このテーマでの投稿はひさしぶりです。
 
現在、我が家の状況がどうなっているかと言いますと、とうとう息子が塾に行き始めました!
とにかく、こうなってしまいました。
 
色々な団体の模擬試験を受けて、志望校ごとの合格可能性が数値化され、本人もその気になってしまったようで、結局受験の方向に進む慣性が生じてしまったのです。外堀から埋められて親父の意向よりは、中高一貫校に進むのが将来的に本人にとっていいことなのでは?という仮説に抗しきれなかったという感じです。
 
人間形成上は、中学くらいは公立に行っていろいろな友達と触れ合いながら人間力を磨くという道もいいと思います。しかし、現在私が住んでいる地域の公立中学の評判がいまひとつで先が見えにくいという心配があり結局こうなりました。田舎育ちで学区内の学校に行くことが当たり前だった私には理解しにくいことです。私なりに、一部の地域では、最初の受験が昔より3年前倒しになっているということと理解しています。
 
塾について、どうのこうのと言う気はありません。現在、これだけ多くの人々に支持されている仕組みを否定する気はありません。なかなかしっかりとしたカリキュラムで勉強していることは理解できます。ただし、息子が通っている小学校で教わっているカリキュラムとはまったく違うので、二つの学校に通っているみたいですね。
 
我が家のお受験がこれからどうなっていくかわかりませんが、私が指摘しておきたいのは、偏差値の高い学校で勉強し、社会的に良いポジションにつくことが、人生の勝利者の地位を得たことではないと言う事です。人の幸せは色々だと思います。字面では、幸せでないということは、不幸ということになります。不幸にはなりたくたいと思います。
 
教育は国家百年の大計といいます。学校はとても大事なファンクションですね。また思うところがあれば、ここに書いてみたいと思います。(終)
 
 
 
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赤本などで関西ではすでに売れていた手塚先生が、はじめて東京の雑誌にジャングル大帝を連載したのが学童社の漫画少年である。ここから、いよいよ手塚先生の快進撃が始まる。
 
一方、漫画少年は、投稿欄に多くの頁を割き、その投稿者からは多くの漫画家がデビューし現在のマンガ、アニメ隆盛の礎を築いていった。もし漫画少年がなかったら、漫画の発展の歴史は、今のものと大分変っていただろう。今でも漫画家になれた人だけでなく、色々な分野で活躍している漫画家になりたかった人達が、漫画少年を愛おしそうに語っている。戦後、大きく発展した漫画の黎明期から、わくわくしながらリアルタイムで漫画の進化を体感した人達である。その起点が漫画少年だった。少し遅れて生まれた私の世代にとっては、本当にうらやましい。私の時代には、もう漫画少年がなかったのだから。。
 
加藤謙一氏は、学童社を興し、漫画少年を創刊した今や伝説の編集者である。この本の著者は、ご子息の加藤丈夫氏。少年倶楽部の名編集長だった加藤謙一氏が、戦後公職追放の対象となり加藤一家総出で漫画少年を作り上げたエピソードは有名だが、加藤家ならではの貴重な証言が数多く記されている。
 
加藤謙一氏については、手塚先生はじめ多くの方々がその名編集者ぶりを紹介しているが、その生い立ちについてはあまり知られていなかったのではないだろうか?
 
加藤氏は、青森の必ずしも豊かでない家庭で苦学しながらようやく小学校の教員となるが、「子供たちのための雑誌を作ろうという希望を実現するため」に上京する。この時の教え子達との別れのシーンはとても感動的である。
 
縁あって講談社に入社、少年倶楽部を「少年雑誌の王者」にまで育て上げた。漫画にも力を入れた。特に田河水泡の「のらくろ」は大人気となり、まだまだネガティブだった世間の漫画に対する見方をポジティブな方向に向けた功績はとても大きかった。また、組立付録に着目し後に組立付録の作家として著名となる中村星果を育て、彼が考案した豪華な紙製の組立模型を付録につけて、これも大人気となった。この漫画と付録という組み合わせは、その後の漫画雑誌の基本構成となっていく。
 
少年倶楽部だけでも偉大な功績をあげられているのに、さらに漫画少年でも御存じのようなご活躍。。本当にすごい方でした。
 
 
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ちょうどこの本を読み終えた頃、とある古書店で、加藤謙一「少年倶楽部時代 編集長の回想」(講談社)に出会った。加藤謙一氏自身が、少年倶楽部を中心に講談社での編集者としての仕事や出会った人たちを振り返り回顧した本である。漫画少年物語には、この本を執筆していた時の加藤氏の様子が紹介されている。毎朝四時から執筆作業に打ち込み膨大な資料と格闘する姿である。一年以上の執筆作業の後ようやく脱稿に至る。その日の朝には、仏前に原稿を供えて、亡くなられた関係者に完成を報告されたという。まさに渾身の著作だった。
 
「「漫画少年」物語」を読んだすぐ後に、その本の主人公本人が著作した「少年倶楽部時代」に出会うという偶然には驚いた。
最近急に中学受験が気になってきた。すると自分の周りの人達も気になってきた。
 
私がお世話になっている会社には、良いと言われている大学出身の人がたくさんいる。そういう大学の理科系の学部では、大学院に進学するのが当たり前になっているとのことで、その会社でも修士、博士がたくさんいる。特に高学歴者が多い研究所などでは学士の肩身が狭いくらいだ。
 
