私的50年のジャスベストアルバム コメントその⑤ | ジャワ・パンナコッタの雑記帳

ジャワ・パンナコッタの雑記帳

音楽(主にJazz)、書籍(主に歴史)、旅行などの感想を書きます。
2011年2月から約2年間、イギリスのリーズで派遣研究員として勉強したました。
イギリス生活のことや、旅行で訪れて撮りためた写真などを少しずつアップしていこうと思ってます。

コメントその⑤

 

Kurt Rosenwinkel/Caipi/2017

 

CAIPI CAIPI
1,944円
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気鋭のジャズギタリスト、Kurt Rosebwinkelが10年の月日をかけて完成させたアルバム。このアルバムの魅力を文章で表現するのは、私には非常に難しい。音楽が難解なわけではない。ただ、ブラジルのミナス地方の音楽にインスパイヤーされた影響が色濃く、演奏の多くは彼自身の多重録音によって構成されているなど、ジャズっぽくない点も多い。このアルバムの一曲をラジオで偶々耳にしたとしたら、私はそれをジャズとは認識しないと思う。一方で、アルバムを通して聴くと、「あぁ、これはジャズだよね。」と明確に思う。少なくとも、数多の天才による成果を重ね、他の音楽を取り込みつつ、時代の変化にも合わせて柔軟にその姿を変えて来たジャズという音楽の現在位置の一つがここには確実にあって、それを読み解くことがジャズの今を解読することに繋がるのだと思う。

 

 

 

Maria Schneider/The Tompson Fields/2015

 

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Maria Schaneiderは自分の具体的に経験した景色と感情の動きを音にして、自分のグループ全体を使って表現するタイプの音楽家。そういう点では、本質的な部分は意外とチャールズ・ミンガスに非常に近い。ただし、表現する感情のベクトルは、ミンガスとは完全に真逆。その世界に影も憤りもなく、軽やかでしなやか。そんな彼女の音楽の特性は、彼女の故郷をメインテーマにしたこのアルバムでも如何なく発揮されている。穏やかで派手さはないが、実は多彩で豊かなカントリーの景色に相応しいオーガニックな音楽。

 

 

 

Miles Davis/Prelude in Tokyo 1975/2/7-bootleg(Agharta-Pangea)/1975

 

1969年から始まるMiles Davisの挑戦は1975年に一つのピークに達する。その1975年の1月末から2月に行われた来日公演は、公式にはAghartaとPangeaという2枚のアルバム(2月1日大阪公演、昼の部および夜の部)で聴くことができるし、他の講演もほとんどをBootlegで聴くことができる。Prelude in Tokyo 1975/2/7もそのウチの一枚。バンド全体の調子もとても良く、目まぐるしく表情を変えるこの時期のMilesの音楽が堪能できる。しかし、ここで展開されているのは、もうこの一寸先には虚無しかないギリギリのところで成立している本当に物凄い音楽で、天使が血反吐を吐きながら地獄の底で歌う悪魔の音楽とでも言おうか。長いキャリアの中で数々の新たなジャズのスタイルを生み出し、数多のフォロアーを作ったMilesだが、この音楽だけは誰も真似ができなかった。この演奏の半年後、燃え尽きたMilesは約6年間の沈黙に入る。

 

(追伸)公式アルバムのAghartaとPangea(以下、アガパン)と他のbootlegを聴き比べて明らかなのは、アガパンは各曲が通常講演の2倍の長さで演奏されているということ。おそらくMilesは、2月1日の昼の部、夜の部の2公演をアルバム化のために録音すると決まった時点で、編集した上で一枚のアルバムにすつことを前提に演奏したのではないか。しかし演奏は編集されることなくそのままライブアルバムとして発売されてしまった。発売後にAghartaを聴いたMilesはミックスダウンに不満を表明したという話があるが、それは音のバランスの問題ではなくて、編集されてないことに対する不満だったのではないかと思う。ただ面白いのは、そんなアガパンはそれが故に個々のソロは普段よりも掘り下げられていて、それが魅力になっていること。

 

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Miles Davis/Doo-bop/1992

 

 

Miles Davisのアルバムも晩年のものになると、たとえ往時の力強さはなくなる。しかしながら、彼のトランペットの音を一つ聴くだけで「あぁ~、いいなぁ~」と反応してしまう。惚れたものの弱みである。ただし、このアルバムの価値を彼の最後のアルバムということ以上に高めているのは、1992年の時点でヒップホップの要素を取り込み、ラッパーとの共同作業でアルバムを作成したという事実。辛辣なことを言ってしまえば、現代ジャズの旗頭として盛んに宣伝されているRobert GlasperのBlack Radio(およびBlack Radio2)でさえ、このアルバムが示した世界観から一歩も外に踏み出せてない。長くジャズの帝王として君臨したMilesが最後に残したジャズの黙示禄。

 

 


Nils Petter Molvaer/NP3/2002

 

NP3 NP3
2,400円
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北欧のトランぺッターNils Petter Molvaerの音楽はアルバム毎に少しずつ変化しているのだが、基本はジャズとエレクトロニカを融合させたかのような独特のビートと揺らぎの中、徹頭徹尾クールにペットの音を重ねるスタイル。先に75年時のマイルスの演奏は誰も真似が出来ず、フォロアーは生み出さなかったと書いたが、75年頃のマイルスの音楽を本質的な部分で消化しつつ、自らの音楽として発展させ得た唯一の例外がMolvaerかもしれない。そんな彼のアルバムの中で、クールネスを最も感じるのがこのアルバム。まるで妖刀のような冷たさと切れ味が聴きどころ。