読書「藤沢周平・夢ぞ見し」  | ゆうべ見た映画

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懐かしい映画のブログです。
ときどき、「懐かしの銀幕スター」「読書」など
そして「ちょっと休憩」など 入れてます。

 

『夢ぞ見し』

「長門守の陰謀」収録

 

映画をちょっとお休みして 読書をしました

 

藤沢周平さんの作品は 

ほぼすべて、読んでいると思うのですが

特に、ぴりっと小粒の短編が好きなんです

 

この『夢ぞ見し』は

実は何年か前にも アップしているのですが

ぜひもう一度、ご紹介させてください

 

趣きのある藤沢先生の文章を

削って、削って、申し訳ありませんが・・

 

お話

昌江は 御槍組に勤める夫・甚兵衛と二人暮し
十八で嫁入り 

それから、十年経ったが子供はない

甚兵衛は 寡黙で無愛想で  
ずんぐりむっくりの 蟹のような体格で 
まったく、面白味の無い亭主

 

御槍組といったって 

仕事は武器倉の番人のようなものだが

何故か、ここ二か月ばかり 帰宅が遅く

帰るとぐったり疲れていて ころりと寝てしまう

 

そんなある日、

この家にひとりの訪問者があった
 

やあ!と 快活に玄関に入って来たのは
溝江啓四郎という若い男

 

以前、甚兵衛が江戸で世話になった 

上役の息子だそうで 
暫くこの家に逗留するという

啓四郎は づかづか上がって来ると

初対面から
昌江をおかみと呼び 亭主を甚兵衛と呼び捨てにする

 

人の家に来て なんという口のきき方だろう


また物言いが 横へいである上に
これから世話になるというのに 手土産ひとつ持って来ない

親のしつけが悪い・・ 昌江はそう思うが

しかし 啓四郎のその物言いは 横へいではあるが 
歯切れのいい さっぱりした江戸弁で 

無邪気というか、憎めず
どこか母性本能をくすぐられるのだった

朝、甚兵衛が登城してしまうと 啓四郎は 
縫物をしている昌江と 同じ部屋で
腹ばいになって 読み本をめくったり ごろごろしている
 
そんなとき昌江は 

何となく甘い微笑が こみ上げて来る

 

そういう日が 半月ほど経った

 

縫物に根をつめていたせいか

昌江は、こぶしで肩を打った

すると啓四郎は 少し揉んでやろう、と
昌江の後ろに回って ぐいぐいと揉みだした

「あら、ようござんすよ、もったいない」

昌江はうろたえながらも やがて目を閉じると 
ふと、不倫という言葉を想った
なんという、甘美な言葉だろう

 

「溝江さまは、まだおひとりでございましょ」

「嫁か、そんなものはおらん」

「それでは、こちらで探していかれたらいかがですか」

「おかみのような美人がいればな」

 

昌江はどきりとした

そしてもっと何か言うかと 耳を澄ませたが

啓四郎は縁側に立って 大あくびをしていた


次の日、昌江は 親友の淑乃の家に行った
 

「それがあなた、ほんとうに素敵な方なの」
 

昌江は啓四郎が どんなに男らしく 
美貌の若者であるかを力説した


淑乃は羨ましそうな 顔をして言う

「旦那様がお留守のときは、おふたりだけなのね
 あなた、だいじょうぶ?」
 

「うふふ、それがあなた、まだ坊やなのよ
 何もご存知ないみたいなの」
 

「わたくし、近いうち、お邪魔してみようかしら」
 

「いらっしゃいな、
 私たちが駆け落ち、なんてことにならないうちに・・うふふ」

しかし

そんな昌江にとっての 平安な日々が突然、破られる

買い物帰りで 夕闇の道を急いで来たとき
昌江の家の前で 斬り合いが行われていた

はっと息を呑んだのは 
四、五人の男たちが 啓四郎を取り囲んでいるのだ

昌江は怖くて 地面にうずくまった

そのとき昌江の横を 一陣の風が駆け抜け
斬り合いの輪の中に 

ひとりの人間が 飛び込んで行くと
恐ろしいほどの機敏さで 敵を倒していった

あっ、と声が出たのは
その蟹のような広い肩幅が 夫のものだったからである

その夜、遅く 

「世話になったな」

玄関の土間で 昌江にひょいと頭を下げると
啓四郎は迎えの侍たちと共に 

この家を出て行った

昌江は、何も言うことが出来なかった
何があったのか、さっぱり分からなかった

ただ夏の日に突然、訪れた夢見がちな日々が 
今、終わったことだけを 昌江は感じていた

 

二年が経った

昌江は赤ん坊を抱いて 町を歩いていた
この二年に恵まれたのは 赤ん坊だけではなかった

藩では 藩主の家督相続の争いがあったが
このたび、三男の繁之助さまが 

家督を継ぐことに決まり

繁之助さまに味方し 

働いた甚兵衛には 十石の加増があったのだ

しばらく、歩いていると
「おかみ、甚兵衛のおかみ」と呼ぶ声がして

昌江の傍らに 一団のお供を連れた駕籠が止まった
中でにこにこ笑っているのは 啓四郎である

「溝江さま!」
あっけにとられて 昌江は棒立ちになっていた

すると側にいた武士が 昌江の袖を引いた
「殿であるぞ」

はっと、昌江は地面に膝をついた
そして、判った
繁之助さまというのが この方なのだ

「子供が生まれたか、なるほど甚兵衛に似ておる
 そのうち、城に遊びに来い」
 
殿さまの駕籠を 見送りながら 
昌江はだんだんと 笑いがこみ上げてきた

殿さまに肩を揉ませたこと、
朝寝坊に腹を立て 蒲団をはぎ取ったこともあった

ただ、その殿さまを相手に 
勝手な夢にふけったことは 思い出さなかった

それは、昌江が今

十分にしあわせな証拠かも知れなかった

       ピンク薔薇


この作品はドラマ化されているそうなのですが

私は、これほど好きな作品だと

ドラマでは あまり見たくないのですよ