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木村正志「色とこころの雑記帳」

ファション、商品、環境など色彩全般とこころについて、個人的な忘備録である。

顔はどこからどこまでを顔というのだろうか?

表情筋がある範囲が顔で、動かない所が頭。

解剖学者は骨で定義。

顎から髪の生え際まで?ハゲ頭の人はどうなる苦笑。

顔学会では首から上を顔と定義しているようだ。


顔はどの様にして出来たのか?

目、鼻、口、耳、どれが最初か?


目からと考える人が多いのではないだろうか?

私はこの話を聞いた時、真っ先に目だと思った。

目がなければ、何も見えないし、

見えなければ敵から身の守ることもできなければ、

餌を探すこともできない。


答えは、まず口ができた。


口がなければ食べることができない。

動物は植物のように光合成でエネルギーを得ることができない。

食べることができなければ、生きることができない。


ということで、初めに口ができました!

その例が原索動物のナメクジウオ。

ナメクジウオは口はあるが顎はない。


もちろん目もない。


目の役割をしたのが口のそばにできた感覚器官。

この感覚器官からの情報を処理するために脳ができて、頭ができた。


次に鼻ができ、目ができた。

でも目はあいたまま。

瞼ができたのは両生類になってから。


目は、馬とトラではついている位置が違う。

草食動物の馬は、食べている最中でも敵から身を守らなければならない。

そのため目は周りを見渡せるよう横にある。

トラは獲物を捕獲するために、獲物との距離を測る必要があり、目は前にある。

霊長類は肉食ではないが樹上生活で枝から枝に移動する必要があった。

このため目は前に移動し、立体視ができるようになった。


そして、最後に耳だ。

耳はアンテナの役割が大きい。

だから犬や猫のように頭の上にある。

これによって遠くの音をキャッチすることができる。


人の耳は脳の発達によって上方から側面に移動した。


そして耳たぶはイヤリングを飾るところになった。

これも獲物を捕獲する道具かもしれない(笑)


顔は生物が生きるために必要な器官として発達してきたのです。

日本人は太陽を赤く塗る。

世界はどうかというと、殆どが黄色、オレンジである。


なぜ、日本人だけが太陽を赤く塗るのか。

それは日本の国旗との関わりが大きいと言われているが、

はたしてそれだけなのだろうか。


赤(アカ)の語源は、夜が明けるから「アカルイ」そして「アカ」となった。

また、赤(アカ)の「ア」は「アレ(現)」のア。「カ」は「カガヤク(輝)」のカ。とも言われている。

いずれも、赤は太陽と密接な関係にある。


農耕民族の日本人にとって、太陽は作物を生長させてくれる。

太陽なしに地上の生物は生きられない。


また古代神話の天照大御神は太陽神である。


日本人は昔から太陽を尊び、憧れ、愛着を持っていた。


赤を太陽の色として尊んでいるのである。


ちなみに世界の人が太陽を黄色く塗るのは見た目だけではないようだ。


中世ヨーロッパの占星術の影響からきていると言われている。


占星術では天体の運行と色とが関連づけられ、

太陽は黄色、月はシルバー、火星は赤、水星は青か黄色、金星は緑、木星は紫、土星は黒とそれぞれに色が当てはめられている。


世界の太陽の色はここから来ているようだ?

生まれながらの美しい顔が成長と共にそのまま「いい顔」とはならないケースが多い。


カタチが悪く(何をもって悪いとするかは定かではないが)、自信のなさそうな顔も、

それまで育ってきた環境や体験、知性、教養がそなわれば、ココロも磨かれ、品格も備わり、自信に満ちた、いい顔に変えることができると僕は信じている。


顔は整形外科や化粧で整った顔に変えることはできるが、それは一時的なものであり、本当の顔ではない。形だけで作られた顔はいずれ崩れるだろう。

亡くなった人を例にして悪いが、世界的に有名な歌手で、白人に憧れ、整形と皮膚移植を繰り返し、人工的に作り上げられた顔。晩年の彼の顔はいわゆる仮面。ココロとのバランスが崩れた顔。決っして「いい顔」とは言い難い。

本来、顔は、その人のルーツを象徴するものであり、生まれ育った環境や歩んできた人生、培ってきた知性、教養、体験そのものを年輪として現している。


だから顔はカタチだけでできるものではない。

ココロも備わって、個性(魅力的)ある顔となる。


その一方、いかにいい顔で生まれても、人生の歩み方によっては、貧しい顔となる。


いい顔になりたかったらまずはココロを磨くことが必要だと思う。