量子力学の発展により、計算機科学の方向性は、
非ノイマン型である 量子コンピュータ の実現に重きが置かれている傾向もあるが、
実際のところ、ノイマン型の究極形とでも言うべきコンピュータも考案されてはいる。
では、地球上で実現可能な究極の ノイマン型計算機 とは、一体どんなモノだろうか。
それは「ブラックホール・コンピュータ」だ。
とはいえ、ブラックホール・コンピュータとは何だろう。
その名称から、銀河中枢に鎮座する巨大ブラックホールを利用したコンピュータ、
といったハード SF で登場するような代物を想像してしまうかもしれない。
だが、安心して欲しい。これは、あくまで「地上で実現可能」な計算機の話である。
そもそも、天体のように大きなブラックホールが地上にあったとしたら、
地球はおろか、太陽までもが一瞬で吸い込まれてしまい、計算どころではない。
すなわち、このブラックホール・コンピュータで用いられるのは、
原子よりも小さい量子サイズの極小ブラックホール以外には考えられない。
また、そのくらい小さなブラックホールならば、
粒子加速器 によって生み出すことも不可能ではない、と予想されている。
さて、そのブラックホール・コンピュータの仕組みについて具体的に説明してみよう。
とはいえ、その構造は驚くほど単純だ。
まず、粒子加速器によって生み出された極小ブラックホールに
演算用に設計された物質(=入力情報)を放り込んでやる。
すると、ブラックホールは ホーキング輻射 によって放射線を放出する。
この放射線こそが「演算結果」であり、それを検出することで出力情報とするわけだ。
(※通常のコンピュータは、電圧の高低を複雑に組み合わせて演算する)
その演算速度たるや、一般的なコンピュータとは比較にならないほど速い。
理論的には 10^51Hz (1,000 極 ヘルツ)に達する、と考えられている。
これは、市販されているシングルコア CPU の約 10^42 倍の処理速度を誇る。
だが、このように概念としては単純な構造にも関わらず、
これを実現するに乗り越えなければならない障害は無数に存在している。
例えば、量子サイズのブラックホールの挙動を完全に制御するためには、
量子重力理論 が確立されている必要があるが、未だ解決の糸口すら掴めていない。
(※量子重力理論とは、相容れないはずの相対論と量子力学を両立させる究極の理論)
また、極小なブラックホールは極めて短時間で消えてしまうと予想されているため、
これをどのように制御すべきかも大きな課題だ。
他にも、「演算用に設計された物質」とは何であり、どのように作り出すのか。
現在の科学水準では、その構造と作成手順を予想することすら難しい。
これらの他にも解決すべき課題は山積しており、
量子コンピュータを実現する方が幾らか視界良好、といった具合である。
(※以前紹介した 東北大の快挙 により、量子コンピュータの実現可能性は大いに高まった)
そもそも、粒子加速器によってブラックホールを生み出せるのかどうかすら、
今のところは議論が分かれるところである。
もっとも、この件に関してだけは、現代科学でも解決可能かもしれない。
実際、フランスにある 粒子加速器 でも極小ブラックホールを作り出せる可能性が指摘されている。
仮にブラックホール生成に成功したとすれば、
究極の計算機、ブラックホール・コンピュータの実現に一歩踏み出した、ということになるだろう。