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jdeafのインフレカバー研究

世界の超インフレーションの郵便物研究

アジア国際切手展SINGPEX 2019の結果(アジア国際切手展SINGPEX2019入賞結果速報)が出ました。すぐ情報が得られるのは有難いことです。井上和幸氏の作品が、グランプリインターナショナルに選ばれました。井上さんおめでとうございます。
私の結果は、83点(金銀賞)でした。8フレーム出品資格を得られる85点が目標でしたが、届きませんでした。武漢展のしばらく後、ようやく英語バージョンを作り出したので、やるべきことで、出来なかったのがいくつもあったので、こんなものでしょう。

1週間後に迫ったシンガポール展の作品「ポーランドインフレ1922-1924」を提出しました。武漢展の後、なかなか手が付けられず、ヒヤヒヤでしたが、何とか間に合わせました。

 
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画像は、1923年10月19日、ポーランド・ポッドゴーラ(Podgórz)からクラクフ(Kraków)宛の国内書留の裏面です。300マクカ(Marks)切手32枚の好きな瓦貼です。表にも8枚貼で、計40枚貼12,000マクカとなります。国内書状6,000+国内書留6,000=12,000マクカに一致します。画像とは関係ない話ですが、実は、ポーランドでは、料金表上の料金と実際に貼られている切手の合計が合わないというのが、頻発していて、そういう国民性のようです(なので、画像のような料金がぴったりと合った瓦貼は珍しいともいえる)。そして、1924年1月から4月まで、計算で導かれる料金より、上または下に5万マクカ変えて良いという世にも珍妙な制度で、どう見ても同じ郵便物なのに、貼られている切手の合計がバラバラという不可解な状況が産れます。その不可解な状況を競争展作品にどうまとめるのが、悩ましい所。ちょっと工夫をしてみましたが、まだまだ工夫の余地がありそうだと、作品提出後も、考えを巡らしています。
武漢から帰国後、メール入札したオークションの結果を確認したら、本命2点は、1勝1敗と、不戦敗になりかけたことを考えれば、まずまず。
一週間ほどしたら、武漢から手紙が届いた。小さく印刷されたのは、障害者コレクターの出品リストで、障害種別が記されていた。出品者99名中75名、200フレーム中144フレームが聾者と、聾者が圧倒的多数。今後が楽しみだ。競争展への進出があるかもしれない。
 
