★今日のベビメタ
本日12月15日は、2016年、Red Hot Chili Peppers UKツアーのSpecial Guestとして、マンチェスターManchester Arena(2日目)に出演した日DEATH。
Judas Priest Firepower Tour@シンガポールZepp Big boxで、「新体制」宣言後、初の海外公演となるオープニングアクトが行われた。5人に増えたバックダンサーを全員連れていくことはできないし、MINAKO神はスケジュールが入っているとのことだったので、US、EUツアーとは違う形になることは予想されていた。
SU-、MOAと並んでステージに立ったのは、Chosen 7のSAYAだった。
セトリ7曲中、新曲2曲(「Elevator Girl」「Distortion」)は、US、EUツアーともJapanツアーとも違う3人のフォーメーション。既存曲5曲(「メギツネ」「ギミチョコ!!」「META!メタ太郎」「KARATE」「Road of Resistance」)の振り付けは、かつてのBABYMETALと同じフォーメーションで、SAYAはYUIと同じポジションに入った。
この「新三人組」は見慣れたバランスであり、平賀優介神が加わったこともあって、シンガポール~Good ThingsでのBABYMETALは、大方のメイトを安心させるものだった。
だが、SAYAはYUIの「代わり」ではない。
それは正式なメンバーとして発表されておらず、メタルネームがないということだけではない。
人気バンドの重要メンバーが脱退し、後任に新しいメンバーが入るというのは、なかなか難しいのだ。
ディープパープルで、通算在籍年数が最も長いギタリストは、現役のスティーブ・モーズ(1994-2018年、通算24年)だが、より短いリッチー・ブラックモア(1967-75年、1984-93年、通算17年)の方が、バンドを代表するギタリストとして語られる。
メタリカ結成時のリードギタリストは、デイヴ・ムステインだった。だが素行が悪く、バンドがサンフランシスコに拠点を移し、1st アルバム『Kill 'em All』をリリースする直前に解雇され、後任にカーク・ハメットが加入した。
今では、メタリカのギターと言えば、カーク・ハメットであり、BABYMETALが2014年海外進出した頃の「紙芝居」には、メタリカ代表の「ロン毛のお兄さん」として取り上げられたりしていた。
なお、ご存知のように、デイヴ・ムステインの後任としてはLOUDNESSの高崎晃にも後任のオファーがあったといい、また、デイヴ・ムステイン自身はMEGADEATHを結成し、スラッシュ四天王の一角を占めるに至った。
人気バンドの重要メンバーが交代する際、ファンはどうしても前メンバーの技量やキャラクターの「代わり」を求める。だが、「代わり」に新メンバーが入っても、実際には前メンバーの別プロジェクトも愛し続けるし、新メンバーは、前任者同等の技量を示しつつ、前メンバーにはない個性を発揮し、バンドに新たな歴史をもたらした時初めて、ファンに認証される。
もし、YUIMETALが脱退した10月から間を置かずに、SAYAが新メンバーとして発表されていたなら、SAYAはいやでも、前任者と比較されることになる。それは誰にとってもよい結果をもたらさない。
言うまでもなく、YUIMETALの「代わり」は、誰もできないからだ。
2010年、菊地最愛とともにさくら学院に「転入」してきた小学校5年生の頃から、ぼくらは水野由結を知っている。プニプニほっぺとふわふわヘアーの童顔ながら、手足が長く、ダンスのキレと子役としての演技力はさくら学院の中でも抜群だった。
NTTの光WifiのCMでは、MOAとともに「光の天使」としてイチローと共演し、風呂屋の煙突の回りをクルクル回っていた。そこからゆいちゃんマジ天使、天使=由結、したがってゆいちゃんまじゆいちゃん、YMYという言葉が生まれた。
それほど「かわゆい」水野由結が「SU-の回りを踊る天使」として菊地最愛とともにKOBAMETALに抜擢され、メタルネームをつけられて、YUIMETALとなったのは、一種のパロディだった。Legend ”I”などの初期ライブの「紙芝居」では、MOAとともに「巨大勢力アイドル」にたぶらかされて「ダークサイド」に堕ち、「おねだり大作戦」や「4の歌」を歌い踊るBLACK BABYMETALとなった。
日本武道館「赤い夜」の「ヘドバンギャー!!!」で、本当にステージから転落し、次の「イジメ、ダメ、ゼッタイ」で健気に復帰し、SU-、MOAと1万人の観客を感動させたYUI。
さくら学院時代には一番身長が低く、それをネタにしたショートドラマさえ作られたにもかかわらず、「ゆいはちっちゃくないもーん!」と叫び続け、中3になる頃には、ついにMOAを抜いたYUI。
他のメンバーより、リアクションが1テンポずれてしまうYUIラグ。そのくせ、ライブでは抜群の身体能力とキレで踊り通し、日本語の歌詞の意味を遠くの観客に届ける。
インタビューでは、BABYMETALにおけるダンスの役割をはきはきと答えるが、2016年のMステで、タモリに海外の方が有名なんじゃないのと聞かれると「CAさんにおかしをいっぱいもらいました♡」と答え、お茶の間を萌え死にさせるなど、ナチュラルKawaii日本代表だったYUI。
