
映画を観て、度肝を抜かれたなんてことは、まあ、そうそうない。
やられたな、と思うこともそうはない。
「月」には、やられた。
凄いものを観た。
とんでもないものを観た。
言葉が足りない。
相模原市の障害者施設やまゆり園の殺傷事件が元だ。
辺見庸さん原作。
監督は、「茜色に焼かれる」でもコロナ禍を妥協せずに描いた石井裕也さん。
今回も凄まじい。
主な登場人物4人の造形が深い。
書けなくなった元売れっ子作家の妻と、パペットアニメーション作家の売れない夫。
病を抱えて生まれたまま3歳で亡くした息子を、引きずったままだ。
演じるのは宮沢りえさんとオダギリジョーさん。
園で働く作家志望で闇を抱えた女性に、二階堂ふみさん。
園で慎ましく働くが、後に怪物となる青年に磯村勇斗さん。
磯村さんのより普通な雰囲気が、殺人に走る怖さを余計に際立たせる。
園の入所者も本物。
実際に施設で起きたことを再現しているので、嘘がなく、これも本物。
本物の持つリアルが映画で繰り広げられ、ただその出来事にカウンターパンチを喰らう。
合わせ鏡であり、常に自分に問われてる思いになる。
事件が起きる度に、これはもしかしたら自分だって危なかったかもしれない、と思ったりする。
自分だって怪物になる可能性があった。
自分も売れず、食えず、そんな生活に絶望していた頃、本当に危ない人間だったから。

随分前、この事件を元にした映画を撮るはずだった監督のオーディションを受けた。
施設内での事件を目撃する職員の役だ。
映画は結局、そのまま暗礁に乗り上げた。
いや、どうなったのか何も分からない。
宙ぶらりんの生活は、人間を貶める。
才能がないというのは残酷だ。
どんどん自分の生きる道が閉ざされていくような気がした。
50歳過ぎてキックボクシングの道に入れた自分は、まだ幸せだったかもしれない。
他人事じゃない。
自分だって怪物になっていた可能性を否定出来ない。
その怖さをこの映画では、追体験出来る。
繰り返してはならないが、繰り返される可能性は高い。
第2、第3のさとくんが世の中に眠っている。