今日から、全日本切手展。目前に迫ってきたアジア切手展の作品作成で、苦戦中…。
 
武漢も最終日。コミッショナー用のバスに乗せてもらい、空港へ。飛行機に乗って、食事を食べた後、気付いたら、眠っていた。朝5時半ホテルロビー集合に合わせて起床したので、ちょっと寝不足だった。成田空港に着陸の衝撃で、目が覚めた。コミッショナーらと別れて、トラベラーズチェック(T/C)を現金化できる場所へ行って、日本円に換金。世界切手展初出品の2010年ポルトガルへ行く時、郵便局でユーロのトラベールチェックを購入したものだが、使えず、そのままになっていた。気付いたら、郵便局でも取り扱いをストップしており、永久有効だというが、換金すらできなくなっていた。インフレで紙幣が紙切れになるような感じ。中国行きの前に、成田空港で換金できるという情報を偶然見掛けたので、武漢に行くとき、少し早めに成田空港へ行って、案内で聞いたら、教えてくれたので、あらかじめ場所を確認し、帰国後、再び行ってみる。本当に換金できるかなと半信半疑でトラベールチェックを差し出したら、OKで、1枚ずつサインをして、淡々と進んだ。世界切手展に初出品の時に購入したトラベラーズチェックを、世界切手展で初めて金賞を受賞した帰りに、換金できたので、金賞の褒美を頂いたような気分に。
また、トラベラーズチェックを換金できる場所を探し回った時に、偶然、手話で電話出来るボックスを見かけたので、帰国の報告を兼ねて試してみる。
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成田空港の手話フォン
世界切手展も最終日。審査員との対話で、まず枝点を教えてもらう。そして、いくつかの質問をし、アドバイスを受ける。相手も、慣れたもので、スムーズに筆談で進み、あっという間に終了。
まだじっくりと観ることが出来なかった作品、じっくりと再度見てみたい作品などを見て回る。日本勢の作品撤去は、午後3時からと聞いていたので、ホテルに戻っての休憩は取らずに、見て回り、午後3時に近づいたので、待ち合わせ場所へ向かったら、コミッショナーがいて、午後6時に変更になったとのこと。ホテルに戻って一休みすることも一瞬考えたが、撤去が始まっているなら、再入場できないかもしれない。これは困るので、疲れるけど、そのまま会場内に留まることに。会場の周囲には買う所がないので、作品撤去後、ホテルの地下にあるコンビニみたいな売店で土産を買おうと思ったが、6時半までなので、その時点で土産を買うのを断念。こういうのもあるかもと、味見を兼ねて少し買っておいたのは正解だった。
待ち合わせ場所と、障害者コレクターの出品コーナーは目の前だったので、障害者コレクターの出品コーナーへ寄ったら、聾者が集まり出していた。どうやら、出品作品を受け取るための模様。顔見知りになった人と、お互いに挨拶。と、思ったら、その中の一人がいきなり、スマホを見せてきた。何かと思って見たら、懐かしい写真が…。
日本では、2001年、2011年と1が付く年に世界切手展が開催されるのだが、中国でも1999年、2009年、2019年と9が付く年に世界切手展を開催していて、1999年、北京で開催された時、聴覚障害切手クラブで、参観ツアーを組んで、参観したことがあり、その時の写真だった。しかも、丸い赤枠で、私とはっきり特定されてしまいました。そして、その少し後ろの人を指して、別の所にいる人を指さしたので、その人と写真の人を見比べ、はい、同一人物でした。20年振りの再会でした。記憶が定かでないのですが、間違いなく会ったことを写真が示していました。20年振りの再会がもう一人(車いす)いて、写真を示すと、既に知っていたようで、おおっという合図でした。もう、このことは、その場にいた聾者には知れ渡ったらしく、皆、ニコニコ。むしろ、想定外の展開にこちらがアタフタでした。
再度、コミッショナーがやってきて、ついて行くと、特別賞だった。額縁2つ。写真では大きさが分からなかったが、結構大きい。日本へ持ち帰っても、インフレカバーで溢れている中、置く場所にちと困る。そこで、非競争部門のリストなど色々と頂いたお返しにと、特別賞であることを、競争部門の出品目録とパルマレスで示し、馴染みの人に渡す。少しびっくりした顔をしたが、素直に受け取ってくれ、周囲に呼びかけた。そこから、集合写真を求められたりして、ちょっとしたお祭り騒ぎに。
その後は、いつ日本勢の作品撤去が始まるのかが分からないので、聾者たちと別れ、控室で待機。中国らしいというか、過去経験したのとはやり方が違い、少々面喰ったが、撤去も終了し、会場から出る時も、何だか複雑な手続きが必要だったが、無事出て、ホテルの中華料理店で遅い夕食。
夕食後、自ルームに戻り入室しようとしたら入れない。すぐ、心当たりが…。実は、この日の1泊だけ、何故かいっぱいで、予約が取れなかった。この1泊以外をあらかじめ、予約し、空きが出てくるのを待っていたら、別の予約サイトで空きが出たので、予約。ホテルにはあらかじめ伝え、チェックインする時も、念を押したつもりだが、ルームキーの設定が最初の予約のままになっていたようだ。入れないとどうしょうもないので、フロントへ下りて、入室出来るように対処してもらった。ルームに入って、一息つけようと思った時なので、ちょっと堪えた。
 