何度も言うが、YUIの脱退のコメントには、はっきりと「今も体調が万全ではないこと」が理由として述べられており、激しいパフォーマンスができず、メンバーやスタッフにこれ以上迷惑をかけられないことから、心ならずも辞めざるを得なかった心情が痛々しい。
もし、新メンバーがこんなYUIの「代わり」を演じようとすれば、「あざとい」としか思われないだろう。
ではどういうキャラクターなら、YUIの穴を埋め、ゆくゆくはカーク・ハメットのようにバンドを代表するメンバーとして認知されるのだろうか。
それは、とにかく生真面目で誠実な表現者であるということに尽きるだろう。
強烈な個性をもった前メンバーの後任は、まずパフォーマンスのレベルが前任者と同等かそれ以上でなくてはならない。鵜の目鷹の目で見ているファンを安心させなくてはならないからだ。そのうえで、ピリピリしている既存メンバーやスタッフの信頼を勝ち取る人柄や、ときには後輩ながら、全体をまとめる裏リーダーシップが大切である。
カーク・ハメットは、ドキュメンタリー映画『メタリカ 真実の瞬間』でわかるように、ラーズ・ウルリッヒとジェームズ・ヘットフィールドの対立を「まあまあ」となだめるほどの人格者だった。落ち着いたカークの存在が、結局はメタリカを団結させていく。
シンガポール~Good ThingsのSAYAは、素晴らしい集中力ですべての楽曲をこなし、SU-、MOAとのバランスを保ち、観客を煽るところでは、ステージの端まで走って行って、笑顔を振りまいていた。先輩MOAを見習って、右手をくるくる回したり、ぴょんぴょん飛びながら拍手を促したりしていた。
初めてだろう海外でのライブ。灼熱のオーストラリア。数万人の観客。世界のBABYMETALのフロントマンとしてのパフォーマンス。そのすべてが、18歳(1月9日に19歳)にとっては過酷なものだったはずである。考えようによっては、中高生でソニスフィアに臨んだ三人よりもキツイ。三人は幼いころから気心が知れている仲間だが、SAYAにとってSU-、MOAは先輩であり、同じ境遇の仲間は誰もいないからだ。
給水のタイミングで、SU-やMOAが「大丈夫?」という感じでいたわる瞬間もあったが、SAYAはプレッシャーを乗り越え、最後まで大役を全うした。
その姿は、今年締めくくりの海外ライブの成否を、固唾を飲んで見つめていたぼくらメイト全員の希望となった。勇気ある決断と全力パフォーマンスをしてくれたSAYAに感謝。
だが、焦ってはならない。
Chosen 7の「新体制」は、ダンサーの数を増やすことによって、楽曲や状況に応じてさまざまなフォーメーションをとることができるのがメリットである。だから、このままSAYAが新メンバーとなり、残り4人はもう出ない、ということにはならないと思う。今回は海外の、それも前座/フェス45分7曲限定の短いセトリだったので「新三人組」にしたと見るべきだろう。
原理的には、SU-、MOAそれぞれのソロ、三人組2パターン、四人組、五人組、七人組まで、バリエーション豊かで、物語性を持ったドラマチックなメタル・ショーが可能なのがChose 7である。ネットで一部いわれているように、既存曲を全部こなせなければ新メンバーじゃないなどという意見は、後ろ向きというべきだろう。
3rdアルバムの楽曲こそ、新ダンサーとともにBABYMETALが新しい表現を行うための基盤となるのであり、Darksideが、Lightsideに簡単に変わるのではなく、DarkとLightが弁証法的に止揚された新しいBABYMETAL像が展開されねばなるまい。
こう書いていてもそれが何かははっきりとは明示できないのがもどかしい。今まで誰もやったことのないメタル表現だからだ。
もちろん、新しい表現であっても、ライブこそ命というBABYMETALスピリットは変わらない。
来年もまた、過酷なツアースケジュールが組まれるのだろう。そして、その転戦の中で、3rdアルバムを担う新ダンサーの「物語」や「伝説」が生まれ、おのずとコアが固まってくる。
そのとき、キツネ様が降臨する。それがSAYAかどうかはまだわからない。
その「お告げ」により、新メンバーが確定する。
それが第二期BABYMETALである。
AKBグループや坂道グループのような「○○二期生」ではない。さくら学院〇〇年度やモーニング娘。2018という年号でもない。固定メンバーのバンドのメンバー構成が変わり、代表楽曲や音楽性も変わる「第二期ディープパープル」というときの第二期。第二期BABYMETAL。
こうしてBABYMETALは、長い歴史を刻んでゆく。
振り返れば藤岡神の逝去、YUIの欠場~脱退に至り、よりDjent色が強まった新曲が投入された2018年は、すでに第二期への準備段階になっていたというべきかもしれない。
BABYMETALが歴史的な存在である以上、ぼくらもまた、歴史の目撃者なのだ。
(この項終わり)
P.S OCEANさんより、SAYAの生年月日が2000年1月9日であるとのご指摘をいただき、記事を訂正いたしました。ありがとうございました。(12月18日)

