福岡便り4月号
福岡便り4月号2026年3月28日 編集 松本徹久しぶりにシートの仕事を始めた。トヨタ紡織では入社して直ぐにT社の愛知工場でシートベルトを止めるナット欠でリコールを経験した。直ぐにトヨタ自動車品質保証部指導でワーキンググループが立ち上がり、自工程完結をキーワードに締め付けのあるべき姿を追求した。この活動には100名近いメンバーが招集された。南は佐賀県、北は岩手県から品質部門のメンバーが収集された。この活動の中の一環で締め付け工程の認定監査員制度を作り自社で監査が出来るようにルール化した。今でもトヨタ紡織関連の会社に行くと認定員バッチを付けて仕事をしている人がいると思うが、これはこの時決めたルールに従って決めたものだ。当時の僕はクロップスクルーと言う人材派遣会社に属し、派遣社員として仕事をしていたのだが、この認定員制度の指導員になり100名近いメンバーを認定員に指名した。指名式はトヨタ紡織の高岡にある会議室で賑々しく開催され今でも彼等は活躍している。この時の人脈は今でも続いており、この福岡便りを送っているメンバーもいる。2004年トヨタ紡織はアラコ、タカニチ、豊田紡織の3社が合併し新生のトヨタ紡織が出来た。僕は2005年品質保証部で仕事を始め、この時出会った伊丹さんは現在九州の社長をやっているし、トヨタ紡織のTier1のトップは殆ど知り合いだ。僕はその後も人材派遣の社員としてタチエス、トヨタ自動車のエンジン設計部で仕事をし、56歳の時中国に渡り長城汽車の品質部門で仕事をした。この会社で日産のOBと仕事をした。今でも付き合いのあるNVHの島影さんとはこの会社で知り合った。当時長城汽車には多くの外国人専門家が仕事をしていたが、この会社は外国人専門家の扱いがとても雑で、その噂が一気に日本に広がりその後長城汽車で仕事をしたいと言う日本人は殆どいなくなった。それから2020年コロナが拡大を始めた広州に行き広州汽車の研究院で品質の仕事を始めた。この頃ちょうど広州豊田のメンバーがこの研究院に移動しており、トヨタ自動車と同等の車作りをすると言うプロジェクトを立ち上げていた。僕はそのプロジェクトで仕事をする事になったが、仕事を始めて直ぐにそれはとても難しいと言う事が分かった。今でも多くの中国の会社はTPSを自社に取り込んで品質の高い製品を作りたいと考えている会社は多くあるが、結局経営者の覚悟が足りず、日本人専門家に丸投げしているのが実態だ。また中国企業の社員は日本人の言うことは聞かないので、何年経っても改善は進まないのが実態だと思う。今でも5Sの必要性を理解していない中国人に出会うことがあり、びっくりする事がある。さてフォルシア九州の仕事は今までに経験した事のない、とてもスリリングな仕事で、武漢にあったシートフレームの工程を、ここ福岡県に移管しシートAssy工場に納入すると言う仕事になる。仕事はTier2の仕事なのだが、なぜか日産のメンバーが監査にやって来ている。通常トヨタではこの様な場合Tier1の会社が監査に来るのだが、直接日産が来ているので、良く分からないのである。それに工場が田川市と言う少し田舎にあるため人材集めに苦労している。そんな事もあり、製造のメンバーは全てシートを生産した事のある人材派遣会社からのメンバーが集められて、このメンバー達を中国人が指導すると言うおかしな状態になっているのだ。また品質部門はシート経験のないリーダーとフェリピン人の女性が仕事をしている。この様な状況なので僕に白羽の矢が当たってしまったのである。だからこの工場に集められてたメンバーは陰で騙されたと漏らしているのだ。しかしお客様に迷惑をかけるわけにはいかないので、知り合いの日産OBに来て頂く事にした。先日彼を迎えに北九州空港に行き、久しぶりの再会に花が咲いた。彼はさかんになぜここ田川に工場があるのかと聞かれたが、その真意は僕も知らないのだ。フォレシアは中国では40以上の工場を持ちそれなりの実績があり、多くの自動車メーカーに納入の実績もある。しかしシートフレームの工場は日本ではここ田川が始めてなので、実際は一からのスタートになっている。工程変更とは名ばかりで、実際は新規工場の立ち上げに近い状態なのだ。だから僕も当然騙されたと思っている。僕の仕事の範囲はとても広く工場全体の改善活動と社員教育も含まれているので、やる事は多くあるが、幸いにも工場はとても小規模なので、改善は半年で終わると思っている。1月ここ田川に来て、2月よりフォルシアで仕事を始めて、気がつけば4月になっていた。天意予報では29日日曜日が満開だと言う。最近では昼休み工場の周りを散布する余裕も出来て来た。工場の近くに桜を見つけて写真に収めた。しかし僕の春は暫くお預けのようだ。