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特別賞を撮る中国の聾郵趣家たち
入場して、まず、日本への葉書を差し出す。葉書自体は、前もって購入していたが、その購入がすんなりといかなかった。世界切手展をモチーフにした絵葉書が郵便局のブースで置かれていたのを見かけるも、額面は、0.8元で、とても日本に届きそうにない。入場方法を警備員から聞き出すのに苦労した経験から、伝手を頼ってアシスタントをお願いし、日本への送料は航空葉書で5元と確認出来た所までは良かったのだが、額面0.8元で販売値が1.2元であるが、日本へ差し出すには、3.8元ではなく、4.2元分の切手を貼り足すことを、郵便局のブースの販売員もアシスタントも理解の範囲を超えているらしく、5元です、いや、あわせて6.2元です、あれ…、と、何か訳が分からない展開に。式を書いたり打開を試みるも混乱するばかり。またかと、頭を抱え出したら、突然、横から、にこにこと、顔で分かった分かったと手を振ってきた人が現れてきた。ヘルプに来てくれた人で、こちらの困惑とその式を読み取ってくれた模様。そのヘルプの説明で、販売員もアシスタントも納得顔。そこで、切手代4.2元と葉書代1.2元を合わせた5.4元に枚数分の金額を紙に書いて、その分の紙幣を渡す。そしたら、しばらく間をおいて、4.2元の切手はありません、と書いてきた。え、となりかけたが、続けて、メータースタンプを指してあのようになります。今回は、1.2元分を支払い、差し出すときに4.2元払いますと、書いてくれた。もちろんOK出しました。もう、切手でもメータースタンプでも何でもよい、という気分に。そのアシスタントの協力を得て、差し出しコーナーへ行ったのだが、案の定、ちゃんと4.2元の切手ありました。本当は、航空便のラベルを貼りたかったが、大丈夫と言われる。ラベル自体を貼りたいのだが、従う。切手を販売員も含めて3人で貼り、無事差し出す。何だか、まだ忘れ物をしているような気がしたが、大丈夫だろうと、フ~としながら、展示コーナーを回り始める。20分位して、ある作品を眺めていたら、突然、自分の名前が浮かび上がる。自分の名前を葉書に書くのを忘れてた…。凹む。大半は差出人が誰が気づいてくれるだろう、でも、心当たりがなく、新手の怪しい葉書だと、無視されるのも出そうだ…。戻って、差出人を書くのを忘れたので書かせて欲しいと掛け合う、というエネルギーもなく、諦めて、参観を続行。
一区切りついて、障害者コレクターの出品コーナーを覗きに行ったら、聾者達が集まっていた。何人かは既に顔見知りで、お互いに挨拶。既に、全員に、私が金賞を取ったことが知れ渡ったようで、作品への案内を求められたりした。また、名刺をせがまれる。同じ漢字ということで、日本語表記の方が先に無くなる。その最中に、一人が、非競争展示のリストをくれたので、有難く頂き、拡げてみると、名前と作品名がずらりと並ぶ。障害種別の記載がないので、先日の落ち合い場所で二人きりになった人に、どれが、聾者の作品か記して欲しいと頼んで、記してもらったら、4分の1位の人に印がついた。結構いるんだなと思ったら、もっといるが、どれだか分からないというサイン。4分の1でも凄い数、というか単純計算で50フレームなのに、もっといるのかとびっくり。
夜は、世界切手展のハイライト、パルマレス。チケットは、閉幕式と記され、妙に納得。事前の予定では、7時からだったのだが、5時半からに変更。それで、5時前に聾者たちと別れて、早めにホテルに戻ってパルマレス会場へ。開始早々、7時からだと、空腹の中、スピーチが延々と続いては、良くないという配慮から、開始時間を繰り上げたのか、と気付く。席には、立派なイヤホンセットが置かれていて、中国語のスピーチを同時通訳する仕組みのようだ。残念ながら、イヤホンは使えないので、隣席の人と、筆談にいそしむ。
中国としては異例の短さであろうスピーチが終わり、食事開始。コースかと思ったら、バイキング形式だった。世界切手展パルマレスでのバイキング形式は、メイン料理に長蛇の列が出来て、デザート類から食べ始め、メイン料理があまり食えなかったというトラウマがあった。が、同じ料理が数か所で採れる形式になっていて、量も充分過ぎるほどあった(最後まで尽きる料理がなかった)。アトラクションも、見事で、特にバックスクリーンは、アトラクションに合わせた中国切手が続々と登場。光も効果的に使い、中国側が力を入れていることが伺えた。金賞・大金賞のメダル授与となり、ステージに上がってメダルを受け取ったが、ケースがA5より大きいサイズで、過去受け取った中でも最大(賞による違いはないとのこと)。そして、インターナショナルグランプリの発表になり、永井さんが選ばれたことが発表された。永井さんおめでとうございます。
 
