つらいとき、
立ち上がれないと思うとき、
不思議と、
教会に行こう、と思えることがあります。
 
そういう教会は、本物です。
ではどうすれば、
悪魔の試みを見破ることができるでしょうか。
 
人は、そんな悪魔に立ち向かう力をもちません。
悪魔は、そんなに弱いわけじゃないのですから。
 
ひとつの有力な対策は、聖書です。
聖書に立つこと、
聖書が何を言っているか、そこに
耳を傾けてそれに従うこと。
 
聖書からきていないものを、
聖書からきているかのように勘違いすることは、
かなり大きなです。
そこに気をつけましょう。

見た目にもステキで、
そこにいる人も優しい。
教会は、そんなよいところでもあるのですが、
注意しないといけないこともあります
 
それは、教会を狙うものがある、ということです。
人を神から遠ざけようとする者を仮に悪魔と呼んでおくと、
悪魔は、まさにその教会をこそ、狙おうとするわけです。
 
聖書では、
自分こそエリートだと自惚れた
ファリサイ派というグループが
イエスによって退けられています。
 
教会が、このファリサイ派のように
なっていくことは、案外よくあるのです。
キリスト教会には、
外国の人が訪れることがあります。
 
ただ外国人だからという珍しさだけで
近づいて話しかけるというのは、
何十人もそうした者と相手をしなければならない
その方にとって、うれしいことでないかもしれません。
 
でも、
外国の宣教師の話を聞くチャンスがあったら、
ぜひ話しかけてみましょう。
こちらは、話しかけられたくて、
うずうずしている場合が多いようです。
 
オープンに、心を開いて、
すばらしい出会いに、感謝しましょう。

教会に来ているときのその人しか知らないと、
いつもホントにいい人なんだろう、と思います。
 
でも、教会の外、つまり世の中での生活は、
きつい闘いもあることでしょう。
落胆するようなこともしばしばかと思います。
 
そういう世の中では、
安心しきっているということはないでしょうけど、
でもやっぱり、
いい人なんだと思いますよ
 
ふだんと全然違う人格で、
教会生活を送る、ということは
やりにくいものなんです。