日本に本社を置く大手自動車企業、トコタが原子力を動力源とする自動車を発表した。
新車発表会には多数の記者が集まり、その中で一人のジャーナリストが社長に質問した。
「仕様を見てみると、ブレーキペダルが付いていないようですが、何故でしょうか?」
社長は一瞬逡巡した表情を見せた後、落ち着きを払った声で答える。
「コストが掛かり過ぎるからです」
その答えに納得できないジャーナリストは、更に食い下がった。
「しかし、それでは安全性に問題があるのでは?」
社長は沈黙したまま動かない。にわかに周囲が騒然とし始める。
突然、社長の隣に座っていた副社長が代わりに答えた。
「わが社の想定の範囲では、問題がないことが分かっています」
副社長は手元の資料に目を落として続けた。
「また、車体はどんな衝突にも耐えられるように設計されていますので…」
その発言を遮るようにして、ジャーナリストは怒鳴り声を上げる。
「そういう問題じゃない! ブレーキがない車なんて危険すぎるだろう!」
険悪な空気を感じ取ったのか、司会進行係が慌てて飛び出してきた。
「えーと、これで今日の発表会を終えさせて頂きます」
役員一同が一斉に起立し、そそくさと会見場を後にする。
張り詰めていた会場の空気がゆっくりと弛緩していった。
先程発言したジャーナリストに一人の記者が近付いてきた。
「やあ、君は若いな。安全性が云々とか、青臭いことを言うんだなあ」
「何をバカな。ブレーキがない自動車なんて論外だ」
記者は首を横に振り、苦笑しながら答える。
「日本は資源がない国だから、原子力は必要悪なのさ」
「だからって、ブレーキがないなんて許されるのか」
「社長さんも言ってたけど、コストが掛かるんだよ。トコタは営利企業なんだから…」
「万が一、事故を起こしたら大変なことが起きるぞ」
「気を付けて運転すれば大丈夫だよ。車体も頑丈に出来てる」
「そんなこと信用できるか」
「君は心配性だな。じゃあ、太陽光で走る車でも作ったどうだ?」
「どうしてエンジンの燃費効率を上げるという発想に行き着かないんだ?」
「温暖化の原因になる二酸化炭素を増やしたくないだろ」
「放射能汚染が起きたら、温暖化どころの騒ぎじゃないぞ…」
しつこく食い下がるジャーナリストに痺れを切らしたのか、記者は呆れ顔で答える。
「とにかく、事故を起こさなければ安全なんだよ」
「本末転倒だ」
「いいか、大人になれ。反核なんてサヨクのやることだ」
記者はそう吐き捨てるように言うと、早足でジャーナリストのもとを去っていった。
その後姿を眺めながら、ジャーナリストは独り呟く。
「車の運転には、くれぐれも気を付けてくれよ…」