映画ブログ 市川裕隆の燃えよ ヒロゴン -12ページ目


Netflix映画「フランケンシュタイン」。
ドラキュラや狼男と並んで、昔から人気の怪物映画だ。
かつてはロバート・デ・ニーロも怪物を演じているし、 舞台ではベネディクト・カンバーバッチも演じている。


1931年の「フランケンシュタイン」でボリス・カーロフが演じたフランケンシュタインが、フランケンシュタインのイメージを決定付けた。
スペインの名作「ミツバチのささやき」も、「フランケンシュタイン」を元にした映画である。
それ程「フランケンシュタイン」の物語は魅力的なのだ。


今回、満を持して映画化したのは、ダークファンタジーの第一人者ギレルモ・デル・トロ。
「シェイプ・オブ ・ウォーター」でアカデミー賞とヴェネチア国際映画祭を制し、「パンズ・ラビリンス」等、独自の世界を突き進む監督。
どんな「フランケンシュタイン」を撮るのか、楽しみにしていたファンも多かったろう。


科学者ヴィクター・フランケンシュタインが人間の肉体を使って実験を重ね、怪物が完成した。
この怪物が知能を持ち、心を持ってしまったことによる悲劇。
この辺はオリジナルのままだ。


暗い映像と光を操り、デル・トロならではのゴシックホラーになった。
怪物を敵視し、露骨に人間の醜さが表れるのも、デル・トロの真骨頂。
ヒロインはやはりと言うべきか、ミア・ゴス。


リメイク版の「サスペリア」で主演に選ばれ、「X」シリーズ3部作でも堂々のヒロイン。
ホラー映画で見事な光を放ち、今や存在感抜群の彼女。
ここでも、怪物と互角に渡り合う。


これまでの「フランケンシュタイン」と違うのはラストシーンだ。
まさか「フランケンシュタイン」で、あんなに美しいラストシーンと出会えるとは思わなかった。
あの美しいシーンを目撃して、ギレルモ・デル・トロが「フランケンシュタイン」を撮るべくして撮ったことを改めて感じたのである。





まだ幼い頃に、 1970年代のホラー映画ブームに洗礼を受け、未だにホラーファンを続けている人は多いと思う。
「エクソシスト」に「オーメン」、「サスペリア」、「キャリー」、「シャイニング」、今思い返しても素晴らしい作品群だ。
怖いもの見たさから、いつしか怖いものの向こう側を知って衝撃を受けたのだ。


長年ホラー映画を愛しても、そうそう名作や傑作と出会うことはない。
なので、映画館には多少の期待と、それなりの覚悟を持って出掛ける。
期待しないように、が自分との約束だ。


ジェームズ・ワン監督が2004年「ソウ」で登場した時、嬉しさと驚きがあった。
密室スリラーで完成度も高く、何よりダリオ・アルジェント等ホラー監督へのリスペクトが感じられたからだ。
初期のホラー「デッド・サイレンス」や、復讐劇「狼の死刑宣告」は、何れも映画ファン及びホラーファンを唸らせるものであった。 


「インシディアス」や「死霊館」、「アナベル」と、時には製作に回り、ホラーを中心に活動するが、その後はどうもそれなりの製作者になってしまった。
莫大な資金を使えるハリウッドの並の監督になってしまったのだ。
前置きが長くなったが、「死霊館最後の儀式」はジェームズ・ワン製作作品である。


監督は「ラ・ヨローナ~泣く女」等、ジェームズ・ワン組のマイケル・チャベス。
実際の心霊研究家ウォーレン夫妻の実話を元にしたシリーズ9作目で、最後の作品。
お馴染みの展開に、よくある家族の物語をブレンドしている。


今回は特に夫妻の娘にスポットが当たる。
娘を守りたい主人公夫妻と、曰く付きの家に足を踏み入れていく娘の家族の物語。
有りがちと言えばそれまででしょう。


但し、夫妻の過去が丁寧に描かれているので、感情移入はし易い。
娘の成長物語であり、同じ霊感を持ってしまった娘の運命。
恐怖要素ももちろんあり、映画としてはとても分かり易い。


デート・ムービーとしては合格。
程良い怖さで、楽しめるのではないか?
もっともっとと求めるときついので、このくらいの気持ちでホラー映画を今後も楽しもうと思う。





葛飾北斎は魅力的なキャラクターなのだろう。 
何度も映画化され、時の俳優が演じている。
古くは「北斎漫画」の緒形拳さん。
新藤兼人監督作品、娘の応為を演じたのは田中裕子さんだった。
「HOKUSAI」では、柳楽優弥さんと田中泯さんが若い頃と老年期を演じ分けた。
去年公開された「八犬伝」にも、滝沢馬琴と葛飾北斎の友情が描かれる。


役所広司さんと息もぴったりの内野聖陽さんが演じた。
「おーい、応為」の主人公は長澤まさみさん演じる娘の応為である。
破天荒な父、北斎を演じたのは永瀬正敏さん。


監督は大森立嗣さんだし、期待値もぐっと上がったのだが。
どうもちぐはぐな映画となった。
応為は自由で豪快な女性。


父親とぶつかり合いながらも長く共に暮らし、絵の才能を開花させていく。
得意だったのは美人画。
この応為というキャラクターが、映画の中でどうも浮いていた。


彼女に揺さぶられる瞬間がないのである。
応為は、父親同様、絵にのめり込んでいく。
その姿が、線として繋がっていかないのである。


監督によっては、あなたそのままでいいという演出をする。
今回も長澤まさみさんに、そのままを求めたと言う。
結果、葛飾応為という人物が終始ぼやけたように映り、その人が見えなかった。