沼津便り4月号
沼津便り4月号編集 松本 徹どんな寒い冬も4月になると暖かくなり桜が咲き始める。そんな自然のパワーを糧に僕達は生きているのかもしれない。さて長年開発の仕事をしていると常にヒットする商品について考えておく必要がある。幸いにも僕はホンダのバイク研究所の中でヒット商品に囲まれながら育てられた。1980年代はYH戦争もあり実に多くのバイクを開発して世の中にその成果を問い続けた。CBX,CBR,VR,NSR,リード、ディオ等挙げたらキリがない。そうしてこれらのバイクはいづれもヒット商品に繋がった。10年間この研究所で仕事をした後、自動車の開発センターに転勤になり、始めて車の開発に携わる事になった。それまで売れる車の事については真剣に考えて来なかったので、どんな車を開発すれば売れるのかさっぱり検討がつかなかった。1990年代ホンダでは初代のオデッセイを開発していた。車高はとても低く誰もがもっと車高を高くした方が良いと意見した。発売する直前になってもこんな車は売れないだろうと多くの社員は考えていた。しかしこの車は空前のヒットとなり世間に衝撃を与えた。当時の役員もこれを受けてヒットの方程式がわからなくなったと思わず僕達の前で口走ってしまった。ホンダにおいて誰もが認めるヒット商品の一つにスパーカブがある。この商品は発売当初からスタイルも大きく変わっていないし、今でもコンスタントに売れている。一体なぜなのだろうか?20代の頃時々ヨーロッパミーティングに参加させて頂いたが、当時のヨーロッパの営業マン達は良いものは変える必要はないと話していた。設計変更すると悪いところを対策したと思われるので、頻繁にモデルチェンジをする事には否定的だった。一方日本人はとても飽きやすい人種なので定期的にモデルチェンジしないと販売が伸びないと言う現状があった。そんなこともあってホンダでは地域毎のニーズを踏襲して開発を行なっていた。今でも自信を持ってこんな車を開発したら絶対に売れると断言は出来ないが、やはりお役様のニーズを反映しないと車は売れない。技術者のエゴで開発した車は売れない。この方程式は今でも変わっていないと思う。現在は車を離れ特殊なスピーカーを開発する会社で品質業務に携わっているが、お陰様でミライスピカーはヒット商品の仲間入りを果たした。この年になってまさかヒット商品の開発に携わる事が出来るとは考えてもいなかったので、つくづく運の良い人生を歩んでいるなとほくそ笑んでいるところなのだ。僕の夢はこのミライスピーカーを車両に搭載し、お客様の生活の向上に役立ちたいと考えている事だ。仲間内からもその可能性はあると思うと連絡を頂いているので、この夢に向けてさらに尽力したいと考えている。さて4月10日より久しぶりに上海に行き、浙江省にある自動車部品メーカーに行って来る。ご存知の様に上海にはトヨタ自動車がBEVの子会社を立ち上げた。2027年よりBEVの生産を始めると既にマスコミで発表しており、この車の部品獲得の為に多くの会社が鎬を削ることになる。この会社はテスラに続き2社目の海外企業単独での進出になる。これがトヨタ自動車の中国におけるBEV生産の答えになるのだと期待している。エンジン車とBEVを一つの工場で生産するには無理がある。これが現時点での答えなのだと思う。この便りは日本、中国の自動車関連に携わる多くの人に配布させて頂いているが、知り合いの人材紹介会社、不動産会社、弁護士、AI開発者等異業種の人にも展開している。人材紹介会社といえばひょんな事から青島にある会社の総経理と知り合いになった。2021年頃大手不動産会社が経営不振を受けて、この会社で電気自動車を開発すると言う事が大きなニュースになっていた。丁度その頃この会社より連絡が入り、この電気自動車メーカーで仕事をしてみないかと紹介された。それからの付き合いで今も付き合いは続いている。先日この青島の会社より日本に住む中国人を日本の企業に紹介する仕事をメインにしたいので協力して欲しいと連絡があった。僕にはそれを受けるだけのパワーがないので、横浜にある人材紹介会社に行き、この話を会長と社長にさせて頂いた。現在中国では不景気の煽りを受けて日本にきて仕事をする富裕層が増えている。今年100万人を超えると言う予想も出ており、都内のマンションを中国人の富裕層が多く購入している実態もある。こんな現状を批判する人がいることも知っているが、民間での交流は両方に取ってメリットもある。さて来月号は浙江省に行った事を書きたいと考えている。考えてみると始めて中国の保定市に行き仕事を始めたのも4月頃だったと思う。この時期保定市も暖かくなり、綿帽子の様な種子がふわふわと浮遊し街を覆うのだ。この時期になるといつもその事を思い出してしまうのだ。