しかしまた、別の宗教だという顔をしておきながら、
同じ「旧約聖書」を使うというのも、不思議なもの。
イスラム教でも、旧約聖書に基礎を置いている部分があり、
ユダヤ教・キリスト教・イスラム教においては、
実は神は同一だという捉え方もできるんです。
同じ「旧約聖書」を使うというのも、不思議なもの。
イスラム教でも、旧約聖書に基礎を置いている部分があり、
ユダヤ教・キリスト教・イスラム教においては、
実は神は同一だという捉え方もできるんです。
新約聖書・旧約聖書という言い方があります。
「訳」ではないですね。
この「約」は、「契約」「約束」の「約」です。
神と人間とが、契約を交わすのです。
新約というのは、
イエスが現れて、
神と人との約束が、また新しく結ばれてからの
出来事や未来のことが書かれてあるからです。
旧約というのは、
イエスが現れる前の、
元の約束のことが集められているからです。
「イエス」が名前で
「キリスト」が苗字だと思っている人が、
いるかもしれません。
たしかに「イエス」は名前ですが、
「キリスト」は称号です。
「救い主」「メシア」っていうところかな。
「田中先生」っていうのと似ている感じ。
ただ、パウロの手紙の中では、
「キリスト・イエス」という使い方もあります。
「先生田中」みたいですが、
「King James」というのと似ていますね。