2017年のBABYMTAL(9) | 私、BABYMETALの味方です。

私、BABYMETALの味方です。

アイドルとメタルの弁証法
-May the FOXGOD be with You-

★今日のベビメタ

本日12月23日は、2017年、WOWOWにて「巨大キツネ祭り@大阪城ホール」が、19:00から放送される日DEATH。

 

<9月26日>巨大キツネ祭り@さいたまスーパーアリーナ

<9月27日>巨大キツネ祭り@さいたまスーパーアリーナ

<10月14日>巨大キツネ祭り@大阪城ホール

<10月15日>巨大キツネ祭り@大阪城ホール

<10月16日>巨大キツネ祭り大阪城ホールLive Viewing@Zepp DiverCity/Zepp Nagoya/Zepp Osaka Bayside

巨大キツネ祭り。

2017年のテーマは、Fox Dayに暗示された通り、キツネ様だった。

大物バンドとの前座ツアーは、京セラドーム、横アリ、NBAスタジアムやアンフィシアターなど2万人クラスの会場を回ったが、国内単独となる5大キツネ祭りはライブハウスツアーだった。

「ついに…ついにここまで来ました!」とSU-が叫んだサマソニも、フェスであって単独ライブではない。ようやく今年初の大規模会場での単独ライブが、SSAと大阪城ホールの巨大キツネ祭りだった。

セカンドアルバムの発売とウェンブリー、ビルボード200での日本人53年ぶりトップ40位以内、東京ドームと、キャリアの頂点に達した感のあった2016年に比べて、今年は前座修行と小箱ツアーで、新曲の発表もなく、前半までは、「海外では人気だけど、国内ではファン数が維持・拡大できていないのではないか」というような危惧があったのも事実だった。

巨大キツネ祭りは、関東、関西の大会場2Days×2であり、ぼくに関して言えば、巨大キツネのチケットは、運よく一発で初日ピット、2日目シートが取れた。しかも2日目は2席分で、初めて小学6年生の次女を連れていけることになった。

こんな「取りやすさ」も、却って「ここでSOLD OUTしないなんてことになったら大ごとだなあ」という不安につながっていた。難儀なものですな。

だがしかし。

初日。夜明け前に自宅を出発しSSAに着いたのは6時45分。SSAの駐車場はまだ開いていなくて、数台の車が止まっていただけだった。そこで知り合ったお二方のメイトさんと話しながら定刻7時に開いた駐車場に車を入れて、エレベーターで入場ゲート前に行ってみて驚愕した。

先頭からの待機列がSSAの周囲をほぼ1周、約1キロにわたって延びている。Zepp OsakaBaysideなら7時では百メートルくらいだ。

しかも平日のさいたま新都心は、官公庁や大企業のビルが立ち並び、サラリーマンや、近くにある私立女子中学・高校(ぼくの取引先でもある)へ向かう制服姿の生徒たちが目の前を通り過ぎてゆく。

BABYMETALの人気は衰えていない。それどころか、今年初の単独スタジアムクラスライブである巨大キツネ祭り@SSAは、去年の東京ドーム以来、待ちに待ったライブだったのだ。だから、海外から、遠方から、近隣から、平日なのに会社や学校を休んで早朝から待機列に並ぶ人たちが、こんなに大勢いたのだ。先頭の方は、前日の午後5時から並んでいたという。海外からはぼくが待機列でウロウロしながら話せた方だけでも、ドイツ、フランス、オーストラリア、イギリス、アメリカ、メキシコ、プエルトリコからのメイトさんがいた。

2016年のCarolina Rebellionでお会いした懐かしいTAKAさん、Sin-Metalさん、オオムラさん、AA-Metalさん、Tsutsu-Metalさん、No-Metalさん、ゾンビHiroさんとも再会できた。坂田銀時さん、缶バッチ屋DDさんたちの国旗プロジェクトにも参加できた。喫煙所でPAPIMETALさんともお話しできた。

やっぱり、BABYMETALは、年に数度の数万人規模のスタジアムライブをきっちり埋めることのできる、メタルにしてアイドル並みの集客力をちゃんと持っている稀有のアーティストなのだ。しかも一切のTV露出なしで、半年間海外に行っていても、である。

古参やNHK新規だけでなく、去年、東京ドームに初めて足を運んだ方も、強烈なインパクトを受けてファンになってくれて、集まってくれたのだ。

BABYMETALのファンベースは、国内でもちゃんと拡大している。そのことを証明したのが、まずもって巨大キツネ祭りの意義だったと思う。

それと、スタッフによる物販の見事な進行も特筆したい。

建物の構造を生かし、会場内に15列にもおよぶ物販所が設置してあり、開始時間にはスムースに入場でき、グッズも大量の在庫があったため、開場時間までほとんどの種類が購入できた。早朝から並ぶ必要はなかったのである。1月のソウル・メタリカ、ガンズでは、チケットチェックがなく在庫が少なかったため、あっという間に売り切れ、グッズがその日のうちに高値でオークションサイトに出るという現象が、ますますレア感を高めていた。

