黒澤明『天国と地獄』 裏話・ 終 | ゆうべ見た映画

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『天国と地獄』裏話 終

 

 

この作品で もうひとつ忘れられないのは

新人・山崎努の 鮮烈な個性だ。

 

当時はまだ、文学座の研究生で

オーディションで 黒澤さんの前に出たとき

「この映画は出演するより、客として観るほうがいいですね」

と、言ったそうだ。

 

山崎さん扮する犯人・竹内銀次郎が 

はじめて登場するシーン。

 

台本には

「運河沿いの道、悪臭漂うコールタールのような水」

と書いてある。

 

この光景を創る為 小道具の人達が

せっせとゴミを 川に投げ入れていたら

汚し方が嘘っぽい、と監督が怒った。

 

黒澤さんのイメージでは

犯人の人生を象徴するような 悪臭を放つ汚い川に

ここで初登場する 犯人・竹内の姿を映したかったのだ。

 

小道具さんたちは 横浜清掃局に相談し

撮影が終わったら 直ちに元に戻すという誓約書を入れ

 

排水溝あたりに 

竹箒をササラのように 何本も立てて塞ぎ

ゴミが詰まるようにしたら

 

やがて水は汚くなり 悪臭を放つようになった。

こうなるまで、ひと月くらいかかった。

 

その汚れた水面に 

川沿いを歩く 竹内の姿が逆さに映って

シューベルトの「鱒」が流れる。

 

 

それから 終盤

竹内が立ち寄る 麻薬受け渡しの飲み屋は

横浜に実際にあった「根岸屋」という飲食店で

 

その店そっくりそのまま セットで作り

監督は天井に鏡を貼った。

 

"ヤキトリ〇〇円" "焼酎〇〇円"と 書いた短冊みたいのを

いたる所に貼ったり 書いたり 

 

 

 

そこに 米軍の応援を頼んで

米兵のエキストラに大勢出てもらい

わんわん、むんむん、ごった返す中

 

もちろん、食べ物も本物で

焼肉なんか食べてる その隣りで

黒人兵がチークダンスしたりして 黒澤さんはゴキゲンだった。

 

 

そして、ラストシーン。

刑務所の面会室で 金網越しに向き合う 権藤と竹内。

 

竹内

「私のアパートの部屋は

 冬は寒くて寝られない 夏は暑くて寝られない

 その三畳から見上げる あなたの家は天国に見えた。

 

 毎日見上げているうちに だんだんあなたが憎くなった

 しまいにはその憎悪が 生き甲斐みたいになってきた」

 

このシーン

権藤向けのカットには 竹内の顔が同時に映り

竹内向けのカットでは 同時に権藤の顔が映る

 

そのために 二人に当てるライトの量は倍になり

金網は強烈な熱さになっており

山崎努は 金網を掴んだとき 掌を火傷した。

 

「私は死刑なんか怖くもなんともない、地獄へ行くのも平気だ」

 

そう毒づいたあと

竹内、急に両手で頭を抱え 体を震わせるが

突然、立ち上がり

金網を掴み「畜生っ!」と絶叫。

 

 

看守が竹内を連れ去る。

同時に権藤の目の前に ガタンッと鉄板の戸が降りて来る。

 

それを見つめて 動かない権藤。

 

見事な終わり方だった。

 

 

おしまい