映画ブログ 市川裕隆の燃えよ ヒロゴン -3ページ目


ダルデンヌ兄弟の映画を初めて観たのは、今から20年以上も前。
「息子のまなざし」の公開時である。
人よりは映画を観ている方だった。


けれども、「息子のまなざし」は自分の知るどの映画とも違った。
被害者遺族と加害者の関係。
大仰な表現があるわけではないのに、重いものが心に残った。


ドキュメンタリータッチで、全く嘘がない。
ダルデンヌ兄弟がそれを貫いてカンヌ国際映画祭や多くの映画祭で賞賛されてることが分かった。
その後も一貫して、そのスタイルは変わらない。


正面からカメラを狙わないスタイルも新鮮だった。
主人公の後ろ姿ばかり。
彼が何を見て、何を捉えるのかを観客も共有する。


新作「そして彼女たちは」は、若くして母親になった5人と、それを見守る支援施設の物語。
初の群像劇である。
彼女達は、それぞれ家族や貧困の問題を抱えている。


愛に飢える彼女達の生々しい存在がそこにある。
決して絵空事ではなく、世界中のどこにでもある現実が目の前にある。
ダルデンヌ兄弟はそっと寄り添い、彼女達と向き合う。


カンヌ国際映画祭の脚本賞を受賞。
シビアな問題が山積みだが、ダルデンヌ兄弟の眼差しは優しい。
微かに見えた希望こそ、 5人の未来を照らしてくれるダルデンヌ兄弟の願いだ。










これまでの映画でも、宇宙でたった一人任務を遂行しようとする孤独な物語がいくつかあった。
「月に囚われた男」や「オデッセイ」、「ゼロ・グラビティ」等、SF映画ファンならご存知だろう。
「プロジェクト・ヘイル・メアリー」も、そんな1つだ。


他との大きな違いは、主人公が決してヒーローではないこと。
選ばれたのは、中学校の科学の教師。
宇宙のスペシャリストではないのだ。


そしてもう一つ、同じような運命を抱えた宇宙生物ロッキーと出会うこと。
物語の中心は、ロッキーとの交流と友情である。
原作は「オデッセイ」のアンディ・ウィアーのSF小説。


ライアン・ゴズリングが原作に惚れ込み、映画化を熱望。
周囲を一気に動かした。
計画を陰で支える女性をザンドラ・ヒュラーが演じている。


近年の「落下の解剖学」と「関心領域」で作品の評価と共に女優賞も受賞し、実力ある東ドイツの女優。
作品に明らかに説得力を持たせる、演技巧者だ。
ベテラン女優だが、主人公を宇宙へと導くヒロインである。


そしてやはりこの映画の柱は、無機質ながら人間の心を理解するロッキーの存在だろう。
名作「E.T.」や「未知との遭遇」を思い出させる、人間と宇宙人との交流。
危機を共にし、信頼出来る相棒になっていく過程は微笑ましい。


緊張感もありつつ、ロッキーとのユーモアで緩急が良いバランス。
思い通りにいかず揺れる等身大の男をライアン・ゴズリングが絶妙に演じる。
館内にはちびっ子もいたが、子供にはちょっと難しい気もするが、普遍的で愛すべき作品であることは間違いない。









美しい青年が才能を開花させ、究極の演技者になる。
30歳のティモシー・シャラメが歩んでいる道は、挑戦の連続だ。
かつてレオナルド・ディカプリオがそうであったように。


作品選びのセンスは、かなりのものだ。
「マーティ・シュプリーム世界をつかめ」
「名もなき者」でボブ・ディランを演じて我々にインパクトを与えた後、興奮が醒めやらぬうちにまたもややってくれた。


ボブ・ディランではその容姿や話し方だけでなく、歌まで自分のものにした。
今回演じるのは、卓球の世界チャンピオンを目指す最低男だ。
実在の卓球選手に着想を得て、周りを振り回して疾走する男を軽々と演じた。


この男、とにかく女にだらしない。
駄目っ振りが突き抜けてて笑えるが、ティモシーが演じると憎めないキャラに変身。
ジョシュ・サフディの演出はドタバタが過ぎるが、後半へのドラマ展開は素晴らしい。


上野恩賜公園で撮影されたというクライマックスは必見だ。
「君の名前で僕を呼んで」でブレイクしたティモシーのラストシーンを覚えてる方も多いだろう。
あの長尺のアップと涙。


若くしてアカデミー賞にノミネートされた彼の名シーンである。
今回も、ラストシーンのティモシーに泣かされる。
これまでのどの演技にも負けない、ティモシー・シャラメここにありのシーンだ。


インタビューで、この役で消耗したと語っているが、それは頷ける。
卓球は5年程練習したと言うし、その人物造形のためにエネルギーを尽くしたのだろう。
ドゥニ・ヴィルヌーヴやウェス・アンダーソン、クリストファー・ノーランと言った作家性のある監督や個性派との共闘。


そういったものが彼の血となり肉となり、今後ますます飛躍するのは間違いない。
この映画の魅力は、マーティの無鉄砲な行動を観客が味わう醍醐味にある。
最低男だが、がむしゃらでひたむきで、こんな生き方してみたいと思わせる説得力があるのだ。