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アトラクションの1シーン。バックスクリーンの切手とアトラクションが一致しているのが見事。アトラクションの内容に合わせるかのように続々と切手が切り替わっていた。
メールをチェックしたら、オークションハウスから、受理した旨の返信が入っていた。メール入札が受け付けられたようで、不戦敗は免れた模様。
起きたのが、朝食が食える時間より、早かったので、散歩に出て、長江が見えるか、試みる。事前に、グーグルマップで、ホテルが長江沿いにあり、ルームが、長江側であれば、長江を眺めることが出来るはずであった。が、ルームが、展示会場側で、長江をまだ見ていなかった。ホテルを出てすぐに長江らしきのが見えるが、木が並んだりして、はっきりしない。思い切って川岸まで近づいてみて、ようやく長江がはっきりと見えた。流石に広大で、タンカーも行き来していて、海だと言われば、信じてしまいそう。10分程眺めて、ホテルに戻り、朝食。結局、今回の武漢滞在中、長江を見たのは、その10分だけ。
9時に、会場入りし、真っ先に、障害者コレクターの展示を、再度見る。質と量に圧倒される。10時に、前日会った聾者と会うことにしていたので、待ち合わせ場所に向かう。入場した時は気づかなかったが、既に、競争展示部門で、賞が貼られていた。午後貼り出し開始かなと思っていたが、予想してたより早い。急ぎ、自作品の賞を確認。金賞で、それも特別賞付き。国際切手展初の金賞。嬉しさより、安堵感が何故か先に出る。落合場所に行くと、一人しかいない。しばらく二人で待っていたが来ないので、自作品の前に連れて行こうとしたら、途中の行列に複数の聾者が並んでいるのに遭遇。日本から来た珍人に会うより、目前の押印の方が優先という訳。押印したい気分は理解できる。まだまだ3日間残っているので、また会おうということで、分かれる。
あちらさんが押印を優先したいのと同様に、実は、こちらも他の作品の賞が気になってしょうかない。まず、日本勢の結果を確認。少々厳しい評価かと思われるものもあったが、全体的には妥当な評価という印象。貼られた賞と、事前に見た時の印象との差を確認したりして、この日の参観は終了。
 
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早朝の長江。武漢滞在中、長江を見たのは、10分だけ。右100㎞足らずの所が、三国志で有名な赤壁古戦場とか。
 
