『神無月』 | 温泉と下町散歩と酒と読書のJAZZな平生

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人生の事をしみじみ噛み締め出す歳は人それぞれやろが、ワテもそないな歳になったんで記し始めました。過去を顧みると未来が覗けます。
基本、前段が日記で後段に考えを綴っとるんで、後段を読まれ何かしらの“発見”があれば嬉しゅうございます。

今朝も7時半に起きたら、くしゃみ連発。

朝食は昨夜スーパーで半額やったとろ玉海老チリ丼。それに茨城産小松菜入れた味噌汁。デザートは和歌山産八朔。

ウィントン・マルサリス→ティル・ブレナー→アンブローズ・アキンムシーレとトランペット奏者をユーチューブで聴いた。

水道橋へ散歩に出掛け、昼食は後楽「バルコ」に入り、本日のパスタランチ、アサリと青海苔のスパゲッティを注文。サラダにドリンクバーが付く。1080円也。

本郷東大→根津経由で帰宅したら、コーヒー飲み過ぎたのか腹が空いたさかい「金沢手作りケーキ 輪島塩」を食うた。

りんごジュース飲みながら「名家の妻たち」第41話と第42話をギャオで見た。この物語、女性の怖さが引きも切らずやが、第二夫人役のニー・ホンジェの演技、怖いわ。

風呂に小一時間浸り考えとった。ピエール瀧がコカインを摂取した疑いで逮捕され、また出演作品が次々とお蔵入りになるようやけれど、彼の出演料などを薬物依存者の自助更生組織「ダルク」などに寄付する条件で上映等やりゃあええのになあ。逮捕するだけでは依存症が治る訳やあらへんし、出演作品に関わる人達は困るし、世の中ようなるもんでもないでえ。

夕食はカナダ産豚肉、北海道産じゃが芋、長野産ぶなしめじをタジン鍋で蒸して食うた。デザートはフィリピン産バナナ2本。

 

 

宮部みゆきの「幻色江戸ごよみ」を第十話迄読んだが、その第十話の『神無月』。

これも切ない話やったがな。

夜更けになっても眠れぬ夜があったら、読むのにええ話ですわ。

物語は、夜更けに三十後半の岡っ引きが酒飲みながら煮炊きの煙に燻され薄茶色に染まった暦をチラチラ見、行きつけの居酒屋の六十過ぎの小柄な店主を相手に話し出すところから始まっとる。

[「去年、初めてあの話をしたときも、親分は納豆汁を食って帰りなすった。

「そうだったかな。好物だからな」

岡っ引きはまだ暦を見上げていた。親父もそちらに頭を振り向けた。

「今日は仏滅ですね」

「いい塩梅だ。しんき臭い話をするにはおあつらえむきじゃねえか」

親父わずかに眉をひそめた。「今年もあったんですかい」

岡っ引きは首を振った。「いいや」

銚子を手に取り、それを傾け杯を満たす。ちょうど空になった、そこで手を止めて、岡っ引きはもう一度首を振った。

「いいや、まだな。まだ起こってねえ。今はまだ」

「そのことに気がついているのは、親分だけなんですか」

「そうでもねえよ。俺が話したからな。だが、みんな首をひねってる」

岡っ引きは顔をあげ、親父と目をあわせてにやりと笑った。

「それもそうだろと思うぜ。俺だって、毎年神無月にただ一度だけ押し込みを働いて、あとの一年はなりをひそめている――そんな律儀な賊はいったいどんな野郎だと、不思議でしょうがねえんだからな」]

神無月には、神さんは江戸には居らへん。

その神無月、江戸の御府内では同じ手口の押し込みが起こっとった。八年前から始まり、年中行事みたいに毎年。

盗られた金は五両からせいぜい十両ちゅう無理無く危うく無く襲われた家がその場で出せる限りの額やった。盗ったら早々に逃げ出すところも同じ。

つまり、余分な欲はかかない。誰も傷付ける事も無かった。そやから、追われる心配もそれだけ少なくなる。

岡っ引きは、犯人は長く家空ける事が出来ぬ堅気の男だろうと考えとった。そして、のっびきならない事情があるんやろと。そやさかい、岡っ引きは捕縛にあんまり気が入らんかったんや。

しかしながら、鮮やかな手口続けとった男、去年の神無月の犯行で初めて人を傷付けたんや。金貸しの家の息子は向こうっ気が強く、強く抵抗したんや。それで男は刃物振るいましたんや。

そうなると、岡っ引きも本腰入れて捕縛に動かなならん。

岡っ引きが持つ手掛かりは、現場に落ちとった小豆っ粒しかあらしまへん。あとは手口からの推理や。家に出入りしてその造りを把握し易い大工による押し込みかと思うたが、調べてみると違う。狙った家の造りをよう知る者の犯行やが、他の職種も考えて当たってみたものの、まとめて外れやった。

嘆き節を聞いとった居酒屋の親父、一つ抜けてやせんかと云う。畳職人ですわ。

この飲み屋の親父、ええ味出しとんねん。無駄に人生過ごしとらん。

鋭い推理聞いた岡っ引きは、男の歯止めが効かなくなる前に、本当に人を手にかける前に、袖を捉えて引き戻してやらなならんと店を出た。間に合うとええがと夜道を急いどる。

「たたみ職 市蔵」

その木札が掛けられた裏長屋住まいの男は、畳職人やが女房は娘のお産で命落としとる。その娘おたよの為に、図体のでかい男は小豆入れてお手玉を縫うとった。

神無月生まれのおたよは赤ん坊の時から身体が弱く、ほとんど寝たきり状態で外に出る事も無く育ったんや。

娘は大人にはなれまい。そう医者に告げられとる。薬で宥める事は出来ても、芯からは治す事が出来ない。そない気の毒そうに告げられとる。

おたよにとって、父のつくるお手玉は唯一無二の楽しみなんや。

神無月に押し込み働いとるのは、おたよの父なんや。

娘の命をつなぎとめておく為に、男は心を決めた。おたよには、当たり前の働きで稼ぐ以上の金が要る。

ところが、去年の押し込みは不味かった。恐ろしかったし、人を傷付けた事を悔いとる。八年で初めて弱気になった。

それでも、おたよの為に金が要る。

そして、向こう何年か押し込みせずともええ額を盗む事考える。

[神無月がどういう月か、おめえは知ってるかい?この国の神様がみんなして、出雲へ行ってしまわれる月なんだよ。神様が留守にしちまう月なんだ。

だからおめえは、こわれものの身体を持って生まれてきちまった。おめえのおっかさんも、おめえと入れ代わりに死んでしまった。みんな神様が留守だったからだ。ちゃんと見ていてくださらなかったせいだ。

おとっちゃんは、そういう神様を恨んだりはしねえよ。そんなのは罰あたりだし、神様を恨んだりすると、もっと悪いことが起こるからな。

だが、おめえを幸せにしてやるためには金が要る。その金を工面するのに、おとっちゃんは、神様が喜んではくれそうにねえことをする。神様に見られて困るようなことをする。

だから神無月にするんだ。神様の留守のあいだに、神様が留守にしていたせいで起こった不幸せの穴埋めをしに出かけて行くんだよ。わかるかい、おたよ。]

男は年に一度のおつとめの為に袂に数粒の小豆を入れた。それは男のお守りやった。

押し込みに出掛け、夜道を駆けとる。