46
46歳になった。
今まで生きてきて46歳になったのは初めてだ。
46歳となると立派なおじさんだが、
46年間ずっとおじさんだったわけではない。
思い返せば、46年前は赤ん坊だった。
覚えてはないが。
多分可愛かったのは数年。
よく両親は不良だった、
いや、不良品だった僕を育ててくれたもんだ。
自分も親になって子供達を見てると、自分がいかにひねくれていたかが分かる。
そんな欠陥だらけの自分を周りの人が助けてくれた。
身体の成長は食事で出来たが、心の成長は出会った人たちがしてくれたと思う。
時が戻れば!
と思う間違いや過ちも沢山してきた。
しかし、今まで生きてきて、一瞬でも時が戻ったことはない。
傷付けてしまった人、不快な思いをさせてしまった人、
謝らないといけない人は沢山いると思うが、今となっては誰に謝ればいいのかも覚えてない。
この場を借りてまとめて謝罪します。
46年間いろんなことがあった。
予想だにしないことの連続だ。
そして、転機の連続。
1つ選択を変えるだけで、今とは全く違う人生になっていただろう。
もしあの時芸人になっていなければ
もしあの時スギとゆうぞうに会っていなければ
もし高校受験に落ちていたら
もしあの時飲み会を断っていたら
もしあの時あんなブログを書かなければ
もしあの時電車ではなくタクシーを使っていれば
もしあの時上を見上げてなければ
これは運命なのか、単なる結果なのかは分からないが、
今の自分が全てだということは間違いない。
確かに、今の自分は昔思い描いた理想とは違う。
それでも、受け入れないといけない。
そして、進まないといけない。
46年経って、不良品だった自分が良品になったわけではない。
ちょっとずつ直してるだけで、未だに不良品だ。
おそらく死ぬまで。
不良品は悪くない。
だって直す部分があるんだから。
人生は修理だ!
そんな哲学が今ふと浮かんだ。
誕生日は家族が、友人が、後輩がお祝いしてくれた。
両親から別々にお祝いメッセージをくれた。
友達からお祝いメッセージもいただいた。
誰だっけ?という人からお祝いメッセージをいただいた。
全然関係ないラインを0時1分にしてきた人もいた。
年齢を間違えてメッセージをくれた人が数人いた。
みんな本当にありがとう!
素敵な1年にしてくださいとみんな言うが、
素敵な一生にします!
立ち食いそば
そば好きなのと、すぐ出来てすぐ食べれるから、たまに立ち食いそばに行く。
大抵は、そばとうどんがあるが、僕はそば好きなので、そばしか頼んだことがない。
というか、ほとんどの人がそばを注文している。
食券はそばとうどん共通なので、食券を出すときに、そばかうどんかを告げる。
何も言わなかった場合、ほとんどの店員さんが
『そばでよろしいですか?』と言う。
うどんを頼む人がほとんどいないからだろう。
まあ、立ち食いそばと銘打ってるから、仕方ないし、僕自身もそばしか食べたことがないので、あまり言えないが、
もし自分がうどんの立場だったらどうだろう?
耐えられるだろうか?
多分僕は耐えられない。
『自分、引退します』
と言って出て行くと思う。
だって、一応そこにいるのに誰も頼んでくれないのだから。
女子100対男2の合コンがあったとして、第1印象で100人全員が自分以外を選んだら、
『自分帰ります』
となるだろう。
それが続けば、
『どうせまたそばを頼むんだろう?』
『僕なんて頼む人いないんだろ?』
そりゃたまにはいるかもしれない。
その時は喜びだろうか?
まあたまにはそんな人もいるか、ありがとう。
くらいなもんだろう。
僕だって、うどん屋なら主役になれる。
もう、僕はうどん屋だけでいいや。
立ち食いそばには必要ないや。
と思ってしまう。
それなのに、立ち食いそばにずっとうどんがいる。
うどんって精神力強いなぁ。
僕もうどんみたいに強くなりたい。
でも、僕はまたそばを頼むんだろうな。
ごめん、うどん君。