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実験クラス・絵葉書で最高得点(89点)の第1フレーム。
アンティークな葉書の全体的な美しさが際立ってた。
個人的には、茶や、パラシュートの方が好感持てた。
絵葉書からは、4つの大金銀賞が出て、実験クラスは成功だろう。
ホテルのネット環境は、やはりというか、日本と違う。武漢展会期中に行われるオークションがあるのだが、アクセス自体が出来ず、入札出来ない。欲しいロットの番号は、メモしていたのだが…。セカンドアドレスのメールが送信できるので、日本の知人に、そのオークション名を伝えて、メールアドレスを確認して教えて欲しいと頼んでみる。そしたら、すぐに返事がきた。オークションへのメールアドレスが記されていた。有難い。
メール入札を試そうと思ったが、また問題が…。通常は、グーグル翻訳を使って、メール文を書くのだが、グーグル翻訳が使えない。そうなれば、直接英文で書くしかない。メール入札出来るなら、この金額で入札したいの旨で書き、メール。そんなことをしていたので、会場入りは、11時頃。入場はホテルから遠回りになるのだが、そうするしかないと割り切れば、案外苦にならない。ゲートの前で、パスポートを見せると、あっさりと通してくれた。ほっとして、手荷物を検査機に入れて、ゲートを通過した時、顔を合わせた警備員が、昨日、ゲート通過拒否をしたその警備員でビックリ。相手も驚いた表情をしたが、一瞬だけで、普通に通してくれた。ゲートがたくさんある中、また顔を突き合わせるとは思わなかった。検査機から手荷物を取り出して、ドキドキしながら、会場に入る。
ドキドキしたので、ちょっとどうしていたのか、途中をよく覚えてないが、気付いたら現代郵趣をチェック。ウクライナなど、多くのインフレが1980年以降も発生して、収集しているので、見逃せない。従来は、現代郵趣で一括りされていたが、今回は、伝統郵趣・郵便史・ステーショナリーに分かれていた。8フレーム作品が出ていることに気づく。現代郵趣で8フレーム作品が展示されるのを観るのは初めてで、3作品あった。いずれも伝統郵趣だった。3作品とも、昨年暮れにバンコクで開催のTHAILAND 2018で、85点以上を獲得して、8フレーム出品資格を得ていた。THAILAND 2018で91点の金賞だったベルギーからの出品は、7フレームに留めていて賢明だなと感じた。確か8フレーム資格を得てから3年以内は、8フレームで無理に出さなくで良いという特例があり、その特例を利用したもの(実際、現代郵趣で唯一の金賞となった。90点と1点落としたが…)。逆に、全リーフがダブルリーフという作品で、THAILAND 2018では88点だった作品で、無理に8フレームに拡張したためか、ダブルリーフに1通という大型カバーを7通ほど利用するなど、伝統郵趣ながら、大型カバーの使用が目立ち、これで、大金銀賞をキープできるなら、おいしいなと思っていたら、案の定、83点・金銀賞に落とされていた。5フレームで88点は、その質のまま8フレームに拡張出来たら、金賞の可能性が高かったので、惜しい。インフレでも、安易なカバー補強は注意しなければと思った。金銀賞に落とされた作品が出る一方で、THAILAND 2018で86点だった作品は、質を落とさずに8フレームに拡張できたのが伺え、得点も、85点と1点落としただけに留めていた。
現代郵趣に続いて、競争展示の最後に展示されていたのは、実験クラスの絵葉書。一目みて、なるほど、絵葉書の展示はこんな感じになるのか、と思わせる展示だった。マテリアルによっては、テーマティク・オープン・絵葉書の3部門で使えるものもありそう。もちろん、伝統郵趣・郵便史でも使える絵葉書もあり得る。今後は、この辺を意識して収集した方が良さそう。絵葉書で、競争展示3500フレームを一通り、チェック完了。本来は、1日目でチェックする予定だったが、リストを落としたことで、適当になってしまい、二日かかりとなった。