このころには、つまり、前座であってもBABYMETALを見たがり、記念グッズを欲しがる国内ファンが数万人単位で集まってしまうことに、運営も気づいていなかったのではないか。なんなら「去年と違って海外大物前座中心の今年前半は、国内ファンの減少やむなし」と思い込んでいた節もある。

しかし、国内での前座集客や5大キツネ祭りのチケット応募倍率があまりにも高かったために、数万人規模のライブをSOLD OUTできるという確信ができ、秋の巨大キツネ祭り4回実施に踏み切ったのではないか。ここまでプロジェクトが大きくなってしまうと、エヴィデンスがないまま、大規模会場へのチャレンジ→失敗では許されないと運営が慎重になるのもわかる気がする。

巨大キツネ祭りのセトリでは、またしても新曲の発表はなかった。

だが、今年の5大キツネ祭りを振り返り、黒、赤、金、銀、白それぞれにセグメントされたThe Oneの位置づけやミッションを確認するという「紙芝居」のストーリーは、さまざまな経歴でSSAに集まった約3万人一人ひとりの胸に刻まれ、ファンであることの喜びを感じさせた。続いて始まった「BMD」でのベビメタ体操「♪B・A・B・Y・M・E・T・A・L! DEATH! DEATH!…」や「META!メタ太郎」での3万人の一糸乱れぬ手の動きは笑っちゃうほどで、あらためて「We are The One」「We are BABYMETAL」という一体感を抱かせるものだった。

ピットはライブハウス並みの小さな柵で囲まれていたが、激しい曲では見たこともない高速サークルモッシュが発生した。

そして、SSA初日から大阪城ホール最終日までの4日間で、「キツネ様のお告げ」=ローマ数字を使った謎の扉が1枚1枚開き、Legend-S-洗礼の儀@広島グリーンアリーナの全貌が明らかになった。

SSA初日は、12月に日本で「今年最後のThe One限定ライブ」が行われると発表されただけだった。ローマ数字はXXⅡⅢⅯⅯXⅦとあるだけで、日付さえはっきりしない。

SSA2日目は、日本地図上の赤い光で、その場所が広島であるとはっきりと示された。

初めて次女を連れて観覧したぼくは、その喜びとともに、広島でライブが行われることが確定した日が9月27日であったことに衝撃を受けた。それは、同じ広島グリーンアリーナ、旧広島県立体育館で、46年前にLed Zeppelineがチャリティコンサートを行った日だったからだ。なんという奇縁、なんという偶然。

広島駅から徒歩数分の稲生神社には被爆のお守り狐が鎮座まします。

1971年、その広島駅にLed Zeppelineが降り立った。初来日して日本武道館公演を終えたロバート・プラント(V)とジミー・ペイジ(G)のたっての希望で、被爆者救済のチャリティコンサートが行われ、収益金は全額広島市に寄付された。

それを契機として、広島には数多くのロック魂をもったアーティストが輩出した。

ASHからアミューズ・キッズに入った歌の天才中元すず香は、事務所が初めて手がけたアイドルグループ、成長期限定ユニットさくら学院の一員となる。

メタル狂のサラリーマンプロデューサーKOBAMETALに見いだされ、水野由結、菊地最愛とともに「部活」のひとつ、重音部に加入。それはすぐに「アイドルとメタルの融合」をコンセプトとするメタルの赤ちゃん=BABYMETALと命名されたが、三人が自らの意志で掲げたのはメロイックサインではなく、なぜか影絵の狐さん=キツネサインだった。

「キツネ様のお告げ」に従って、BABYMETALは過酷なレッスンやライブ活動を続け、Led Zeppeline が生まれ育ったイギリスを第二の故郷として欧米デビュー、世界的なメタル・アーティストに上り詰める。

そして…中元すず香が20歳を迎える記念のライブは、故郷広島のミュージシャンなら誰しも目標とする広島県立総合体育館グリーンアリーナで行われることになった。

それが発表されたのは、戦後初めて日本が核ミサイル攻撃を受ける可能性のある北朝鮮危機のまっただ中の2017年9月27日の巨大キツネ祭り。原爆から復興した広島に、ジミー・ペイジのへヴィなリフが鳴り響いたのと同じ日だった。

(つづく)