映画ブログ 市川裕隆の燃えよ ヒロゴン -3ページ目


小学4年生の時に、父と友人と映画館の一番前の席で「キングコング」を観た。
約50年前。
インパクトは相当なものだった。


そこで主演に選ばれたのが、今や大女優のジェシカ・ラング。
当時はまだ無名で、モデルをしながら演技を学んでいた。
演技が開眼したのは、5年後の「郵便配達は二度ベルを鳴らす」。


「トッツィー」でアカデミー賞助演女優賞を受賞し、晩年にはエミー賞もトニー賞も受賞している。 
最近でこそ、映画出演も減り、映画で観る機会がなくなった。
そこに、主演作「喝采」である。


実在の人物をモデルにした、ブロードウェイの伝説の女優の物語。
彼女が告げられたのは認知症を患っているということ。
チェーホフの戯曲「桜の園」の稽古中だった彼女は、 無事舞台を乗り切ることが出来るのだろうか?


いつの間にかジェシカ・ラング自身が偉大な女優になっていた。
アカデミー賞ノミネートは6回。
テレビでも演劇でも活躍し、エミー賞3回、トニー賞1回。


舞台では、「欲望という名の電車」でブランチを演じている。
ビビアン・リーがマーロン・ブランドを相手に演じた、女優なら誰もが演じてみたい役である。
今回は、集大成のような役だ。


良い母親ではなかったという過去との葛藤、老いとの戦い。
追い込まれていく精神と肉体。
半世紀前に酷評を浴びた彼女が、ここに到達したのだということを、まざまざと見せつけられた。








映画は常にすぐ側にあった。

映画ファンが口にしていたのは、台湾映画のエドワード・ヤンの名前。

2000年頃、自分はその名すら知らなかった。



エドワード・ヤンの映画は後から追い掛けた。

彼の死後、彼の残した数少ない作品が次々映画館で上映された。

どの映画も、多くの人を魅了し、影響を与えた。



自分が特に衝撃を受けたのは、「恐怖分子」と「牯嶺街クーリンチェ少年殺人事件」だろうか?
「ヤンヤン夏の想い出」はエドワード・ヤンの遺作になる。
カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した、彼の代表作だ。


「ヤンヤン」と言えば、自分達の世代は「ヤンヤン歌うスタジオ」。
1970年代から1980年代に掛けて放送されたアイドル歌番組だ。
「ヤンヤン夏の想い出」は、複雑に絡み合う家族の物語。


宗教へと傾倒していく母。
会社経営に苦しみ、昔の恋人と再会する父。
倒れた祖母のことで悩み、恋と友情にもがく姉。


ヤンヤンはカメラを握り締め、無邪気に今を捉えていく。
監督の魅力の1つに、言葉に頼らない空間の素晴らしさがある。
多くを語らなくても、それぞれの思いが伝わって来る。


手塚治虫さんにとても影響されているそうだが、手塚さんの漫画にも語らない沈黙の美しいシーンがいくつもある。
ヤンヤンの部屋には鉄腕アトムの人形が飾られている。
「鉄腕アトム」を貪るように読んだそうだ。


エドワード・ヤンやホウ・シャオシェンの登場により、台湾ニューシネマが生まれ、世界に注目された。
今も愛されるエドワード・ヤンの作品。
太く短く生きて足跡を残したエドワード・ヤンは、 手塚治虫さん同様、永遠に生き続けるのだ。









「ダーティハンター」
アメリカ映画っぽいけど、1974年のスペイン映画。
「ハリー」でもなく「ファイター」でもなく「ダンシング」でもない、「ダーティハンター」。


1970年代は、こんなB級映画が溢れていた。
サム・ペキンパーが「わらの犬」を撮り、似たようなバイオレンスやアクション映画が続々登場した。
観る者を不快にするトラウマ映画だ。


いわゆるハリウッド映画が全盛ではなくなり、映画がどんどん自由になっていった時代。
ホラーもSFもポルノもカーアクションも、新しい波が生まれた時代。
ベトナム戦争があり、ハッピーエンドなんて嘘だと多くの監督が叫んだ。


「イージーライダー」や「悪魔の追跡」のピーター・フォンダが主演なのも象徴的だ。
徹底的に悪を演じ、連れ去った男女を心身共に追い込んでいく。
人間狩りも、映画に度々使われるシチュエーションだ。


物語をぐっと引き締めるのは、名優ウィリアム・ホールデンである。
キャスティングされながらなかなか登場しないので、何となく薄々ネタバレしてしまうのはご愛嬌。
サム・ペキンパーの「ワイルドバンチ」で奇跡の復活を遂げた大ベテランが、B級映画に華を添える。


監督は「ミニミニ大作戦」や「そして誰もいなくなった」のピーター・コリンソン。
じわじわと見せるサスペンスと、見えない怖さを合わせた演出が素晴らしい。
決して評価された監督ではないが、堂々の演出である。


現在のアメリカは弱肉強食の世界。
いや、もう世界が弱肉強食。
強い者が生き残り、弱い者は弾かれる。


銃を持つ者が自由を手に入れ、何も持てない者は餌食になる。
絶望的な嫌な時代に突入した。
50年前のこの映画が、見事に未来を予見している。