沼津便り
F社九州における監査不合格の冷徹な現実今回、F社九州の監査は「不合格」という極めて厳しい結果に終わった。この事実は、単なる一過性の指摘事項にとどまらず、現在のものづくり体制が抱える構造的な欠陥を如実に物語っている。不合格となった理由は、数え上げれば切りがない。表面的な書類の不備を整えるだけで解決するような生易しい次元ではなく、組織の根底を揺るがす深刻な課題がいくつも重なり合っている。顕著な問題として、以下の点が挙げられる:現場と品質部門の圧倒的な乖離:品質を管理・指導すべき部門と、実際に手を動かす製造現場との間に深い溝があり、基準や理想が全く噛み合っていない。主要設備の根深い不備:製造の要となる設備そのものに多くの課題が残されており、安定した品質を担保できる状態にない。組織内の致命的なコミュニケーション不足:情報が正しく伝達されず、問題が発生しても迅速に対処できない閉塞的な環境が常態化している。歪んだ人員構成と「ものづくり」への敬意の欠如来る16日、17日には早くも再監査が予定されている。しかし、現場のメンバーたちの間では「どうせまた不合格になる」という諦めと冷ややかな囁きが早くも広がっている。なぜ、これほどまでに現場の士気が崩壊しているのか。その原因は、異常とも言える現場の人員構成にある。現在の製造現場は、その全てが人材派遣会社と業務請負のメンバーのみで動かされている。その一方で、彼らを指揮・指導すべき立場にある正社員の多くは、驚くべきことに「シートの具体的な作り方」さえ知らない。実務を理解していない者が管理側に回り、現場の最前線を外部の労働力に丸投げしている歪な構図がここにある。さらに、設備環境の管理体制も混迷を極めている。今回の設備は中国・武漢から移管されたものであるが、その調整や維持管理は中国人のメンバーが直接見ている状態だ。言葉や文化、精度に対する認識の壁を乗り越えられないまま運用が続けられている。現場の状況を冷静に見つめ直したとき、浮かび上がってくるのは「ものづくりを舐めている」と断じざるを得ない、あまりにも希薄なプロ意識である。1 / 2【現場の生の声】監査の最中、現場のメンバーの1人が私にそっと話しかけてきた。その言葉の端々からは、崩壊しつつある体制への不満と、誰も本質的な解決に動こうとしない現状への深い絶望感が滲み出ていた。現場の人間こそが、この破綻した仕組みの犠牲者であり、同時に誰よりも危うさを肌で感じ取っているのだ。不条理なガバナンスと人事を巡る闇現場の歪みは、製造ラインの不備にとどまらず、組織のガバナンスやモラルの崩壊という形でより深刻な影を落としている。それを象徴するのが、最近発生した社内での深刻なトラブルとその顛末である。事の発端は、現場で働く派遣社員の女性が、ある正社員の男性を不当な扱いについて訴えたことだった。当然、この問題への対応は九州工場の担当人事マネージャーが実務として当たるべき事案であった。しかし、訴えられた正社員の男性は、横浜本社の関係者と懇意な関係にあった。彼はあろうことか、現場の指揮系統や九州工場の人事マネージャーを完全に飛び越え、横浜へ直接の連絡を入れたのである。このルールを無視した直訴がもたらした結末は、あまりにも理不尽なものであった。本来、保護されるべき立場にあった訴えを起こした派遣社員の女性は、不自然な形で契約期間を短縮され、事実上の排除を余儀なくされた。さらに、現場で正当に対応に当たろうとしていたはずの九州工場の人事マネージャーは、突如として横浜への転勤を命じられた。真実を隠蔽し、身内を守るための不条理な人事権の行使――これでは現場の人間が会社を信用しなくなり、ガバナンスが完全に機能不全に陥るのも当然の帰結と言える。岐路に立つ現場と、静岡への帰還私は、再監査直前の16日まで現地での業務を全うし、その後、静岡の沼津へと帰る予定である。今回の滞在で目撃したフォルシア九州の現状は、日本の製造業が陥ってはならない縮図そのものであった。外注頼みの現場、実務を知らない正社員、ブラックボックス化した移管設備、そして不正や不条理がまかり通る組織体制。これらの根本原因にメスを入れない限り、たとえ今回の再監査を小手先の対応で乗り切ったとしても、遠くない未来に必ずより大きな破綻を迎えることになるだろう。「ものづくり」に対する真摯な姿勢と、組織としての健全性を一刻も早く取り戻せるか否か、今、極めて重い試練が突きつけられている。(沼津のオフィスにて、現地の危機的状況を振り返りつつ記す)2 / 2