福岡便り
福岡便り2026年1月号2026年元旦 松本徹編集新年明けましておめでとうございます。新しい年が始まり、今年やることを頭の中で整理しているところだ。去年の年末は大阪で中西さんと大村さんに会って来た。中西さんは去年浙江省で仕事をしている時わざわざ会社を訪ねて来てくれて中西さんの関与した本をプレゼントして頂いた。中西さんは現在ビッグドリームネットと言う会社を企業されている。長年大日本インキ(DIC)で営業の仕事をされており、PVCを長年担当されて来た。僕は大学時代PVCの大家の後藤教授の研究室で卒論を書かせて頂いた。本田技術研究所の材料研究室に入社した時PVCの開発をしていた先輩は後藤教授の書かれた本を大事に持っており時々読んでいた。この時始めて後藤教授の偉大さを知った次第である。勿論中西さんも後藤教授の事は良くご存じで、きっと可塑剤とか安定剤の事を後藤教授の書かれた本を読んで勉強されたのだと思う。食事のあとで阪急32番街に行き珈琲を頂いた。窓の外には大阪が広がり大阪城も良く見えた。(勿論母校の梅田校は目の前に見えた)それから数日後大村さんに「大阪にいたら会いませんか?」と連絡したら大阪にいるので会っても良いと連絡があった。大村さんとは深圳で深沢さんの紹介で会い、何度か自宅で食事を御馳走になった。一度は大村さんの妹さんと深沢さんの4人で食事をしたこともあった。大村さんの会社は特殊な樹脂ギアーの生産を70年続けられている老舗で、本田時代樹脂ギアーがバイクで使えないか樹脂グループの知り合いが検討していた。軽量化のために樹脂ギアーには大きな魅力があり、今後も自動車への採用は続く事になると考えている。大村さんとは29日梅田で会い、こてこての大阪フーズを楽しんだ。この時大村さんはこの会社を大手のモーター会社に売却し、今は仕事をしていないと言う事を本人の口から聞かされた。大村さんは僕の1年後輩で誕生日は3月14日。僕と同じ誕生日なのである。会社を売却するまでの詳しい話は聞けなかったが、彼が幸せならそれで良いと自分を納得させて彼とは別れた。次の日久しぶりに静岡に戻り富士市で深沢さんと友達の飯島さんに会ってイタリアン料理を頂いた。深沢さんとの出会いは前回の便りで書かせて頂いたが、僕は現在深沢さんの会社の顧問をやらせて頂いている。飯島さんはもともと大連で看護士の仕事をされており、現在は大連と富士市に会社を持っている。段ボール等の紙の事業がメインの仕事だが今はキシリトールの販売を日本で計画している。仕事で福岡、山口県まで足を伸ばして営業活動をしていると言うから今後の成長に期待している。この二人の共通点は生まれが富士市で、旦那さんが中国人であると言う事とお父様が同じ会社であり、中国と富士市に会社を持っていると言う事である。姉妹ではないかと言う位多くの共通点があり、事業に対してとても前向きで将来二人とも成功して欲しいと父親の様な気持ちで二人の話を聞いた。この便りを地元のマスコミ関係者が読んでくれたら是非彼女たちの取材をお願いしたい。そうしてドラマチックな2025年は無事に幕を閉じ、2026年がスタートした。元旦早々浙江省で一緒に仕事をしていた石原さんから連絡が届いた。その内容にびっくりして直ぐに彼と連絡を取った。石原さんはタイ工場の副総経理として入社して暫くは浙江省の本社で仕事をしていた。僕が日本に戻る同時期にタイに赴任された。暫く一緒に仕事をさせて頂き、途中から僕の住むマンションと隣接するホテルに越して来たので一緒に会社まで行く事も良くあった。そんな石原さんから今月5日で解雇になったと連絡が入った。彼は入社してまだ3ヵ月しか経過していなく、タイに赴任して丁度1カ月目の出来事だった。解雇になった理由は分からないと彼はきっと僕には正直に答えたのだと思う。僕にこの会社を紹介してくれた陸さんも物流部門の総監でこの会社に採用され2ヶ月も立たないうちに解雇されている。この時陸さんもなぜ解雇になったか分からないと連絡があった。中国の民間企業では良くあることなので特に驚きはなかったが、これが中国企業の実態なのである。解雇の理由が分からないので対策のしようもないのである。小説「遥か向こうにはいつも夢が見えていた中国編」でこの事は書かせて頂いた。この中国編は今年2月で本の販売は終了するが電子版は今後もネットで販売を続けるので是非読んで頂きたいのである。さて僕は今福岡県に行く荷物の準備に取り掛かっている。タカミネノのエレアコはマストで送る必要があるので新品の弦に張り替えた。今年福岡県で一体どんなドラマが待ち受けているのだろうか?今からワクワクが止まらないのである。今年も春から縁起が良いと行きたいものである。