3500フレームをチェックしたのだから、未チェックの非競争部門もチェックし、4700フレーム全てをチェックすることに。見てみると、日本でいう支部からの出品作品が並んでいた。殆どが5フレームで、1フレームも混ざっていた。これが、700フレーム程続いていた。テーマは事前に調整されているようで、重複が殆どない印象。非競争部門の展示はすべて中国語で書かれていて、現地人の参観者が楽しめそう。日本国際切手展が2021年に予定されているが、同様の企画が出来たら、いいなと感じた。途中、珍品展示を覗く。3m四方くらいのケースの中央に珍品が鎮座しているが、ケースが大き過ぎて、身を乗り出しても、正面からみることが出来ず、斜め横から覗き見する感じで、しっかりと見ることができない。ケースの隣に置かれているディスクに展示品の写真や解説が表示されていて、そちらがメインという感じ。赤猿のシートもあった。シートである分、目立ち、赤猿の印象ばかり残った。
再び、非競争部門に戻ってチェック再開。時計は1時を過ぎていたので、駆け足で、残りを見ることに。会場も、隅に近づいて、展示作品を横目に、歩くスピードも上がってきた、と、思ったら、えっ、と驚くような作品が眼を横切った。3,4フレーム程オーバーランしたのを、戻って、じっくりと作品を見直す。中国語で書かれているが、展示されているマテリアルは、間違いなく、障害者をテーマにしたもので、原画やプルーフなど、入手が簡単ではないものが並んでいた。これは、凄い、非競争部門でこんな作品があるとは、と驚愕しながら、競争展示を見る感覚で見始めた。5フレームで別の作品に変わり、別のテーマかと思ったら、これまた障害を取り上げた本格的な5フレーム作品。予想外、頭が混乱し始める。競争展示を見る感覚で参観を続けるも、同様の5フレーム作品が、更に続くので、一気に最後まで見て、いったん昼食休憩することに。2時をとっくに過ぎていて、会場内に設定されていた弁当屋は閉まっていて、フランクフルト屋が開いているのみ。フランクフルトとフライポテトのセットを購入し、昼食代わり。一応、4200フレーム全てをチェックしたが、最後に見た障害をテーマにした作品は何だろうかと気になって、フライドポテトをよく噛まずに、胃に流し込む。世界切手展は何度も観たので、驚くことに慣れたと思っていたが、違った…。
再び、障害を取り上げた作品が並ぶコーナーに戻る。コーナー名は、"China disabled persons stamp collecting association" (中国残疾人集邮联谊会展品)で、中国の障害者コレクターの出品と知る。フレーム数を確認すると、全部で200フレームと7月に開催される全日本切手展と同じ規模。障害をテーマにしたのが78フレーム。200フレームのうち、聴覚障害者はどれだけ出しているか、気になったのだが、それに関しては何も表示されていない。ともあれ、78フレーム全部をじっくり観ることに。観ている途中で、昼食の影響か、御手洗へ駆け込みたくなり、御手洗へ。再び戻って、参観を再開しようとしたら、観たい作品の前に人がいる。どうしょうかなと思ったら、目の前で、手話で話し出した。中国のそれで、読み取れないが、明らかに聾者同士。しばらく、様子を見て、手話で話しかけてみる。相手もビックリしたが、同じ聾者同士、何とか話が通じる。会場内を歩き回って、同じ聾者の仲間を見つけ、10人以上に膨れ上がった。うち、一人が5フレームを出品していると紹介されたり、逆に、競争展で、自作品を展示している所を案内など、全く想定外の流れに。競争展示参観ところでなくなり、その日の参観は終わり。
 
