていて、すぐに国境隣接便だと分かります。ザッテインスファドゥーツは、10㎞ほど。貼られている切手は、1,200クローネで、外国葉書料金1,800クローネの3分の2。スイス宛でなく、小国のリヒテンシュタイン宛であることがうれしい。鉛筆書きなのが難点といえば難点ですが、世界切手展でも、赤枠で展示できるでしょう。購入に躊躇いませんでした。
 
 

 
オーストリアインフレの国境隣接書留を書いたのですが、ものは試しにと、他にも国境隣接便があるかどうか、問い合せた所、示されたのは、なんと、葉書。オーストリアインフレの国境隣接葉書なんで、初見です。それも複数…。
 
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画像は、その示された葉書の1つです。1922年12月30日、書留と同じ、オーストリアのホーエネムス(Hohenems)から、スイスのゴールダッハ(Goldach)宛の葉書です。葉書の右側に、RLの印が押されています。ホーエネムスとゴールダッハは、20㎞ほどです。当時の外国葉書は、900クローネでした。貼られているのは、600クローネで、外国葉書料金の3分の2です。他に示された葉書も、大体が、外国葉書料金の3分の2でした。いずれも状態は悪くなかったので、入手し、手元に届きました。
先日、オーストリアインフレで、大きなコレクションの放出が数回あった(前日の続き…)ことを書いたのですが、その中で、「RL」と黒いゴム印が押されたカバーが印象に残っていました。何なのか、分からず、入手できなかったのですが、後になって、国境隣接便を意味する「Rayon Limitrophe」の略字と知りました。目立つゴム印なので、それとなく探していましたが、なかなか見つからず、最近になって、書状を2通ほど入手するのがやっとでした。それが、先日、偶然、RLの印が押された書留を見つけました。
 
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画像は、その見つけた書留で、1923年10月5日、オーストリアのホーエネムス(Hohenems)から、スイスのザンクト・ガレン(St. Gallen)宛です。カバー表側の3枚の切手の下に、RLの印が押されているのがはっきり見て取れると思います。ホーエネムスは、スイスと国境を接していて、ザンクト・ガレンまでは20㎞ほどであることが、グーグルマップで見て取れます。当時の外国書留は、書状、書留共に2,000クローネで、4,000クローネになる所ですが、貼られている切手は、1,600 + 50x2 + (75x20) = 3,200クローネです。オーストリアの国境隣接便は、書状は大体外国書状の6割なので、1,200クローネになり、そこに、外国書留2,000クローネを合わせると、貼られている切手3,200クローネと一致します。1万円超でしたが、収集の進んでいるドイツインフレでも、国境隣接便の書留は、いまだに未入手(4分の1の後、4年経過しているが、1通も見当たらず…)で、かつ、オーストリアインフレでの書留は初見なので、躊躇わずに、入手。1万クローネ単貼に続く、オーストリアインフレの収穫です。
 
 
今年の出品は、以下を予定しています。
 
CHINA 2019 (6/11-17) ハンガリーインフレ 1945-1946
SINGPEX 2019 (7/31-8/4) ポーランドインフレ 1922-1924
JAPEX2019 (11/15-17) ハンガリーインフレ 1922-1926
 
CHINA 2019の作品提出まで、1カ月切っているのですが、面白いアイテムがオークションに出ているので、その結果が出てから本格修正開始の予定です。
オーストリアインフレは、割と早い時期に5フレーム規模に達していました。今思えば、大きなコレクションの放出が複数回あったのが、大きかった。良品のカバーが大量にネットオークションに出たため、入札が分散して安価で拾えたのでした。後になって簡単に入手できないことで、ようやく気付いたものでした。そういうことで、昨年のマカオ展(アジア切手展)作品に、1万円超でもおかしくないカバーもあるのですが、入手に1万円超かけたカバーの記憶がないのです。ということで、昨日のカバーは、オーストリアインフレで多分、初めての1万円超かけたカバーになります。それでも、過去見かけた1万クローネ切手貼カバーの落札値と比べると、割と安かったではないかと思っています。
 
