キツネ様の意志(3) | 私、BABYMETALの味方です。

私、BABYMETALの味方です。

アイドルとメタルの弁証法
-May the FOXGOD be with You-

May the FOXGOD be with You―

★今日のベビメタ

本日831日は、過去BABYMETAL関連で大きなイベントのなかった日DEATH

 

もしインターネットがなかったら、「ド・キ・ド・キ★モーニング」や「ギミチョコ!!」のMVが海外の音楽ファンの間で話題になることもなく、当然、日本人ティーンエイジャーの少女三人が、本場イギリスのメタルフェスに出ることも、欧米各国でライブツアーを行うことも、大物メタルバンドに帯同して全英、全米を巡業して回るなどということもなかっただろう。

インターネット普及の歴史を見ていくと、まるで、BABYMETALが世界に進出するために、徐々に環境が整えられてきたかのように感じることがある。

1990年代初頭、パソコンはNEC98シリーズやIBM互換のDOS-Vが普及し、テキストベースながらワープロ、表計算、データベースといったソフトが、オフィスで使われるようになっていた。アップルのマッキントッシュは白黒ながらマウスを使い、グラフィカルインターフェースを実現していたが、オフィス業務で使うソフトは、マイクロソフト系の方が充実していた。

アナログ回線とモデムを使って交信するE-Mailやパソコン通信も普及し、PC-VANNifty-Serveなどのサービスが始まっていた。

マイクロソフト系で、画面上のアイコンをマウスでクリックするWYSWYG環境が普及し始めたのは、1991年のWindows 3.1からで、同じ年、日本でのIPアドレスの割り当てと管理を行う団体、日本ネットワークインフォメーションセンター(JPNIC)の前身であるJNICが設立された。

1993年、郵政省(当時)がインターネットの商用利用を許可し、IIJがインターネット接続サービスを開始する。

1994年にはNifty-Serve、富士通InfowebAsahi-Net、ベッコアメ・インターネットなど、一般向けプロバイダーサービスが続々と誕生し、1995年、Windows 95が発売されてからは、オフィスのパソコンをインターネットやイントラネットにつなげてネットワーク化するのが普通になった。この年から翌年の1996年にかけて、海外ではAmazonAuction Web (eBayの前身)が設立され、国内では検索サイトYahoo!がスタート、プロバイダーとしてNECBiglobeNTTOCNが登場する。

SU-METALが生まれた1997年、日本のインターネット普及上、大きな出来事が起こる。

それが、JPNICの社団法人化である。IPアドレスとは、パソコンやスマホなどの機器1台1台の識別番号のことで、インターネット上のいわば「住所」のこと。

インターネットとは仮想空間であるが、IPアドレスがなければメールもHPも設定できない。日本では、インターネットがスタートしてから数年間、市役所がやる「住民登録」ともいうべきこの割り当て作業を、JPNICが法人格のない任意団体としてやっていたのである。

YUIMETALMOAMETALが生まれた1999年には、教育関連組織のドメイン名.edが誕生。NTTは携帯電話のインターネット化の走りともいうべきiモードのサービスを開始し、2ちゃんねるが設立される。

2000年には、分割民営化されたNTTが東西でISDN回線の定額サービスを開始。同じ年の12月にはADSLサービスも始めている。小室哲哉がNTTのネットサービスのキャラクターとなったのもこのころだ。KDDI、のちのauが誕生し、Googleが日本語サービスを開始したのもこの年。無料プロバイダーとして話題を呼んだライブドアもこの年の設立。

2001年にはNTTBフレッツのサービスを行うことを発表し、Yahoo!BBも主要駅前での申し込み作戦を大展開して、ISDNADSLFTTHと様々な方式が入り乱れつつ、一般家庭に高速ブロードバンドが普及し始める。

同じ年、NTTドコモは、世界初の3G携帯FOMAのサービスを開始。翌2002年、KDDICDMA2000-1Xのサービスを開始し、携帯電話の高速・大容量化が始まる。