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一般用ゲート側からみたホテル。一般用ゲートは、左側に200m位の所。左手に見える2つの円形が展示ホールのB5とB6。円形のホールが6つ連結している。
 
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休憩コーナー。2時を過ぎていたので、人がまばら。休憩コーナーがB3ホールで、B4がブース・イベント、B5とB6が展示。
 
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障害者コレクターの出品コーナーの表示 "China disabled persons stamp collecting association" (中国残疾人集邮联谊会展品)。200フレーム展示されていた。
 
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最初、目に留まった作品の中の1フレーム
ホテルの自室から、見下ろす会場は、事前にグーグルマップで確認したとはいえ、実際に目にすると、でっかい。ホールが2つあって、環状に配されているが、ホール1つで、日本国際切手展会場となったパシフィコ横浜展示ホール全体より広い。
9時開場なので、それに合わせて、ルームを出ると、エレベーターで、見知った人が大勢。皆、審査員とかコミッショナーばかりで、一般出品者はいなさそう。
そのまま、彼らの後をついて歩く。ホテルから会場への最短距離の所に、ゲートがあり、探知機があるのが見える。続いて通ろうとしたら、警備員に、IDカードは?のいう仕草。良く見ると、みんな、首から下げているIDカードを使って通過している。困っていると、何故か、通してくれ、何だ何だと思いながらも、入る。
広々とした会場に整然と配されたフレーム。フレームの端に、白いシャツを着た女子学生という感じの女性と、警備員がずらりと立っていた。フレームの両端に1人ずつ、ずらりと並んでいるのは、流石中国と思わせた。
事前に、コミッショナーから、出品リストをもらっていたので、そのプリントを手に、まずは、自作品が、きちんと展示されているのを確認。次は、郵便史を手始めに、歩きながら、じっくりと観たい作品のピックアップを始める。リストに印をつけながら、歩き回る。
世界切手展では、フレームとフレームの間が狭く、人がすれ違う時、横向きにならざるを得ないのが通常だが、3人が並んで歩けるほどの広々としたスペース。絨毯も敷き詰められていて、快適。ただ、競争部門3500フレーム、非競争部門1200フレームの計4700フレームは、半端ではない。というより、これだけの規模は初めて。歩き出して、すぐに気づいたが、多数の孫文切手が展示されているも、まったく目隠しされていない。昨秋のマカオで開催されたアジア切手展では、中華民国の材料を含む展示作品に目隠しをされたというのだが、マカオではなく、中国本土での切手展で、目隠しされないのは意外だった。考えてみれば、武漢は、辛亥革命の発端となる武昌起義が起こった場所であり、場所柄、孫文に好意的なのだろうか。ともあれ、インフレカバーコレクターとしては、孫文のカバーをじっくりと観ることが出来るので、有難い。
リストに印をつけながら、競争部門の半分位、行った所で、リストを無くしていることに気づく。直前にリストに印をつけた作品の所まで引き返すも見当たらず。予備のリストを用意すべきだったと後悔するも、どうしようもない。メモだけで、参観することに。午後2時過ぎに、ホテルの自室に戻り、休憩。そして、朝と同じゲートを通ろうとしたら、IDカードがないとダメ、それも完全拒否。それで、メモに書いて質問するも平行線。警備員にずらりと囲まれてしまう。きちんとした入り方を確認したいのだが、どうしようもない。切手展スタッフらしき人がやってきて、やりとり。それでもなかなか通じない。
そういうやりとりをしている間、他の出品者らしき人がやってきて、都度、こちらと同様にゲートで拒否され、びっくりした顔。それでも、何やらやり取りした上で、どこかへ行ってしまった。中の一人が、何故かパスポートを取り出して、怒鳴りながら、やりとりをしたかと思ったら、行ってしまった。彼らの後をついていけば、入場できそうだが、下手に動いて、刺激を与えたくなかったので、そのまま待機していたら、展示会スタッフが日本のブースから呼び出してくれたらしく、顔見知りのJPS関係者が、中国人のアシスタントを連れて、やってきた。
後になって考えてみれば、警備員の中に英会話が出来る人がいたが、英語で読んだり書ける人がいなかった模様。それで、メモに書いても通じなかった訳。ただ、JAPANだけは読めたようで、日本のブースから引っ張り出してくれた模様。その中国人アシスタントの通訳の元に、確認すると、ホテルに近い側のゲートは、IDカードがないと通れない、切手展の出品者にIDカードはない、ホテルと反対側にあるゲートから入れる、と、徐々に分かってきた。入場料の話になって、最終日まで参観する、いくらになるかという話になって、会期中フリーパスポートなるものなら、いくらになるのかなと思っていたら、本物のパスポートを見せれば、無料で入れるという意外な話。なるほど、パスポートを見せた人がいたが、そのことを確認していたのか…。これで、目出度く無罪放免となる。1時間以上かかっていた。本来の入り口となるゲートを確認に行き、いったん外へ出る。再入場するつもりだったが、既に4時を過ぎていて、閉場は5時なので、再入場する気が失せて、この日の参観はおしまい。
 
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毛沢東の切手の前には、人が絶えなかった。フレームとフレームの間が、3人がならんで歩けるほど、広く、ゆったりと歩きながら参観出来た。
 
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ホテルの自ルームから見た会場。手前に見える青い看板の所が、関係者専用のゲートで、IDカードが無いと通れない。
 
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ホテルの自ルームから見た会場全景(左側の建物の反対側にも同様の規模のホールがもう一つあり、全体で環状になっている)。左側の建物が邪魔になって見えないが、左側の建物の向こうに、一般参観者が入場できるゲートがある。せっかくの会場隣接のホテルなのに、入場するには、結構歩くことになる。ちなみに、左側の建物は、会議用の部屋がたくさんあり、最上階のホールが、パルマレス会場。

無事、中国・武漢から帰国しました。武漢に到着した日、書き込めたのですが、それ以降、アクセス自体が出来ず、毎日の様子をアップできませんでした。何故、最初だけ書き込めたのか謎ですが、幸運にもアップできたのでしょうか。日がずれてしまいますが、今後、少しずつ、アップする予定です。今回の世界切手展 "China 2019"は、日本からグランプリが出ただけでなく、色々とあって、最も記憶に残る世界切手展となりそうです。