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画像は、昨日アップしたカバーが手元に届いた時の状態です。御覧の通り、見た目の状態が良くなかったのが、安かった大きな要因でしょうか。印刷物を示す"Drucksache"を中途半端な細い線で抹消したのもマイナスに働いたのでしょうか。
手元に届いてから、カバーの裏側に丸まっていたのを右辺を伸ばし、4つのコーナーは、千切れ気味になっているのを、ピンセントで折り目を伸ばして形を整えたりしました。その結果、右辺はまっすぐになり、下側の2つのコーナーはそれなりになりました。完全な状態からはまだなのですが、それなりになりました。昨日の画像は、バックが黒のため、欠点が目立つのですが、リーフに貼れば、目の肥えている参観者の眼を誤魔化すというのは無理でしょうが、最初のよりは、欠点が目立たないでしょう。
消印が薄いのですが、オーストリアインフレ期の手押し印では一般的で、また、1万クローネ切手は、凹版のため、消印がきれいに掛かり難いのです。
連休が明けて、通常に戻った。平成最終日と令和初日のスタンプショウは凄かった。宮内庁内郵便局の風景印は、平成最終日で確か10:45で受付完了だったが、令和初日は、10時開場の1時間以上前の8:40までに並んだ人で完了は驚いた。知り合いの何人かも東京中央郵便局で並んだりと大変そうだった。一方で、こちらは、スタンプショウでの買い物はなく、当然収穫はゼロ。
 
収穫といえば、2019年に入ってから、3月末開催の聴覚障害者切手研究会切手展の関係で、聴覚障害関連の収穫が多数あったのですが、インフレ関連の大きな収穫がない状態が続いていた。インフレ関連へのアンテナは常時張っているつもりですが、競争切手展のシーズンが近づき、その方向へ意識が向いた途端?に、インフレ関連の収穫が出始めたのは、いつもながら不思議。
 
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画像は、連休中に届いた収穫品で、1924年12月3日、オーストリア・ウィーンからパレスチナ・エルサレム宛の書留です。貼られているのは、オーストリアインフレで最高額面10,000クローネ切手です。書留が4,000クローネ、20gまでの書状が4,000クローネ、20g毎に2,000クローネなので、2倍重量書留の料金に一致します。貼られている10,000クローネ切手貼のカバーが未入手で、今回が初入手。10,000クローネ切手貼カバーは、高価なのですが、見た目パッとしないこともあり、入手していなかったのです。しかし、昨年のマカオ展(アジア切手展)で、8フレーム出品資格を獲得できなかったこともあり、最高額面切手貼のカバーを入手したくなって、物色していた所でした。そして、いい塩梅に、エルサレム宛と、割と珍しい宛先に、単貼なので、手を出した次第でした。幸運にも手が届き、手元に届いたのでした。
 
スタンプショウ初日。会場は、例年通り、浅草の東京都立産業貿易センター台東館。通常、初日は金曜のため、不参加だが、今回は、初日も休日ということで、参加。聴覚障害者切手研究会のラウンジに詰める。ラウンジは5階だが、公式ガイドブックを受け取りに行くために、4階へ下りたら、長蛇の列にびっくり。どこまで伸びているか、階段を降りたら、1階まで続き、エレベーターホールを抜けて、会館出入口の外まで延びていた。そこで、知り合いに会ったこともあり、行列の最後尾を確認するのを忘れて、ラウンジに戻った。階下まで続くような行列は、昭和の時、まだ中学生だった頃の切手ブームだった以来ではないだろうか。平成では、日本国際切手展 2001会場での写真付き切手のデモンストレーション販売が記憶に残る。何故、行列が出来るのかか分からず、平成→令和関連かと思ったが、若い女性が多く、平成→令和関連ではない感じ。また、1日早い。行列の中に知り合いがいたので、聞いてみると、「えいがのおそ松さん」公式記念グッズ、特にフレーム切手だそうだ。改めて、ガイドブックを見ると、確かに、「えいがのおそ松さん」公式記念グッズが載っている。情けない話だが、それまでに、公式記念グッズが何なのかも知らなかった…。
ネットで、情報が広まったのだろうか。注文がスムーズに出来るように、注文に使う用紙を配っていたようだが、行列は待ち時間が長いから、その間に、郵趣に関する無料情報誌とかも一緒に配布できれば、切手収集人口が増えるかな。ちなみに、開場は10時で、2時間以上経過した昼過ぎになっても、行列は1階まで延びていた。スタンプラリーも、おそ松さんのためか、会場内を複数の長蛇の列。どこにスタンプがあるのかが一目瞭然。おそ松さん恐るべし。明日は、平成最終日。