AKB48が結成された2005年、アメリカで無料動画サイトYouTubeがサービスを開始し、日本でも、初のブロードバンド放送Gyaoがサービスを開始する。

アイドリング!!!が結成された2006年にはニコニコ動画もサービスを開始。

この間、NTTBフレッツ光=FTTHが普及し、2007年にはiPhoneが発売され、日本でのYouTube視聴件数が1000万件を突破する。

ももいろクローバーが結成された2008年にはTwitter日本語版がスタート。

そして2010年。

全ての準備が整ったところで、さくら学院重音部、のちのBABYMETALが結成される。

1990年代にインターネットの商用利用が始まり、物販、認証、決済サービスが確立され、動画を見られるほど高速化した回線が普及し、スマホが登場し、TwitterをはじめとするSNSサービスが普及した段階になり、「満を持して」BABYMETALが現れる。

さくら学院時代の2011年、SU-YUIMOAは、NTTの光WiFiサービスのCMに、イチローらとともに「光の天使」として登場していたことは、メイトさんならだれでもご存じだろう。

BABYMETALはインターネットの申し子なのである。

しかし、ここにもキツネ様の「大いなる意志」が働いていることはあまり知られていないはずだ。

日本のIPアドレスの割り当て、管理を行うJPNICのオフィスはどこにあるかご存じだろうか?

19934月にJNICから改組される形で、本郷の東京大学内に設立されたJPNICは、199512月に神田駿河台の萬水ビルに事務局を移転し、その2年後の19982月に、神田小川町の風雲堂ビルへと移転。さらに2000年、内神田三丁目の国際興業ビルに移転したあと、同じ町内の歩いて5分のアーバンネット神田ビルへと移転した。業務が膨らみ、人員を収容しきれなくなって、どんどん大きなビルに移っていったのだ。

現在の事務局が入っているアーバンネット神田ビルの住所は内神田三丁目。

実はこの近辺、稲荷神社の密集地帯である。

ビルの北側に佐竹稲荷。

西側に御宿稲荷。

東側に家内喜稲荷。

その三社の中心に位置しているのがアーバンネット神田ビルなのだ。嘘じゃないよ。Google Mapで確認してみてほしい。

佐竹稲荷は、江戸時代前期の寛永12年(1635年)、当地に江戸屋敷を構えた秋田藩佐竹氏が藩邸の鬼門除けのため邸内社として創建された。

明治2年(1869年)、佐竹家の家紋が扇に旭だったことにより、旭町と命名され、以来同町の鎮護の神として、丑寅の一隅に安置され、大正12年(1923年)の関東大震火災後、区画整理によって、現在地に遷座した。

御宿稲荷の歴史は、さらに時代をさかのぼる。

徳川家康が関東移封の際、武蔵国豊島郡神田村に立ち寄り、宿とした家の中に小さなお稲荷様の祠が祀られていた。後年、家康はその家を社地として神社を創建させた。それが御宿稲荷である。

戦後、社殿を焼失するも、御神体は無事で、昭和三十一年(1956)二の午の日に落成し、現在の社殿は平成18年(2006)に新築されたものである。

家内喜稲荷は、山手線を挟んで東側なので、住所は中央区日本橋室町4丁目になる。「やなぎ」と読むらしいが、由緒は不明。参詣した方の動画を見ると、小さいながらなかなか立派なキツネ様が2体、しっかりしたつくりの社を守っている。

この三社は稲荷だから、当然御祭神はウカノミタマ神=キツネ様である。

どうして、キツネ様に囲まれた地に、日本のインターネットを司るJPNICの事務局があるのか。

どうして世界進出の先輩であるイチローとともに「光の天使」を演じた三人が、インターネット時代の申し子、キツネ様に召喚されたメタル戦士として世界のメタル市場に進出できたのか。

BABYMETALには、人知を超えた何かがあるのだ。

(つづく)