彼らの出身高校を聞いてみると、東京、神奈川の人達の多くはいわゆる偏差値上位校出身であることがわかった。私立の有名校の出身者もいる。
 
私のとなりの席の男も、出身校が例の私立御三家の一つだったのだ!なんか急に一目置きたくなった。おそるおそる、塾の事を聞くと、やはり行ってたという。毎週試験で宿題も多く大変だったらしい。彼は、私と同年代なのだが、小学校から勉強してたんだな。。まあ、性格も勉強に向いてたのでしょう。
 
彼が入学した中高一貫私立校では、文部省(今は文科省)ではなくその学校独自のカリキュラムに従って授業を進め、大体高校1年で普通の公立校の授業内容を終えてしまうという。あとの2年間は志望校に応じた受験勉強に励む。そして、その時にも有力な塾や予備校に通うという。ほとんど予備校生だ。
 
一方、私が通っていた高校は、一応進学校だったので、高校3年の後期は午前のみの授業で、午後は受験準備をするため授業がなかった(自習時間ということになっていた。)が、上に書いたような私立進学校とは準備期間の差は歴然。2年と半年では元々の土台が違っていたのだ。学校に行く意義は、勉強だけでなく人間形成のためでもあると思うが、こと受験勉強についてはたくさん時間がある方が有利と言わざるをえない。
 
今頃ぶつぶつ言っても遅いが、高校時代ほとんど勉強せずせっかくの午後の自習時間も遊んでいた私などは、最初から戦えるわけがなかったのである。
 
(続く)
少し話題を変えたい。
 
今年の秋は、私立中学の学園祭をいくつか見に行った。来年は、すでに志望校も固まっているので今のうちに、いろいろなところを見ておこうというわけだ。不埒な物見遊山であるが、有名校にも行った。
驚くことに、客の多くがこれから受験しようという親子だった。(自分もそうですが。。)私の頃は、大人が見に行くということはあったかな?同じ年代の女子高校生ならうれしいかもしれないが、気の毒に熱心に展示を見ている人は小学生を連れた親達であった。でも、説明役の生徒は、めげずにしっかりと対応していたのに感心した。
 
上位校の生徒達は、中学受験に勝利(?)した人達ということになる。そういえば、なんとなくしっかりしているように見える。確かに、結構難しい内容をすらすらと説明しているし、こちらの質問にもちゃんと答えが返ってくる。
 
驚いたことがある。ある学校、これも極めつきの進学校だが、どの教室も、手書きでびっしりと調べたことをまとめた模造紙で教室の壁や立て看板が埋められている。ちょっと質問すると、素晴らしい回答、しかも自分で調べさらに高度に練られた含蓄ある回答だ。あるところでは、専門的な議論までしてしまった。これには感動すら覚えた。彼は、まだ高校生だが将来は研究者になりたいという。(うちの会社に来ないかな。。)日本の未来も捨てたものではないな、とうれしい気持ちになった。
 
かれらは、受験勉強のレベルを超えて知りたいことを追求しているのであろう。厳しい受験勉強もしたのだろうが、やはり、素質ということを痛感せざるをえない。足が速かったり、歌がうまかったり、絵が上手だったりというレベルで、かれらは学問が得意なのだと思う。
 
一方、普通の公立中学、普通の私立高校にも行った。展示は素朴、質問の答えも素朴、本当に私が中学生だった時と同じ雰囲気だった。なんとなく、ほっとした気分にもなった。ここでは、どちらがいいという事を書こうと言う気はない。人それぞれの人生。育ち方のプロセスも異なる。得意なものも必ずみんな持っている。私から見ると、みんなかわいいやつらだと思ってしまう。
 
(続く)
 
土曜日を休みにして、ゆとり教育と称して教える内容を簡単化したことも、塾通いを促進した要因かもしれない。
 
学校で教えている内容はレベルダウンしたが、受験問題の難易度はあまり変わらないので、良い点数を取るためには塾などで補わなければならなくなった。そこで塾がますます台頭するというわけだ。
 
確かに、低学年のうちは土曜日にいろいろな習い事をする人が増えたが、受験しようという子供の多くは、4年生くらいから塾に通い始める。塾側は、本気で勉強しようと思うなら習い事はやめるよう指導してくるという。その分は教育にあててくださいというわけで、塾は儲かるわけだ。そういえば、子供手当が始まった時、塾の経営者がインタビューで、「これでこれまで収入の関係で塾に来れなかった子供達もしかるべき教育を受けられる。」というような事を話していたことを思い出す。ちょっと???である。
 
今では、ゆとり教育を見直してレベルを上げたり、休みを減らしたりして授業時間を増やしたりしているようだが、「教育は百年の大計」である。施政者の猛省を促したい。
 
一方、教育の加熱でいろいろな歪も生じているように思う。
 
塾に通い始めると、当然、試験があるが、この結果に本人以上に親が一喜一憂する。試験の順位でクラス別けされる塾などでは、点数が落ちてクラスが下のグループになるとまるで落後者のように感じてしまうようだ。他の子供の成績がいやでも耳に入ってくると、やはり自分の子供の成績が良い方がうれしいのが人情だろう。そして、意識し合うあまり、それまで仲が良かった親同志がだんだん気まずくなり疎遠になることも多いという。これは悲しい。
 
また、受験に失敗して地元の公立中学に入ると、まわりから敗残兵のように見られないかと心配する親子もいるという。(そんな事はないと信じたいが。。)私の子供の学区では、多くの子供が受験して私立校に行くので、地元の公立中に行くことをネガティブに言う父兄もいるようで、親としては、ますます受験に受かってほしいとヒートアップするのだ。本当に負のスパイラルが回っているように思う。
 
(続く)