カタチだけ整えても「いい顔」にはならない。 | 木村正志「色とこころの雑記帳」

木村正志「色とこころの雑記帳」

ファション、商品、環境など色彩全般とこころについて、個人的な忘備録である。

生まれながらの美しい顔が成長と共にそのまま「いい顔」とはならないケースが多い。


カタチが悪く(何をもって悪いとするかは定かではないが)、自信のなさそうな顔も、

それまで育ってきた環境や体験、知性、教養がそなわれば、ココロも磨かれ、品格も備わり、自信に満ちた、いい顔に変えることができると僕は信じている。


顔は整形外科や化粧で整った顔に変えることはできるが、それは一時的なものであり、本当の顔ではない。形だけで作られた顔はいずれ崩れるだろう。

亡くなった人を例にして悪いが、世界的に有名な歌手で、白人に憧れ、整形と皮膚移植を繰り返し、人工的に作り上げられた顔。晩年の彼の顔はいわゆる仮面。ココロとのバランスが崩れた顔。決っして「いい顔」とは言い難い。

本来、顔は、その人のルーツを象徴するものであり、生まれ育った環境や歩んできた人生、培ってきた知性、教養、体験そのものを年輪として現している。


だから顔はカタチだけでできるものではない。

ココロも備わって、個性(魅力的)ある顔となる。


その一方、いかにいい顔で生まれても、人生の歩み方によっては、貧しい顔となる。


いい顔になりたかったらまずはココロを磨くことが必要だと思う。